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この夜が明けるまであと百万の祈り

私が元気づけられた出来事や作品についてのメモ。最近TED聴き始めました

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自分が好きなマンガ作品リスト(2009~2014)

マンガ まとめ

私の人生トップ3はこの3作品です。

この3つを自分の中で超える作品と出会いたいなと思っていろいろなマンガ読んでます。

1位 星の時計のRiddle

2位 いいひと。

3位 PAPA TOLD ME

いいひと。(13) (ビッグコミックス)[Kindle版]

高橋しん 小学館 2016-10-07
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Papa told me Cocohana ver.4 ~小さな愛の歌~ Papa told me Cocohana version (マーガレットコミックスDIGITAL)[Kindle版]

榛野なな恵 集英社 2016-07-25
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他にも好きな作品はたくさんあって、いつかこれらの作品の感想を書いてみたいなと思います。

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「クロックワーク・プラネット」 主人公を張れる女性をヒロインに降格させるというパターン

とある魔術の禁書目録は現在新約の13巻を読み終わったところです。

禁書目録を読めば読むほど、どうしても比較してしまい「fate」って作品はすごいなぁと感じます。逆に禁書目録には構造的にこれ以上物語を広げることに限界が来ていてかなり苦しいなぁと思うわけですがなんとか頑張って欲しいです。禁書目録fateの看板である「アーサー王物語」についてはかなり意識的に避けていると思われ、ブリテン・ザ・ハロウィンのときも新約12巻の時も、迂回的に触れているのが面白いですね。

それはそれとして。この記事ではクロックワーク・プラネットの話。「マリー・ブレゲ」の扱いが、禁書目録における御坂美琴に似ているなあという与太話をちょこっと。

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「部分的に正しいが全体的に間違ってる意見」は完全に間違っている意見よりはるかにたちが悪い

何回か同じことは書いてきたけど、何回書いても自分の中でしっくりくる落とし所が見いだせない話です。

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ポリコレ主張するときは私は、を主語にしよう

とある雑なポリコレ記事に対して

 

◇「嫌だ」ならいいけど、「嫌だと思う人がいそう」という発言は自由の敵

◇自身の不快感をそのまま吐露するのに引け目があるので便利なマジックワードを掲げているとしか思えない

 

というツッコミコメントがあった。その通りだと思う。私もこういうの嫌いだ。自分がそう思って自重するのはいいが、他人にその理屈で通じるなと思ってる人は好きになれない。

 

 

なにがいけないかというと。主語の転換です。

「私が嫌だ」ならいいけど、「嫌だと思う人がいそう」とか「性犯罪を助長しそう」みたいな発言をする奴は、他人を殴っておきながら自分は他人を殴る責任から逃れることができてしまう構造なのですね。意識してか知らずかは関係なくこういう形の表現は好きじゃない。

 

 

ネットでポリコレ主張する方々はすぐに過剰に暴力を振るう人が目立ってます。自分の発言責任から解放された人って、たとえモラルを主張する側でもすぐに言いすぎる。すぐに過剰な人格否定を行うなど、簡単に限度を飛び越える。そう言う光景を山ほど見てきました。

ポリコレ棒などと揶揄されるのは、高度なところで人としての道理を説くはずの人間が、なぜかもっと初歩的な段階で人間的なモラルを逸脱しちゃってるという皮肉めいた状況があるからだと思うんですよね。私も「言葉で話し合える段階から無言で棍棒を取り出して殴ってくる」みたいなイメージの人が何名かすぐ頭に浮かびます。

 

 

なので、私としてはこういう表現を見たら積極的に「それはあなたの意見ですよね?」「主語はあなたですよね」「あなたの責任において発言されたもので、他の誰でもないあなたの信念ということでよろしいですね?」と確認していきたい所存です。

 

 

 

私はポリコレ自体はともかく、ポリコレ集団が気に入らないのですが、なにが一番気に入らないかってとにかく「主語が自分ではありません」みたいな表現の部分。  言ってる内容は納得できることも多いけど、その表現方法が気に入らない。表現方法は割とその人の性質を決める部分だから、乱暴な言い方をするなら、その人の人格そのものが気に入らないということになる。「言っていることはわかるがお前のことが気に入らない」だ。

 

多分、ずっとそんな言い方をしてるからか、何割かの人は本当に自分が主語だと思ってないだろう。そういう人の言葉には耳を傾ける気にはならない。主語のない言葉と増田はまともに扱う意味がない。

 

他人に何か言うなら、せめて「私は」と言わないと相手にしてもらう資格はないよと私は私のブログが相手にされない理由を理解しながら書いています。

 

