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この夜が明けるまであと百万の祈り

私が元気づけられた出来事や作品についてのメモ。最近TED聴き始めました

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<あなたの話はなぜ「通じない」のか>はネットで文章書く人の必読書

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『あなたの話はなぜ「通じない」のか』コミュニケーションの武器となる「メディア力」とは? - ぐるりみち。

素晴らしすぎますね。みなさんも是非この記事読んでください。

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「モブサイコ100」6巻 「ミスターサタン」的なトリックスター的が中二病の妄想を手当たり次第に殺していく展開に爆笑w

マンガ

この記事はすごく長くなった割に自分でも言いたいことがよくわからくなってしまいました。

マンガ自体はとても面白かったのでマンガをそのまんま読んでみてください。

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「教育の経済学」について(前)  個人的にはかなり懐疑的

教育政策には、多分に権威のある人の、自分の経験に基づく発言が反映されるきらいがあります。
たとえば、経済財政諮問会議の議事録を見ても、教育再生が議論に上ったとたん、財務大臣や経済再生担当大臣など、およそ教育の専門家とは言えない人までもが、「私の経験によると」などと自分の経験談をもとに主観的な持論を展開しています。

一方、財政政策や経済政策について、文部科学大臣が「私の経験から」と発言する場面はこれまで見られていません。もしそんなことをしたら当然「それは主観に過ぎないのではないか」「そのこんきょは何か」と問われるに違ないからです。

このように、日本ではまだ、教育政策に科学的な根拠が必要だという考え方がほとんど浸透していないのです。


で、私はなんでも米国やら北欧のことを持ち上げる風潮は大嫌いなのですが、それでもこの件に関していえば米国の話が結構好きです。

米国は2000年代初めには、教育政策を語る場で主観や個人の経験論に流されるという状態を脱しています。

米国では2001年の教育法制定の段階で「科学的な根拠に基づく」という言葉が重視されているのがわかります。

ついで、2002年に「教育科学改革法」が制定されたことによって、自治体や教育委員会が国の予算を付けてもらうためには、自分たちの行っている教育政策にどれくらいの効果があるのかという科学的根拠を示さなければならなくなりました。

このため米国では、自治体や教育委員会が、自ら積極的に教育政策の効果を科学的に検証し、そこから得られた知見が自治体や国など全体の政策に反映されるようになっています。これを科学的根拠に基づく教育政策」または「エビデンスベーストポリシー」と言います。

教育政策というマクロな話でグランドデザインを考える場合は、議論のスタート地点はあくまでこういうエビデンスであるというのは大事なことですね。「政策」は、おっさんのノスタルジーや自分の過去の美化のためでも、マスコミの美しいストーリーのためにあるわけでもなく現実的でなければいかんよね、と。


①とはいえ「主観」のチェックはもちろん大事。ただでさえ、データというのはうそをつきやすいですし、個々の事例の対応には結局当事者の能力や資質が問われます。

②また、人の本質は変わらなくても、統計という「マクロ」に現れる人の姿は、時代の影響を受けてすぐに変わります。「近頃の若いもんは」ではないですが数十年前のデータを基にして教育を語ると結構ズレが生じるかなと思います。


③さらに言うと「教育政策の実験」は極めて条件が限定的であり、また、上で書いた事情から「成果」を求めるインセンティブが非常に強い。つまり、「短期的に成果が観測されやすいもの」が取り上げられやすく「長期的な影響」や「可視化されにくい問題点」については十分に考察されないといえます。 子供に対して多様な行動への誘因がある現状(特に人間関係)がある中で、どれほどの効果があるのかは疑問です。まぁこれをいっちゃあおしまいなのですが。

特に厄介なのが「効果がある」ことを実証ことは比較的容易でも、「悪影響がない」ことを証明するのが難しいことです。たとえばこの本では某実験結果をもとに

インセンティブには統計的に有意な差が観察されませんでした。すなわち、ご褒美が子供の「一生懸命勉強するのが楽しい」という気持ちを失わせてはいなかったのです

と記述していますが、その逆の例もあるわけですからこう結論付けるのは難しいはずです。期間や条件によっても異なるでしょう。この結論で本当にいいのかは難しい。



一時期内田樹信者だったものとしては「行動科学」と「教育」は全く別であり、必要以上に両者を一体化させようとするのは、どうしても疑問があります。

なので、結局のところ「教育の経済学」はもちろん参考にすべき価値はあるとは思うものの、かなり懐疑的です。重要な知見は提供してくれるものの「短期的なエビデンスベーストポリシーの束」になってしまわないよう注意が必要かなと感じますね。



「実験」からわかる単純なルールだけでは取り扱いを間違えやすい

①報酬の件(p37~)
まず前提として、「報酬」はプラスのものとは限りません。ネガティブフィードバックも報酬になります。


この本での結論は

「成果(アウトプット)ではなく行動(インプット)に報酬を与える(強化・弱化)」というのは行動科学の基本であり、「あえてアウトプットに報酬を与える場合は、必ず具体的なフィードバックを与えることが求められ」ます

・遠い将来ではなく近い将来に褒美を与えるべし

なのですが、ネットを見ていたら「本当にこれでいいのか?」って思いませんか?

