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この夜が明けるまであと百万の祈り

私が元気づけられた出来事や作品についてのメモ。最近TED聴き始めました

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アイドルは人であってはならない

http://dogatch.jp/news/ex/43735

この記事読んで思ったのは、そもそもアイドル産業は、アイドルを人として扱っていると成り立たない産業なのかもしれないなということです。

 

ほとんどの人はいちいち言わなくてもわかってらっしゃると思いますが、ビジネスモデルとしてリスクが高過ぎるし、そのビジネスモデル上のリスクやプレッシャーが、若いアイドルにのしかかるような構造になってます。

 

 

記事中に書かれてた金額は、普通の人間にかけられる金額ではない。人を人として見れなくなる金額だと思います。先行投資が圧倒的に先行する。しかも莫大な金をかけてもそれが失敗したらほとんど回収できなくなる。売れ始めたとしても元が取れるまで何年かかるかわからない。これゲーム会社とかバイオ株投資よりはるかにリスク高いですよね。

 

 

普通にビジネスとして考えたとき、すでに狂ってる。

 

 

リスク抑えようと思ったら、できるだけ寡占状態にして、逆らう者は全て潰し、選択と集中でこれと決めたアイドルはゴリ押しでもなんでも絶対に成功させにゃならない。アイドルが売れ出したら、旬が過ぎるまでフル稼働させなきゃならない。損益分岐点を越え、いやその利益で数人分のアイドルを養える「恩株状態」になるまでは何が何でも稼ぎ続けさせねばならない。そこまでアイドルの意思など考慮してる余裕などない。

 

 

会社規模が大きくなって、たくさん金のなる木ができて、余剰がたくさんできて、PF組めるような状態になって、ようやく一息つける感じでしょうか。でもこのレベルに至るまで生き残るまでに多くの事務所の死屍累々が積み上がるだろうし、生き残った人たちだって、いつ蹴落とされるかわからないから甘い顔なんかできないですよね。

 

 

そりゃ、「アイドルは人であってはならない」という感じになりますよそれが必要なんだもん。

 

こういったリスクを背負ってなお立ち続けるアイドルなんて、そんなポンポン出るもんじゃないでしょう。かといってそれを待ってたら生き残れない。

 

だったら事務所が作るしかない。常軌を逸したレッスンをさせて本人をバンバン鍛えるのはもちろんだけど、それだと間に合わない。だからお化粧もするし広告ブーストも使うしゴリ押しも使う。ファンダメンタルの何倍も高い価格で売り出す。

 

まだファンダメンタルが追いついてないアイドルには常に厳しい評価がつくだろうし、死ぬほどプレッシャーがかかるだろうけれど耐え切ってもらうしかない。途中で辞められたら会社も詐欺になってしまうし本人も潰れるだけで誰も幸せにならない。辞めたいといっても辞められないように契約で縛っておく。個人の意思などあえて無視してプロデュースしゲタを履いた状態を継続し続け、そうやってる間にファンダメンタル部分が追いついて本物になるのを待つ。アイドルが味わう厳しい評価も地獄のような特訓もゴリ押しも、巷で非難されるようなことは全て、そういうビジネスモデルとして最適化されているのだから仕方ない。

 

アイドルは人であってはならない。超人でなければ成り立たない。超人でないなら何が何でもそう振舞わねばならない。

 

 

という無茶苦茶な世界であったことを考えると、AKB48などのシステムって無茶苦茶合理的な気がしますね。

 

運営側もリスク押さえられるし、アイドル一人一人にかかるプレッシャーも分散できる。マスにこだわらなくて良いから個々人の個性活かせるというかむしろそれを売り物にできる。結果として、従来のビジネスモデルでは絶対に不可能だった人たちでもアイドルになれる。

 

本物のアイドルなんてそうそうでないし、無理やり作り上げようとすると歪みが出る、ということまでわかっててもこの方向に転換はなかなかできないわ、、、いままで曲がりなりにも作り上げてきた自分たちのやり方を全否定しなきゃできないもんね。すごいと思います。

 

 

 

いやまあここで書いてること、アイドル業界の認識がステロタイプすぎるし古すぎるし、AKBについてもみなさん出てきた当初から気づいてることではあると思いまうので今更すぎな話で恥ずかしいですが書きたくなったので書きました。

 

