この夜が明けるまであと百万の祈り

とあるマンガ好きの備忘録です。私が元気づけられた出来事や作品について少しでも共有できたら嬉しいです

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恋愛関係においてハンロンの剃刀は必須かも

>嫌だと何度も訴えてる事をわざと何度もしてくる相手に、それでも私は愛されてるって思うの難しくない?

 

噛み合わないなあ。相手のことを「わざと」=「積極的に、悪意を持ってそうしてるとしか思えない」なら、もうその時点であなたの内面では話は終わってるとしか言いようがないです。その時点の話をされても困ります。

 

人間関係の継続に貢献する言葉としては「しょうがないなあ」という言葉が最強だと思う。決して肯定してるわけじゃない。それはダメなことでゆくゆくはなおしていきましょうね、とする。とはいえ、現時点でその人自身の否定はしない。相手が好きだからと許したりなし崩し的に受け入れたりしてしまうと、相手を甘やかすことになる。そうじゃなくけじめはつけつつ安心感を与える。行為と人格をどこまで切り離せるかはとても大事だと思う。

 

 

前の記事では「愛があり振る舞いも優しい」がゴールなのは当然だが、優先すべきは愛があることであり、愛を持続したいならそれをたえず「強化」したほうがいいよねという話をしたんですが、まあ、見事に全然伝わらなかったです。私の文章下手すぎい、、、。

常に振る舞いを伴った愛を求めて、その時々の振る舞いから愛を疑ったり否定して、どんどん「弱化」させ、自分が疑った通りに愛を失う人というのは、自分で自分のクビをしめてるだけで、自ら幸せから遠ざかってるわけです。負のピグマリオン効果ですね。

 

 

ブコメ見てたら、本当に「今」つまり「過去」にできてなかったらダメだという人が多すぎ。その考え、行動心理学的には完全に自殺行為ですよね。

 

 

 

どうも昨日からの反応を見てると、男女というよりは、分業や比較優位に対する考え方の違いというか、、、他者と自分を同一視しすぎて、違いが許せないという人が多いように思う。

私のそばにも十年以上前に、常にこちらの善意をことごとく疑った挙句、それでいて毎日のように私のこと愛してる?って確認したがる女の人いたけど、その人結局ストーカーになりましたよ。

 

 

1「私はそれをできるし、私はそれを当たり前にやっているし、私はそれをやらない理由がないのに、相手はそれをやらない。」

 

2:やらないということは私を愛してないか私に悪意がある。私に押し付けて私を傷つけようとしている

 

3:愛していると認められたかったら私の思うとおりにすれば良いだけなのにこんな簡単なことを嫌がるなんて愛がない証拠だ!

 

という自己完結的な受け止め方をしてしまう人が予想以上に多いようだけどそれってもうヤンデレ一歩手前の思考じゃないのかな。

 こういうのって「現時点では無能」「無自覚」「コミュニケーション不足」ではダメなのかな。そして、相手は自分の無能をいちいち全部攻撃したり悪意だと思ったりしてるのかな。違うと思うんだけどな。

 

 

そうやってすぐに全てに悪意を見出さなきゃならないってどんだけ過酷な状況で生きてきたの? 周りは全て恋愛詐欺師か何かなの?好きになったら全てむしりとられる恋愛におけるスラムみたいなところで育ってきたの?無能やすれ違いをちょっとでも許さないゼロ・トレランス方式の信奉者なの?

 

 

何度も同じこというけど、「二人の」関係性の問題であって、自分の中にも課題を見出せるならまだ解決の余地はあるし、「相手だけが悪い。私は何1つ問題はない」と思ってる時点でダメなんじゃないですかね。自分はもう、相手のために、二人の関係性のためにやることはないわけでしょ。そうやって相手の悪いところや悪意をほじくり出したいモードになったらどっちにしろ終わりですよ。

どっちが悪い勝負で勝ったところで得られるのは慰謝料であって、まあ関係性はもう修復しませんよね。

 

そうならないために普段からコミュニケーションコストやら二人の間にあるラポール資源を投資して関係性を改善していきましょうねという話が大前提であり、家事やってようが仕事頑張ろうがそれだけではダメってのはお互い対等だと思いますけども。家事の重要性が開始されてるって嘆いてる人たち、じゃあ仕事側の大切さはどの程度認識してるんだっていつも思う。その逆も同じで、こんだけ頑張って働いて養ってるのに、なんてのもダメですよね。

 

 

 

まあ、二人の関係性においてコミュニケーションコストがかかるのはしんどいのであれば、最初からそういう人と付き合わなきゃ良いと思います。

 