私のブログは借り物の言葉ばっかりだからなー。

アウティングの件

私はネットにはびこる本音至上主義が嫌いだ。自分の本当の気持ちだったらどんなことでもいうべきだとか、本当の気持ちを言わずに建前をいうのは偽善だとかいう人間はバカだと思ってる。

 

そういう人間に対しては

「いってもいいけど、お前自身にとってどうかはともかく他人にとってお前のいってることが本音かどうかにはなんの価値もないですよね。あなた他人が本音でいってたらどんなことでも受け入れるんですか?本音だろうがなんだろうが、言ってることがダメならダメって言われてるだけですよ。あなたが批判されてるのは、本音とか建前の問題ではないでしょう。何話題を逸らそうとしてるんですか。あえていうと、あなたのその本音が他人から見てダメだということだし、そのことから目をそらしてる時点であなたのいってることは二重にダメですよ。そういう感じでまず自分のダメさを、棚に上げて社会とかネットみたいな大きなものに責任転嫁しようとする思考はイケハヤメソッドといって、そういうこと言う人とは付き合いたくないですね。悪いことは言わないから本音そのものに価値が認められるような社会などと言う、自分自身ですら本当は望んでないものを求めるのはおやめなさい。あなたは単に自分の考えが尊重されないという事実が気に入らないだけです。自分の立場からしか物事を考えられないガキです。本音そのものや、その伝え方を磨いたり、誰かにとって、自分の考えを自然と尊重される立場になることを目指しなさい」とでも答えるでしょう。

 

ポイントは、どんな考えを持つかは自由であるが、それをどういう形で誰に伝えるかを考えなさいということです。北条かやさんのように、誰からも嫌われたくない、誰からも好かれたい、何をいっても肯定されたいみたいなのはダメです。そういう考えだから本音至上主義みたいなアホな話に飛びついてしまうわけです。

 

 

そういう立場なのですが、それでもまあなんというか。アウティングに関する話はなんかつまらないなと思います。それは本音が尊重されないからではなく、なんかみんな最初から自分ごととして考えてなさそうな意見が主だと思うから。「ただしくあること」が優先して、自分ごととして考えてなさそうなコメントが並んでると、あ、この人たちこの問題にあんまり興味ないな、と思ってしまいます。

 

 

あくまであくまで私の個人的な感覚ですが、例の事件についてまず思うのは2つ。

報道されてる情報だけではよくわからないから意見が言えない、ということ。もう1つは、自分が言われる側の立場だったら嫌だろうなというものです。

 

 

私は発達障害当事者でありますし、ネットではそれを公表してますがリアルの人間関係ではほとんどの人にはいいません。

 

理由は2つあります。

1つ目は、それで特別扱いされるのが嫌だからです。少なくとも私は「だからそれに配慮しろ」とは全く思わないし、そういう押し付けになってはいけないと思ってます。発達障害自体はそんなに珍しいわけではなく、そもそも私は重度ではないのでただのハンデの1つ程度だと思ってるからです。他の人より苦手なことがある、程度です。発達障害を言い訳にして何か特別扱いをしてほしいとは思ってません。そのくらいは自分の努力でなんとかカバーできると思ってます。というか、そう思わないとどこまでもやる気が失われていくのです。どうせ私は発達障害だし、という思考になった瞬間、自分のモラルや意欲がボキッと折れてしまうのが怖い。だからリアルでは言わない。

とはいえしんどいのはしんどいので、ネットで愚痴ってるわけですが。

 

 

もう1つは、無差別にこの話をして相手に余計な気を使わせるのが嫌だからです。これは他人のためではありません。自分のためです。

普通の人は、発達障害というと気を遣います。いい人が多いのです。でもどう接していいのかがよくわからないから、気遣いだけさせた挙句にぎこちなくなってしまいます。あまり無理をさせると、聲の形みたいなことになってしまうかもしれません。(余談ですが、あれは、たとえいい人たちでも過大にストレスや負担をかけると、自分たちの生存や既存の価値観とのすり合わせでいじめに発展しうるという話だと私は思ってます。システムや人間の未熟さという話が先にあって、その上でやってはいけないことをやってしまった人がどう罪を償うかとか、壊れたコミュを復元するかという話だと思うのです)

 

私は、今の時点では健常者と発達障害者が通じ合うのはとてもコストがかかると思っています。なので「自分が面倒臭い」のでやりたくありません。それより黙ってる方が楽だし安全だと思ってるからいいません。

 

