この夜が明けるまであと百万の祈り

私が元気づけられた出来事や作品についてのメモ。最近TED聴き始めました

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世の中は「違法ではないが多数派にとって道徳的に認められない」問題で満ちている

イケハヤさんの詐欺に近いレベルの金融商品アフィリエイトから、とくダネ!の報道姿勢まで、世の中には違法ではないが、明らかに大人数にとって「それはNGだろう」ということがたくさんある。こういう場において「違法ではない」を主張する人間は、国家権力によって裁かれることはなくともそれ相応の代償を支払うことに成るだろう。



①しかし、「多数派の道徳観」=「多数派にとっての正義の感覚」というのがこれまだ厄介で、法律と違って明文化されることはない。そして、そういうものはちょっとした条件の違いでとても揺らぎやすい。そういうゆらぎを察して合わせられない人間にとっては、あまりこの曖昧な基準が暴れまわるようだと帰って生きにくい。


②また「多数派」というのは社会や組織の構成員の成り立ちに寄って変わる。まともな社会ならありえないことでも、ブラック企業や体育会系中心の組織における多数派の道徳観ではありと成ることは多数ある。ネトウヨの集団とネトサヨの集団では価値観がほぼ正反対でぜったいに折り合わない、なんて現象もあるだろう。なぜか差別に反対な割にオタクヘイトには寛容なはてなフェミのみなさんや、逆に女性に対する被害者意識が強すぎてミソジニー撒き散らしまくりのアンチフェミ集団ではそもそも会話の余地もないだろう。こういう人たちは「部分対象関係」にある。

ただでさえ多数派の価値観は揺らぎやすいというのに、自分が今どういう組織に属していて、その組織における価値観は……ということも考えるとさらに複雑になる。こういうところに社会としての最低限の基準が儲けられていないと、閉じた組織においては何でもありとなってしまう。



③また、そもそも論を言えば、多数派の正義が常に正しいということに成ると少数派は生きていけない。「生まれつき」の性質が少数派である人間にとってこの世は地獄と成るだろう。多数派が乗り越えられるからと言っても、少数派の人間を追いつめて最悪自殺に至らしめる危険性がある研修を功利主義的な観点で是とするようなことは許されない。

ゼリア新薬の22歳男性「ある種異様な」新人研修受け自殺 両親が提訴

「意識行動改革研修」。その中で、Aさんの「吃音」や「過去のいじめ」が話題になった。講師から過去の悩みを吐露するよう強く求められた上で、Aさんはこうした話をさせられていたという。Aさんは、研修報告書に、次のように書き残していた。「吃音ばかりか、昔にいじめを受けていたことまで悟られていたことを知った時のショックはうまく言葉に表すことができません」「しかもそれを一番知られたくなかった同期の人々にまで知られてしまったのですから、ショックは数倍増しでした。頭が真っ白になってその後何をどう返答したのか覚えていません」「涙が出そうになりました」一方、研修の講師は、Aさんの報告書に赤字で次のようなコメントを残している。「何バカな事を考えているの」「いつまで天狗やっている」「目を覚ませ」

このように、世の中にある「みんなの意見」や「正義」なんてものはあやふやなものであり、それでもそういうものを把握して生きていかなければならない。


そして、それが当たり前にデキる人もいれば、訓練しなければ難しい人もいる。



はてなの「多数派の価値観」はまだ一定の信頼性を有している

そういう観点で、私個人としては「多数派の価値観」のあやふやさをあぶり出し、それがどういう条件で変容しうるのかを突き詰めていった白熱教室は面白かったのだが、


食人鬼とトロッコ問題と権力勾配 - 読む・考える・書く

こんな問題は解いてはいけないのだ。トロッコ問題の正解は「こんな問題を解かせようとするサンデルを殴りに行くこと」だ

こういう「数学の問題を解く際にまず算数の基礎が必要だよね」という理屈すら理解できてないような、小論文習いたての高校生が書いたような意見が結構はてなのブックマークコメントで支持されてるのはちょっと驚いた。

この記事で言われているサンデル批判は、まるで青二才さのラノベ批判のような薄っぺらいものであるとわたしは思う。

ロッコ問題の目的そのものを全く理解していない。 そういうものをみて「そうだそうだ」という反応が多数派になることもありうるのかと思うとさすがに怖い。



それでも、さすがにはてなの人気ブックマークには、この記事のアホらしさを適切にしてきしているコメントが多くならんでおり、

まだこういう問題に関しては、はてなは大丈夫だ、と思える。

ここでこの記事を支持する人が多数派になるようだったらもうはてなは終わりだろう。




「多様な意見」を受け入れる土台として、多数派の意見の健全さはとても大事だと思うので、はてなはまだ死んでないと思いましたよ。まる

誕生日

山路を登りながら、こう考えた。
智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。
住みにくさが高じると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生れて、画が出来る。
人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。やはり向う三軒両隣にちらちらするただの人である。
ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。あれば人でなしの国へ行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう。
越す事のならぬ世が住みにくければ、住みにくい所をどれほどか、くつろげて束の間まの命を、束の間でも住みよくせねばならぬ。
ここに詩人という天職が出来て、ここに画家という使命が降だる。