楽な人と付き合いたいと望むこと自体は全く否定しないし、別に結婚なんかしなきゃ良いじゃないですか。結婚してそれ持続したいなら、家事だけ仕事だけではなくコミュニケーションをもっと頑張れよって思うけども。

 

さっきも「なんのために結婚したんきみら?それなら最初から結婚したり友人にならなきゃ良いじゃん」みたいな例えをコメントで送ってくる人いましたね。

 

なんのために結婚してんの?この後の目的見失いすぎじゃない?そこまでいうならさっさと別れれば?と思う事例ばかりじゃなく、この二人は別れるべきじゃない!って事例が読みたいなあ

「愛されたい」人と、「愛されていると感じたい」人は似てるようでぜんぜん違うかもしれない、という話

「同情とか あわれみで僕といるなら やめてください」

「…百ぺん「ちがう」て言うても百一ぺん「ウソだ」って言うんやろ 「ご主人様」?
 まあ ええ 言いたなくなるまで 一万べんでもつきあいますよ」

『二人になると 一人がこわくなる。幸せになると なくす時の失望を考える。
 でも いつか来る その日まで。 僕は この幸せを 耐え抜いてみせる───』(「メイド諸君」 4巻)

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「女性から見ると男はたいてい鈍感であり、男から見るとたいてい女性は理不尽である」という話

「なんで離婚されたのかわからない」という男性の話を読んで思ったこと。 - うさるの厨二病な読書日記

とてもおもしろおカッタです。ところで、とある女性がこの記事のブックマークに

「世の中の夫の大半は奥さんにすごく甘えていると思うけどなぁ。奥さんの負担を考えもしないというのもあるあるだと思う。
 女性側は加点方式で、小さな不満が積み重なってある日ドカンとキレる印象がある

というコメントを書いていました。

追記:この発言の趣旨はこういうことだそうです。
ブログで返答 - けっこう毛だらけ猫愛だらけ
私が想定していた「甘え」というのは、夫が自分でできることを奥さんにやらせてしまう事を指しています。

こんな感じで適当に個人の感想を述べてもよいのであれば、私も個人の感想を延べてみようと思います。

今回は思いつきですが、この話は面白そうなので、時々考えを足していけたらいいなと思います。

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相互確証破壊

https://togetter.com/li/1119424
「なんで離婚されたのかわからない」という話に対して燃えるゴミの日を聞いた時、その態度で離婚の理由がわかる - Togetterまとめ

 

読んだけど離婚した後で何を言っても無駄という話であるような気がする。

そういう意味で、この「そういうとこだよ」という言葉は、関係性終了のラッパみたいなものというか、こういう思考や態度をするようになったということ自体がもうダメだというわかりやすい合図だろう。これはもう他人に対する態度、もっといえばやっつけたい敵に対する戦略あって、もうやめて!二人のラポールポイントはもうゼロよ、ということだ。

 

いかにこの「そういうとこだよ」という言葉を言わずに二人の関係における問題を解決するかがポイントなのであって、もうこの段階に来たら終わりだと思う。

 

 

まあそれにしても理屈ではなく、態度や心証の問題をあたかもうまいこと言った!みたいに勘違いできる思考とか、二人の関係性の問題だったはずなのに自分のことが棚上げになってるところとかやばいな。

 

普通の人は多分この発言を見て、私たちはこうならないようにしよう、って考えるのでしょう。こと人間関係においては、前向きに思考できる人、自分ごととして考えられる人が幸せになれると思う。

一方わたしはこういう発言する人ってすごいバカだな、男の人も別れて正解、みたいな冷めた気持ちになってしまう。こういうところがダメなんだろうな。。。わたしが最底辺の負け犬です。

 

 

 

 

ところで全然話が変わるけど、今これと似たような安倍首相たちがやってると思っている。相手を挑発し、その反発に冷笑を浴びせる。対話を拒否した態度だ。上のまとめを賞賛してる人たちは、女性を男に、首相にするとこんなに醜く見えるのだよ、というイメージとして最適だろう。

一角の首相が、政治の世界で「そういうとこだよ」をやらかしてしまった後の世界線に私たちはある。

これ、政治への無関心および、政府からの国民への無関心という意味で完全にあかん気がする。こんだけやらかしておいて、安倍首相がいなくなったあと、はたして自民党を信頼する人なんかいるんだろうか。かと言って、民進党はお話にならない。わたしは、安倍政権には愛想を尽かしつつもその後を考えるのが欲しいから無関心や思考停止という形で消極的に安倍政権が長続きする方向を後押ししてしまっている感じだが、本当はどうすべきなんだろうか。

 

 