差別だとかなんだとか、社会的に是正されるべきだという話はわかりますがそれは社会の話であって、私個人がそれを背負うのは御免です。そういう理想論を背負うために自分が骨を折るつもりはありません。なので、受け手にもその負担を押し付ける権利がないと思ってます。

 

そんなもんだから、カミングアウトやアウティングに関してはかなり慎重であるべきだと思います。まあ私はLGBTQの話はよくわかりませんのでそういう意味でも慶応の件には深く言及できません。

 

 

長々と話をしましたが、私がいいたいのは発達障害にまつわる全体的な話と、個人レベルの問題は、もちろん無関係ではないが、やはり分けて考えるべきだということです。

 

 

さて、私の立場は説明しました。こういう立場から見た例のアウティング問題に関する私の意見ですが。

 

この若者に問題があったなら、その個人の問題として論じるべきだということです。個人の問題として解決した上で、今回の件をきっかけに意識された社会的問題は別途考えてほしい。若者に社会的な問題全てを背負わせるべきではないということです。

 

私は、社会レベルでは、発達障害の人たちが、そのことを意識せずに壁を感じずに過ごせればいいと思いますよ。でも、だからと言って発達障害について偏見を持ってる人や理解できずに戸惑ってしまったり対応を間違ってしまう個々の人に対して全ての責任を背負えとも思わない。なによりそれを求めるなら私もその問題の解決に貢献するためにリアルでもみんなに発達障害であることを語り、健常者との壁を埋めるために最大限の努力しなければ悪みたいなことになりかねない。冗談じゃないです。

 

だから、今回の件においても、社会的な罪まで若者にかぶせるべきではない。アウティングした人に最善な振る舞いをしなかったからと言ってその一点を持って彼の側からの言い分を全て排除し、杓子定規に断罪して良いとも思わない。そして個別の事案としてみる時に、今の情報だけでははんだゆできないとなります。

 

 

 

 

 

私にももちろん、こういうポリコレハンマーぶん回して殴りたい奴はいますよ。例えば●る●さんという人がいて、この人は私が発達障害であることを表明してるのは同情を得るためだと解釈し、喧嘩した時にそのことを私を罵る道具にしてきました。

その幼児じみた振る舞いをみて、アホらしいとは思いつつも、やっぱりこういう感じに自分の大事にしていたところを安易に踏みにじってくるくる性根の腐った人間に対しては、「発達障害に対して差別的な本音をぶちまけたぞー」と晒してボコボコにしたいという気持ちにもなります。まあでも、これについてもこの●る●さんと私の個人的な人間関係の方が大事ですよね。そこですぐ社会レベルの問題として扱うのは違うと思うわけです。どうしても我慢できなくなったらやりますが、このカード乱発する人とは会話できないかなあと思います。

 

 

私はとにかくイケハヤメソッドが嫌いです。個人の問題をすぐに社会の問題まで広げるような漠然とした話はあんまり興味ありません。それってどこまでも他人事だし、事実なんてどうでもよくなってすぐイデオロギーの話になってしまうからです。イデオロギーの話と個別具体的な話の区別ができない人とは話をしても無駄です。

 

 

ま、なんかさも思慮深い人間のようなこと書いてますが、はてブには無責任なコメントばっかり書いてます。基本的には私は他人のことなどどうでもいいし、自分ごととして考えるなんて無理ですね。

 

日常的にはそれでいいと思ってますが、大事だなと思ったことは、ちゃんと自分ごととして考えるようにしたいなと思いましたまる

 

承認欲求はそれほど無いはずなのに「自分の居場所がない」と感じた時に読む本

本当に他人にはあまり興味がない。
嘘偽り無く、他人から承認されたいとは特に思っていない。
ただただ、構わないで欲しい、放って置いて欲しいだけ。

しかし、特に求めてるものがないはずなのに妙に息苦しい。
あえていえば、この息苦しさから解放されたい。
息をつける場所がほしい。
安らげるような瞬間が欲しい。
漠然と「居場所」と呼べるようなものががほしい。


でも居場所ってなんだろう。
自分には何が足りないんだろう。
何があれば、今より満たされた気持ちになるのだろう。
コレガワカラナイ。


そういう風に考えている人っていると思います。
というか実際には承認欲求なんてものを持ってる人より、
殆どの人ははるかにこっち側だと思います。


「自分の居場所がない」と感じたときに読む本[Kindle版]

水島広子 かんき出版 2016-07-29
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この本は、この「居場所のなさ」の正体を理解して
「居場所のなさ」という感覚を手放すことを主眼においた本です。