AKBはよくエグい話聞きますが、あれ少数アイドルよりずっとマシだから出せる話だったんだろうなあと。で、そのことによってアイドルのタブーについても語るハードルが下がって、のんやらスマップやらバーニングやらレプロやらの件でますますその認知が加速し、もう事務所エグいみたいな話が当たり前になってきたので今になってそれ以外のところからもよりエグい話が表にどんどん出てきてるのかなと。

 

 

まあそれでも嫌なので、私はアイドルマスター派なんですが。アイドルは二次元でいいよ、、

 

 

特に関係ないけどこの記事についても言及。

https://note.mu/yuzuka_tecpizza/n/nac258cb13d0d

ちなみに私は性の悦びおじさんそのものには興味ないから詳しい経緯は知りませんが、彼の表現のセンスは心から面白いと思いました。

 

笑い者と言うよりはPPAPみたいなノリでアイドル化してたんだろうなという印象でした。なので、この記事の言ってる話が全くピンとこないです。

「桃李成蹊」「桃李もの言わざれども下自ずから蹊を成す」

「桃李もの言わざれども下自ずから蹊(こみち)を成す」。「成蹊大学」の「成蹊」はこれが語源だというのでよく知られている言葉だと思います。一応意味を書いておくと以下の通り。

「桃や李(すもも)は何も言わないが,美しい花にひかれて人が集まり,その下には自然に道ができる。徳のある者は弁舌を用いなくても,人はその徳を慕って集まり帰服する。

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認可申請を取り下げた森友学園のその後 買戻特約と原状回復義務について

買戻特約と原状回復についてのみ確認します。

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「お前は悪くない」って言うやつは「お前が悪い」って言うやつよりも始末が悪い

引き続いて「チキタ★GUGU」より。

「ペトラス皇帝」は善良な人である。決して人を責めない。どんなことでも自分の責任として抱え込んで解決しようとする。弱っている人は、つい彼に依存したくなる。

他の高慢ちきな人間は、私を盗賊の娘と呼んで、ゴミでも見るみたいな眼で見る。だけどあの方は、ペトラス皇帝は……

「お前が悪いわけじゃない。親が……社会が悪いんじゃ。つまりは、完璧な政治が出来ないわしが悪いんじゃ。だから立ちなさい。かわいそうな娘」

そう言ってくれたのよ。だから私は、あの方のためならなんでもする。いくじなしのバランスや、思い上がったサデュースにはわからないよ

こんな感じで多くの人間が彼に心酔してしまう。「彼のためならなんでもやる」と言って、彼への忠誠を示すことが自己目的化している人間がたくさんいる。



しかし、主人公はこのことに疑問を抱く。
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実際にこの後の展開は悲劇に終わる。

他者に自分を完全に預けきるという形で自己肯定をしている人間は、自分の行為に責任を感じなくなり、それでいて、己の欲望を制御できずに人に迷惑をかけるようになるからだ。

回りくどい自己承認が生み出す自意識の縛り - Why do you need ...?




ペトラス皇帝の信者たちは彼にしたがって良い行動を取っているのだが、段々と個々の「本性」「欲望」「行動原理」のようなものが染み出してくる。

今まで自分を肯定されてこなかった人間は、努力して成果を上げたり、人との折衝の中ですこしずつ承認を得ていくという過程を経ていない。その過程をすっ飛ばしていきなりペトラス皇帝によってまるごと認められてしまうせいで、まとめて自分を認めてくれるか、自分を認めてくれない敵かでしか他者を認識できない。判断基準すらも敵か味方か、が優先する*1

こういう人たちは、今まで力も自信もを得られなかったが、ペトラス皇帝の名のもとに彼らにも力や大義名分が与えられることで自由に振る舞うようになる。しかし、相手に合わせて自分を制御するということが出来ないのだ。「自分は間違ってない。だってペトラス皇帝が認めてくれたのだから」こうなってしまうのだ。

「ライアーゲーム」13巻 自己否定を乗り越えて、その先に自己肯定を目指すには - この夜が明けるまであと百万の祈り

こうやって敵か味方でしか人を認識できない、未成熟な人間を手当たり次第に承認して、それにお墨付きを与えるようになるとどうなるか。この人達は自分を肯定するために「敵」を攻撃し「敵」から奪おうとする。それが当然の権利であるというように。この作品の場合は極端な例だが、特定の集団が「人を殺し始める」。