クジラックス問題

あんまり触れたくないので、ブログでは直接自分の意見は書きません。

 

 

視聴率を稼ぎたい人たち、今はメディアに限らず、Twitter等でそういう活動をされている方々もだが、こういった人たちが視聴率を稼ぎたくて騒いでるだけにしか見えないから。

 

もちろんニーメラーの警句のような事態も頭に入れてないわけではないし、トランプが当選するような世相であるから無理筋な話が力押しで通るような可能性が無いとは言わない。

 

しかし、まともな批判だと思う人がほとんどいない。正確には「興味のない人たちに、まともだと思わせるようなクジラックス批判」を見かけない。反論する必要を感じるような人たちがいない。

 

こういう人たちが騒いでるのが増田やトゥゲッターみたいなゴミの集まる場所ばかりということも安心感を与える。ブコメで簡単に否定できてしまえるようなそういう話しか見かけない。

 

https://togetter.com/li/1120827
ヘイトスピーチは規制するのにクジラックスは規制しないのはなぜか - Togetterまとめ

 

こういう話がまともに相手にされると思ってるような人たちは全く怖くない。これと比べたら青二才さんのほうが百倍賢い。

 

繰り返しになるが、このひとたちは真剣に考えてない。目立ちたいだけの頭空っぽな人たちが、なんとなく受けが良さそうな言葉や過激なことを言ってるだけにしか見えない。意見と呼ぶにすら値しない。そういう人たちの意見未満の声が大きな力を持つとはあんまり感じられない。

 

彼らは烏合の衆という言葉がふさわしいし、望んでそうしているようにすら感じる。目立ちはしたいが、実際に何かの動きの当事者になるつもりのある人は少ない。単に無責任なことを言ってチヤホヤされたいだけだ。そういう人たちばかりだからまともに旗印になるような意見や人物はいない。民進党がうまくいかないのと同じだ。分散した戦略で各自がバラバラに突撃してくるだけなら、各個撃破されていくのを見ているだけでいい。たとえある程度の集団ができても、民進党のように旗印の目指す方向が国民の関心とずれている状態なら党議拘束しようとしても空中分解する。

 

まともな議論をするつもりもない人たちを相手にしても無駄だとしか言いようがない。

 

 

そういう話よりは、過去のひぐらし報道やスクールデイズの時にどういう話になったのかを見ておきたい。

 

https://toyo.repo.nii.ac.jp/index.php?action=repository_action_common_download&item_id=3485&item_no=1&attribute_id=22&file_no=1&page_id=13&block_id=17

 

https://www.j-cast.com/2008/02/12016568.html?p=all

 

 

 

*論点は1つずつ順番に。「表現の自由」は一番最後だし普段はいちいち言う必要がない

 

私はこのの手の問題に対しては擁護側の人の意見もうんざりすることがあります。いきなり表現の自由を連呼する人たちです。

 

最終的な防波堤として表現の自由があるのは確かだが、いきなりその話をし始めるのはやめて欲しいなと思う。

 

いままでの議論は、表現の自由云々の前に、直接の因果関係を否定する、というのが大前提でしょう?いきなり表現の自由な話をするのは、議論においていきなり壁際に下がるみたいなものだと思うんですよね。それ以外の論点を全部素通しにしてひたすら後退するようなもんです。

 

f:id:tyoshiki:20170618015357p:image

 いきなりここまでさがらんでええやん?ここまで下がった後で、話の途中でまた因果関係の話を蒸し返したりとかしたら「なんでそれ先に言わなかったの?」ってなりますよね。そういう人は議論進行の邪魔になる。表現の自由だけが言いたい人は、他の議論で負けた時にだけ出てきてください、って思う。

 

今回の事件は、いままでの綱引き状況に対して、「犯人が、直接クジラックス作品を参考にしたと言及した」という点で、ひぐらしスクールデイズの時とは少し事情が異なる。

 

そこで、論点としてはすでにひぐらしのころに議論されていた問題はぜんていとしたうえで、新たにいままでほとんど問題にならなかった下記のような話を論じることになるのかな、と。

 

1:犯人がそういったら因果関係を認めるの?

 

2:オタクは二次元と三次元の区別本当についてるという前提で話をしていいの?

 

3:一人の特殊例をもって全体を規制するのは妥当なの?

 

4:警察が直接規制を求めるような行動をすることは是なの?