「承認欲求」をベースに考えると「不足」が気になって何かを手に入れなくてはいけないという話になります。
嫌われる勇気03 承認欲求を持ってはいけない - この夜が明けるまであと百万の祈り
承認欲求に語る際の基礎となる話まとめ - この夜が明けるまであと百万の祈り
コントロール欲求という、自己実現欲求と区別がつきにくい厄介なもの - この夜が明けるまであと百万の祈り


今話題のアドラー心理学も、あれをしろこれをしろ、と考えることがたくさんあって何かと大変です(それを楽しいと思える人にはすごくおすすめ)
アドラー心理学についての私の概観 - この夜が明けるまであと百万の祈り
抽象的だった「嫌われる勇気」の続編である「幸せになる勇気」は具体的で使える話が多い - この夜が明けるまであと百万の祈り


その点、この本は、自分の中に抱えているものを点検して、要らないものは捨てていきましょう、大事なものが何かを認識しましょうって感じの本です。

精神的な断捨離みたいなものですね。なので、そういう方向性が好きな人にはオススメだと思います。




例えば……

ジャッジメントを手放す

ネットで「北条かや」さんがまた話題になっていますが
https://togetter.com/li/1101693

この人の場合、この本にかかれている項目でいうと「ジャッジメントが強い人」なのだと思います。

自分が他人を品定めする傾向が強いから、他人も自分を品定めしているという強迫観念に支配される。また、自分が他人を品定めする基準を持って、他人も同じ基準で自分を見ていると思う。適度であれば、自分で自分を律することになるでしょうが、あまりにこの傾向が強すぎると、自家中毒を起こすわけですね。実際の他者は見えなくなり、他者を通して自分で常に自分を監視して自分はダメな人間だと言い出す。


さらに、自家中毒の度合いがさらに強まると、自分の内側だけでは抑えきれなくなるでしょう。ついには他人に自分のジャッジメントを振りまいては他人を軽蔑し、それが相手につたわってしまう。こうなると実際の他者からも自分が振りまいた基準によって自分が断罪されるわけです。



自分で自分をむち打ち、他者からも嫌われる。自ら積極的に悪循環を作り出していってしまう。無間地獄のようです。それでも立ち止まれないのはなんかもうみてるだけで辛いのだけど本人はどう思ってるのだろう?



私たちは、こういう手遅れの状態に陥る前に、「居場所のなさ」を手放すためにはどうしたらよいか、どう考えたらよいかを考えることが必要になるかなと思います。

「バイオレンスアクション」「デイドリーム・ネイション」

マンガ

※10点満点で個人的な好みと、他の人へのおすすめ度をつけます。
※一記事につき5作品になるまで追記します。

①「バイオレンス・アクション」

(個人評価7点。他人へのおすすめ度6点。続きはすごく読みたい)

殺し屋の少女が主人公の物語。

バイオレンスアクション(1) (ビッグコミックススペシャル)[Kindle版]

浅井蓮次,沢田新 小学館 2017-03-24
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「殺し屋の少女の話」なんてのは、リアリティなどはかりようがないため、もうほんとにその主人公たちが好きになれるかとか、アクションシーンが好きかとかそういうところで決めるしかないと思います。その点において、私は「デストロ246」や「ギフトプラス」などのマンガはあんまり好きじゃないのですが、この作品の少女はかなり好きです。

一巻を読み終えた時点では、まだ主人公の少女が「なぜ殺し屋をやってるか」はわからない。というか今の時点ではほとんどなにもわからない。

わかることといえば、

◆日頃から殺し仕事以外に「簿記の勉強」をやるなど別の目的を持って生きていること。
◆仕事自体にはプロフェッショナルの意識が有り、自分の感情を持ち込まないし、一度引き受けた依頼は、どんなに理不尽でもきちっとやり遂げようとすること
◆一方で、仕事に関わりのない部分では感情豊かで、涙もろい。

このくらいなんですが、個人的には結構魅力的なキャラだと感じます。

アクションシーンについては物足りないところありますが、サブキャラもクズばかりではあるものの独特の味があって、会話などは見ていて楽しいです。

まぁ、世界観とかそんなにしっかりあるわけでもなさそうだし、とにかく主人公の女の子を魅力的に描くという点に特化している作品だと思うので、そのあたりをしっかり描いてくれるなら続きも読みたいなと思います。


②「デイドリーム・ネイション」

(個人評価8点。他人へのおすすめ度4点)

漫研部内での少女同士の掛け合い」がメインに、添え物として「カエルの神様♂」が加わってる感じ。舞台は共学の高校なので普通に男子もいますが、まぁとにかく少女二人がメイン。「ゆゆ式」や「ゆるゆり」に男が混じってるというよりかは、「Nia_7」や「ラブやん」みたいなノリですね。