記事を書いたら、すぐに「いいね!」スタンプたくさんあつめたり互助会的に「いいね!」的なコメントを付けられる仕組みがありますよね。これだけだと「書く」という行動に対して「短期的」な報酬が与えられるわけで、確かに記事を書くという行為は強化されるでしょう。しかし、そういう仕組みをフル活用してるはずの「互助会」の方々の記事は果たして良いものになっているのでしょうか?


具体的でないフィードバックについて、どういう報酬を受け取るかは記事を書いた人の感じ方に寄るわけです。

こちらが「記事を書くという行動(インプット)に対していいね!を付けたつもり」でも、「記事の内容(アウトプット)に対して自信を持ってしまう人」がいる。

逆に「アウトプット(記事内容)に対してネガティブフィードバックをつけたつもり」でも、「記事を書くという行為(インプット)を強化してしまう人」がいるわけです。酷いのになると、炎上したときに「はてブ」に対して逆切れしておきながらそのはてブがもたらしたバズという成果だけは自慢するというマジキチがいます。

その結果「炎上をバズと呼ぶ」「どんな方法でもPVや金銭やはてブがつけばよい」という考え方の人は、自分が書いた記事が炎上したらその結果を喜び、自慢し、他人に「ネガティブな言葉を使ったタイトルをつけよう」などと促す記事を書いてしまうような目も当てられない事象も起きてしまうわけです。


このように、上の二つがわかっただけで、それを運用することはできないわけですね。


鵜呑みにはできないけれど、有用であることは間違いない

次の「褒めて育てるべきか」「自尊心と社会的リスクの関係」の話も私は著者の持論に対して相当強引に話を誘導していると感じたり、ひっかかる部分が多かったです。結局のところ、エビデンスベーストポリシーといっても、割と「結論ありき」なところは変わらないのかなあと感じます。「まとめ」などで箇条書きで読むと納得しそうな話が多いですが、やはり一つ一つ疑ってかかるべきなのかなと。

ただ、このように疑わしいところはあるものの、それでもこの本にデータや実験結果はとても役に立ちます。 なので、こういう取り組みは日本でもどんどんやってほしい。私も、自分が読んでて「これはいいな」と思った考えについて、別記事で「後編」としてまとめてみたいなと思います

7seeds31巻 何を許して、何を許さないか

マンガ 許し

だいぶ話が収束して、未来への希望が示された段階ですが、まだまだ片付けるべき過去が多く残っているこの作品。

それでも、ここにきて「一番大きな過去」はようやく乗り越えられたんじゃないかと思います。

それにしても、31巻で一気に問題を解決しに行く下りは参考になるのでちょっとメモしておく。

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祝「まおゆう」コミック版完結 お疲れ様でした

マンガ

勇者よ。人というものに期待をするのはバカなことよ。しかし、期待することをあきらめることはそれ以上に唾棄すべき所業だ。期待せよ。お前はバカだが決して臆病ではない。だからいつかは「当たりくじ」を引くこともできるだろうさ。

お前が人というものを嫌うのはわかる。それだけ人はお前にひどいことをしてきた。それでももし余裕があるならば、守ってやってくれ。人々を。彼らは、バカではなく無知で臆病なのだ。

お前は「勇者」という運命を背負って生まれてしまった。いまさらその運命を呪っても仕方がない。私に甘えてばかりでも駄目だ。いくらねだっても私ではお前の求めるものを与えられはしないからな。だから最後の教えだ。

人に期待はするな。しかし、それでも与えて、そして欲しいものを勝ち取れ。お前の友を、お前の大事な人々を、与えられた時間を有意義に使うがいい。だからあきらめずに期待せよ、いつか始まるお前の物語に。

15巻より少しだけ改変。



なにはともかくお疲れ様でした。

ここから感想を書きますが、この感想は作品を知ってる人向けに書いてるので、少なくとも序盤の設定を知らない人にはちんぷんかんぷんだと思いますのであらかじめご了承ください。

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植物系でも思う存分怒ってみたい

発達障害

私は「怒る」のがすごく下手だ。
怒ることができないわけじゃないというか、怒りのエネルギーなんかは結構たまりやすい方だとおもうけれど、その怒りの感情を上手に表現したり発散するのがなかなかできない。

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「シアター!」 子供時代に積めなかった経験値について

過去記事再掲。


「Angel Beats!」人生を追体験する音無の成長が物語を繋ぐ - ソラゴト体系
2010年の記事だけれどすごく面白い。
麻枝作品は、初期からユングの理論などがかなり入っており、そのあたりいろいろ解釈してみる楽しみがあったので、「AngelBeats!」でも同様に、一度何も考えずに作品を楽しんだ後はこういう視点で解釈してみるのは大いにありかなと思います。(自分がアニメを見るという習慣を得るきっかけになった作品なので、もう一度見返してみたいと思ってたりします)

エリクソンの提唱する発達課題の各段階とその心理的側面
乳児期(基本的信頼 対 不信)
児童期(自律性 対 恥、疑惑)
遊戯期(積極性 対 罪悪感)
学童期(勤勉 対 劣等感)
青年期(自我同一性 対 役割の分散)
壮年期(親密さ 対 孤立)
中年期(生殖性 対 自己没頭)
老年期(統合性 対 絶望)

んで、まぁAngelBeats!の話は上の記事読んでくださいってことで、ここから先は「シアター!」という別の作品を引用しつつ、児童期~学童期あたりの経験って大事だよねという話をば。


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