 

あたりを論じていくことになって、その上で表現の自由の問題に踏み入っていくことになる話じゃないかなあと。

 

 

 

*「今相手はどの論点で話をしているか」がわからない、わかろうとしない人と話をするのは無駄

 

ところで、批判してる人たちの中で、批判したがる側でやたらと被害者感情を持ち出す人いますけど、多分そこ争点じゃないと思うんですよ。

 

クジラックス批判してる人も擁護してる人も、現実におけるレ●プの是非なんて論じてないし、現実の被害者はどうでもいいなんて一言も言ってません。なのにここを争点としたがるひとは、頭が悪いか狂ってるかどっちかにしか思えないです。

 

また、「今何が論点から」がわからないという意味でも議論の邪魔です。いろんな論点から難癖つけておいて、それぞれに個別で反論をしているところに、そんな話はどうでもいい、被害者感情について言及してない、って喚いてる人いるけど、今なんの話をしてるのか全く理解できず自分の関心項目だけ喚き散らしたいなら、最低でもいきなりリプするんじゃなくて、自分のブログで自分の前提と、今何を論点にしてるか明確にしてから話ししてくださいって思いますね。

 

 

そのあたりの手続きをきっちりこなして攻めてくる相手がもしいたら、これは手強いなって思いますし。じっさいに物事を動かしてくるって思います。

 

 

ひぐらしのなく頃に」でいうなら、いまツイッターや増田で騒いでるやつは、祟り殺し編で単体で暴走してしまったダメな圭一くんです。たまには罪滅し編で暴れたレナくらい上手くやる人が出てくるかもしれません。「日本しね」の増田とかですね。でも、正解は「皆殺し編」のように、迂遠に見えても正規の手続きを踏んで陳情にいき、話し合いのテーブルをつくる、というやり方をした人たちです。

うみねこのなく頃にEpisode3 事件振り返り

「うみねこのなく頃に」の振り返り 真犯人視点での時系列整理 - この夜が明けるまであと百万の祈り
うみねこのなく頃にEpisode1 事件振り返り - この夜が明けるまであと百万の祈り
うみねこのなく頃にEpisode2 事件振り返り - この夜が明けるまであと百万の祈り

の続き。

EP1、EP2では親族が先に殺される。それからEP2においては使用人は終盤まで固まって生き残り、途中まで「使用人同士が共犯」と疑いさえすればアリバイが崩れる。このために「使用人が犯人・共犯」という方向に偏ってくる。(ルールXのヒント)

そう思っていたら、EP3で使用人は第一の夜に全滅する。これによって、犯人が分からなくなる。あげくにEP1・EP2では第二の晩までに殺される絵羽が犯人として行動し、最後まで生き残ってしまう。これによって推理の方向がリセットされてしまう。

<六連鎖密室>はうみねこシリーズの中でも特に印象的な仕掛けだが、これはイカサマをしないと不可能であり、実際ベアトリーチェが復唱拒否をしているところがヒントになる。これと併せて「南條を殺したのが誰か」というところで赤字が大量に連発されることで、初めて「真犯人の正体」ににたどり着ける仕組みになっている。

最後の最後のベアトリーチェの手のひら返しのせいで、後半のベアトリーチェの大量の赤字は大したヒントではないように感じてしまうが、答えが分かった後に見ると、ほとんどネタバレそのものであり、ギリギリのラインまで戦人にヒントを与えていたことが分かる。

ちなみにこのシナリオはヤスの瓶入りメッセージボトルによるものではなく偽書。「八城十八」と「八城幾子」の合作による偽書かどうかが確定する記述はあったっけ?


第一の晩
<主犯>ヤス
<共犯>南條


第二の晩、第四・五・六の晩、第七・第八の晩
<主犯>絵羽
<共犯>秀吉


第九の晩-1 譲治殺害
<主犯>ヤス


第九の晩-2 南條殺害
<主犯>ヤス


第九の晩-2 戦人殺害
<主犯>絵羽


第十の晩 朱志香殺害
<主犯>ルールZ

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「好き嫌い」と「善悪」の混線について


善悪で言うなら○で、好悪で言うなら○ですねぇ

好悪(こうお、と読みます)という言葉がある。意味は好き嫌いのことだ。
もちろん好き嫌いという言葉もあって「好き」の反対は基本的に「嫌い」なのだが。
「嫌い」「憎む」(dislikeとかhate)と「悪」(evil)を同一視する考えが、言語レベルで通用するということだと思う。
(好きの反対は無関心ですーみたいなお話は今は呼んでないので帰ってくださいw)

知らんけど、hateとevilって言葉が明確にわかれている英語において、この混同はあるのだろうか。多分無いんじゃないだろうか。
でも、日本の場合、言葉に引きずられて、「好き」でないものをストレートに「悪」と扱ってしまう傾向がアルようなきがする。
逆に言うと、好き=goodと扱ってしまうのもよくわからん。

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