この作品で気に入ってるのはとにかく女子高校生たちのフェティッシュな描写。舞台は夏なのだけれど、開放的な正確な女の子は、部室の中ではネクタイも外しボタンを緩め、裸足姿です。もう片方のおかたい正確の娘(巨乳)は、逆にボタンを緩めたりすることはないですが、シャツが汗で滲んでいたりします。 女子高生が、親しいを通り越して腐れ縁みたいな関係の相手でないと見せ合わない「だらしない」姿を見せているというだけなのだけれど、その描写がうまいなぁと思います。

さらに、途中からは日焼けしてる陸上部の少女出てきたり、メインの二人が巫女服にコスプレするシーンがあったりといろんな見どころあります。

とにかく、高校生が部活動や夏休み有にひたすらだべってるマンガなので起伏とかストーリーがあるわけじゃないのですが、それでも「女の子がかわいい」というだけで十分満足できるのほんとすごい。

デイドリームネイション 5<デイドリームネイション> (コミックアライブ)[Kindle版]

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「シグナル100」

(個人評価0点。他人へのおすすめ度0点)
「デスゲーム」もの。デスゲームものは駄作が多いのはわかっているので覚悟して読んだつもりだったが、作品内容以前の段階で詰んでた。

最初の設定が面白かったから期待して最後まで読んでしまったけど後悔しかない。あまりにもいい加減な展開が続くので、この作品の作り方自体に問題があるのではないかと思ったら、あとがきでそのことが裏付けられた。しかも作者さんがそのことを誇らしげに語っておりもうなんというか呆れしか無い。

人狼ゲームビーストサイド」

(個人的評価2点。他人へのおすすめ度0点)
「デスゲーム」もの。主人公が最初に「村人」側で生き残ったと思ったら、続けて「狼」側でゲームに参加する、というのはなかなか興味深くて少し期待したのですが肝心の「人狼ゲーム」としての出来が悪すぎました

まず「狂人もなしで狼3村人10しかも狩人有り」。この時点で狼無理ゲーです。ゲームバランス悪すぎです。

で、このゲームバランスを取るために「個人的な人間関係」みたいなのが幅を利かせるわけだけれど、村人側のプレイヤーが、生きることに対してあまりに真剣でなさすぎる。考えるための時間的余裕も非常に長いのに、村人側が全く協力もシミュレーションを全くしない。

そういう要素を含めてのバランスを取っているといえばまぁそうかもしれないけれど、こういうことをするなら「人狼ゲーム」とは違うゲームでやってほしい。人狼ゲームの醍醐味である戦略とかがほとんど皆無だ。


しかも、ただでさえ理不尽なゲームであるわけだけれど、そこをフィクションとして受け入れるためには、せめてその「理不尽なゲームの中ではルールやフェアな条件を守られる」べきだと思う。それが運営(作者)が最低限守るべきラインというか矜持みたいなものではないか。

けれどこの作品にはそれがない。運営がルール違反をしてその結果アンフェアな側に立たされた側がその不利を覆して勝つならまだ納得できる。しかしこの作品は運営側の不手際により発生したアンフェアな状況が全く改善されず、その状況を利用した側がそのまま勝ってしまう。それはどうなのか。

まだこれが1回限りのアクシデントというなら「不慮の事態に戸惑いもあっただろうがそのアクシデントを上手く活用して勝った」という形で受け入れることもできるがこれが2つも続く。村人側がルール外で2人勝手に死ぬことで噛み手間が減るのはダメでしょう。

さらに、これは許すとしても最終話はさすがにアカン。3重にアンフェア。(「いきなり制限時間がなくなる」「いきなり村人側が生きるのを諦める」「いきなりゲームと関係ない過去のエピソードが持ち上がって村人の判断を歪める」)最後の怒涛の無理展開はさすがに萎える。

「ゲームの人数バランスがクソだったので、主人公側は補正で5つもチートして勝ちました」 ……そんな人狼ゲームが面白いかといわれると……ちょっと無理かな。人狼ゲームといいつつ人狼ゲームとしては破綻に近いし、人間ドラマや主人公を描くという意味でも弱い。あんなに優しかった子が人狼ゲームで歪んでしまいました。恐ろしい、という話をするには、あまりにも主人公の女の子は馴染むのが早すぎて説得力がない。ラストシーンを練りこめばまだそういう見せ方が可能だったかもしれないのにそこは手抜きだし、

「何がやりたかったんですか?」といいたい作品になってしまったのは非常に残念。