この人たちは、味方に対してはなんでも賛同するし褒め称える。その内側の世界にだけ閉じこもっていればとても優しい人たちである。しかし「敵」に対しては容赦がない。「敵」を同じ人間としてみなすという機能そのものを育ててこなかった。そういう未熟なまま力を得てしまったのが彼ら彼女らなのだから。



まだ侵略できる余地がある間は良い。しかし拡大が止まると、自分たちで内ゲバを起こして勝手に自滅する。
電波の城 - この夜が明けるまであと百万の祈り

彼ら彼女らは、ペトラス皇帝にだけは忠誠を誓うが、もはやペトラス皇帝が目指した世界と全然違う行為を平気でやる。そして、その矛盾を理解できることはない。そして、さんざん他人を傷つけ暴れまくり、最後には、より衰退した所を滅ぼされる。これは歴史の常なのです。

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耐えきれなくなった時に「逃げる」のはいい。でも「他人に預ける」「預けっぱなしにする」のはダメ

たとえたとえスタートが善良であっても「安易に承認された人たち」「お前は悪くない」という声に必要以上に依存した人たちの作り出す集団というのは、その未成熟さの蓄積によって崩壊する。


人が人であるかぎり、他者との間に責任というものはあって、自分を律する必要もある。心が弱っている時にそれを委ねたくなる気持ちはわかるけれど、その声は悪魔の誘惑なのだと思う。


耐えきれなくなった時に「逃げる」のはいい。でも「他人に預ける」「預けっぱなしにする」のはダメだと、私は思うのです。



「凡庸な悪」あるいは「透明な存在」について - この夜が明けるまであと百万の祈り

「眠れないの。眠ろうとするとあの(お父さんの悪口を言ってたやつの)やーな大笑い声が浮かんできてムカムカしちゃうの」
「困ったなぁ」
「私のハートはもういいやと思うんだけど、私のプライドは許さないの。…プライドってめんどくさいものだね」
「でもお父さんはプライドの高い知世がいいと思うよ。」
「え?」
「プライドっていうのは、自分がいちばんだって偉そうにすることでもなく傲慢な態度を取ることでもなくてたとえば知世が何十億人の人たちの中でほかならぬ知世であるために必要なものだと思うんだ。」
「IDカードみたいな?」
「そうだな、でももっと重たい。旅行かばんのようなものかな。すべての人があらかじめかならず1つずつ持ってる。型はそれぞれ違っていても重さは皆同じなんだ。女の子も男の子も、大人も、子供も。

 持って歩くのはなかなか大変だ。だからこんなものは邪魔だと思ったら捨ててしまってもいいわけだ。それがその人の意思ならね。でも中にはとんでもないバカなおせっかいがいる。"君は小さな女の子だから、こんな重いカバンなんかもっちゃいけないんだよ。必要ないんだよ"なんていうやつだ。」
「はりたおしていいのね?」
「うーん、、、まぁ」
「お墨付きがでたわ」
それから、みんなのカバンをまとめて持ってあげようという人も出てくる。大きな一つの荷物にしてしまおうってね。それは楽ちんだけど、とてもこわいことだ。どこに運ばれるかわからないんだから。やっぱり自分のカバンは自分一人で持たなきゃならないんだ。だから、知世のカバンをお父さんが持ってあげることもできない。お父さんがやれるのはせいぜい知世がカバンの重さに負けないようにたくさんご飯を作ることくらいだな」

「やっぱり腕力よね」
「精神的な、ね」
「ムカつくことがあったら、ちょっと考えてみるといいんだよ。どうしてそんな気持ちになるのか。それは自分のことを知る手立てになる」
「キーっとなるのも無駄じゃないんだね」

「episode95 ホワイトピーチ メルバ」


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おまけ 子育てに関して

私はこういう意識でいます。なのでよりにもよってこの「欲望」を子供に向けようとする「森友学園」などの主張がどうしても嫌いなんですね。

坂口安吾 不良少年とキリスト

親がなくとも、子が育つ。ウソです。親があっても、子が育つんだ。親なんて、バカな奴が、人間づらして、親づらして、腹がふくれて、にわかに慌てゝ、親らしくなりやがった出来損いが、動物とも人間ともつかない変テコリンな憐れみをかけて、陰にこもって子供を育てやがる。親がなきゃ、子供は、もっと、立派に育つよ。

これはこれでどうかと思うけれど、あんまり子供に対して親が親が親がって言うのは良くないと思うし、逆に子供も親が親が親がというのもなんとかしたい。

でも今は社会制度上完全に親の独裁状態となっている。この状態それ自体が問題なのであって、親へ過大なプレッシャーをかけながら、その弱みに付け込む「親学」についてはかなり強い嫌悪感があります。

*1:現実においてもトランプを支持するだけでなく平気でヘイトスピーチを口に出す用になる人たち、TOSSや親学の信者、ミニマリスト集団、互助会、青二才氏や某エロゲーマー氏など、例を挙げるまでもなく「立場によって」180度扱いを変える手のひらがドリルみたいになっている人たちがいるが、まぁそういうことなんだろうなと認識している。このあたり、ハンターハンターのキメラアント編の兵隊アリよりもずっと人格が未成熟と言える

「チキタ★GUGU」5巻 善良な大量殺戮者ペトラス皇帝

私はこのブログのトップページに自分の好きなマンガを★5~★1で評価付していますが、このマンガは★5のマンガです。

すべての人にオススメしたいくらい好きな作品ですが、好きすぎて一から十まで全部語りたいという気持ちがあり、未だに紹介できてません。★5作品はそんなやつばっかりですね……。

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「教育勅語」の核の部分はいったいどこなのか。せっかくだからこの期に読んでみましょう

教育勅語の核ってなんだよ……って突っ込もうと思ったけれど、よく考えたらちゃんと把握してなかったので読んでみた。教育勅語何百もの解釈があるそうです。この記事も自分の感覚ではこういう風に理解したよ、というものを書いておきます。

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未必の故意

人それぞれに、明文化されてはいないけど越えてはいけないラインってのがある。それは完全に主観的なものだから他人に押し付けることはできない。

 

だからいまからわたしがいうことは、わたしが勝手に怒ってるだけです。わたしが正義とか誰かを裁く権利があるとは全く思いません。

 

 

 

 

ただ、わたしの主観としていうならば。

 

アレはあかんでしょ。

 

悪質な商材へのアフィリンク貼っておいて「わたしはちゃんと注意しました」はありえない。そういう記事やりたいなら、ネタとしてpvを稼ぐか、嫌われてもいいからアフィで稼ぐかどちらかでやるべき。

 

アフィリンク張ってるってことは、ひっかかる奴がいることを想定してやってるんだよね?情報商材屋に名前と住所を取られるリスクも説明せず、あたかもノーリスクのように語ってるのは、さらにそこから被害者が出る可能性も考慮してるよね?  どうせバカを装って逃げられるだろうから別に法的にどうこうとか言わないけど、わたしはこの記事に未必の故意を読み取らざるをえません。悪質すぎます。

 

記事読んでみたけど、森友学園の虐待などは認めないが、この学園のネコバスは良いと思いますとか、教育理念は応援しています、といってるのと変わらない。

 

その程度の理解でアフィするなと。そんな中途半端な立ち位置で関わるなと。

 

やばいってわかってて紹介してるんだよね。じゃあリスクについてよくよく確認しないとダメだよね。中途半端に調べて大丈夫でした、というポーズを見せておいて、それについて問題があったら自分に責任はありません、わたしは紹介しただけです。注意しろっていったもーん。騙される奴が出てもそれはそいつが情弱だから悪い、ってやっちゃうんだ。

 

都合が悪くなったら切り捨てる準備しながら、儲けるためにそれにアフィリンクを貼るとか、そもそもよく知らないものを他人に紹介するって行為は断じて好きになれない。そういうことするからアフィカスって言われるんじゃん。

 

 

もちろんたいていのものについて、ただのアフィなんかに責任ないと思ってるし、読み手は自分の責任で気をつけるべきだと思ってます。

 

でも冒頭で書いたように、わたしの不文律としてダメだと思うので、一人で怒ります。んで、わたしの知り合いが同じことやってたらそれはダメだぞっていいます。

 

 

んで、はてブ見たけど、お友達と思しき周りの人たち、言わないんだよね。お友達といっても独立した個人なんだから口出しなんてしないよって理屈でしょうか。立派ですね。でも身内で諌め合わないならどうなるかもわかるよね。

 

なんというか、普段はベタベタしてるように見えるけど、仲間内に問題があった時は日和った態度を取り、さらに都合が悪くなったらドライに切り捨てるのかとか想像すると、なんかもうすごい寒々しい光景が浮かんできます。

 

 

ほんっとにこの界隈気持ち悪い。