最近まともに文章かけなくなってきたように思うけれど、

よくよく考えたらもともと以前にまともな文章を書けていたかどうかも怪しかった。

まぁいいや。


今日は私の誕生日。

せっかくなので珍しく遠出をして

久々にお泊りなどするつもりですが、なんとなく時間があいたので投稿。





誕生日おめでとうというよりあh、なんとか今年一年も生き延びられました、という感じ。

去年の10月くらいから、自分にしてはめずらしくかなり前向きになって

引っ越ししたり、おもいきって転職したり、あたらしことに挑戦したり、

環境を変えようと自分なりにいろいろやってみたのですが

4月くらいから行き詰まりを感じはじめ、現在に至るまでうまく浮上できずにいました。

だんだんと以前のような生活に逆戻りというかよりひどい状態になり、

その状態でも躍起になって頑張ろうとしましたが、

ついに先月になってからは何事にもやる気が出なくなり、1年半ぶりにお薬の世話になることになってしまいました。



なんというか、まだなんとも復活できるかどうかはわからないのだけれど、

最近になって、自分ってなんだかんだひとりぼっちということもないのかもしれないなどと思うこともあり、

少しずつ底を確認しにいってる感じはあります。

結局人の悩みなど、ほとんどは衣食住とそれ以外は人間関係が原因であり

衣食住をしっかりして、あとは自分のもとにある人間関係に満足できればそれで良いではないかと。

とりあえずそれ以外のことは元気になってから考えようと思います。


なんというか、まぁ本当に情けない限りではありますが、

今までこういう情けない状態を隠そう隠そうとする変な見栄みたいなものはだいぶ減ってきたように思います。

情けない自分を許せるようになってきただけでも今年一年は十分意味はあったように思います。



私はとかく己の意思が弱いです。

そのため、まっとうに生きようと思ったら自分以外に外側から自分を縛るものを常に必要とします。

「~~ねばならぬ」という言葉を好んで求めてきました。

そのくせ今になってそれに耐えきれなくなって投げ出そうとしているわけで

いったい自分は何をやってるんだろうという感じですが、まぁ仕方ないね。



今年一年はポンコツみたいに生きていくことになるかなと思いますが、

その中で自分に背負えるもの、一緒にいたいなと思えるものを整理して出直すことができればなと思います。

とりあえず、昔から死にたいと思ったことはないので、死なないように気をつけます。

「ツール・ド・フランス」のダイジェスト見た

最近燃え尽き症状になってる私だけれど

色んな人からいろんなものをすすめてもらって感謝しかないです。




昨日はツール・ド・フランスの録画を貸してもらってぼんやり見ていましたが、

今までなんで見なかったんだ、というくらい面白かったです。




3500km走って、トップと2位の差が2分ちょっと、というのは本当に驚きました。





マラソンみたいに強い選手の独走をずっと眺めている、というものとは全然違って、

1日ごとにステージが代わる。

合計タイムこそ累積されるもののステージごとにスタート位置はリセットされるし、

20ステージ以上あったけれど、どのステージでもラストギリギリでデッドヒートが繰り広げられるし

地形が極端に変わるからステージごとに一位を取る選手がコロコロ変わる。



有力選手が序盤で失格になったり

優勝候補と目されていた選手がなんども自転車のアクシデントに見舞われては仲間の力でリカバリーしたり

かつてのチームメイトが、その選手のアクシデントに対して周りのアタックを牽制する友情のシーンがあったり

そのチームメイトが同じステージで転倒してリタイアしたり。

ダイジェストで見ていたせいかもしれないけれど波乱続きで最後まで見ていて全然飽きませんでした。




日本人選手が、エースではないものの参加しているのも初めて知りました。

いやもう本当に知らないことばかりでとても楽しかった。





先月あたりからほとんど漫画も読んでませんでしたが「弱虫ペダル」を読みたくなりましたし、

また自転車乗り再開しようって気持ちになってます。

そうだよ、せっかくブロンプトン買ったんだからもっと活用しないとね。




なんだかちょっとずつ元気出てきたし、元気出さないと

寂しすぎてバーレスク大阪行ってきたレポ

本格ポールダンスが楽しめるバーレスクが大阪にもオープンしたとのことで、鬱状態の私を知り合いがむりやり連れて行ってくれました。

結論としては大満足です。色眼鏡なしに一度行ってみてほしい。

北新地から徒歩5分程度。大阪梅田からだと徒歩15分くらいかな。

入場料5400円でワンドリンク。チップ代金1000円で6400円が最低料金と考えると良いかと。

エロ目的で行ってもいいけど、純粋に2時間たっぷり真剣なダンスが観れるエユターテインメントショウ、しかもドリンク付きとしてみればコスパ的に非常に良心的に思える。サービス精神旺盛です。


また、ダンサーの人も簡単にお話もできますが、話を聞いてみるとみんなこの仕事に真剣です。
仕事がある日は1日3時間くらいレッスンしてそれからさらにショウでも踊るそうです。すごくハードです。腹筋がバキバキに割れてるダンサーの人もいました。将来的にはダンサーとしてさらに上を目指してる人もいたり、ポールダンスのショウを若い時に見て、それから自分もその魅力にとりつかれてポールダンサーを目指すようになった、と語る人もいました。ブラジルから来てる人もいました。夢や希望を持って日々生きてる人たちの前向きなエネルギーを感じます。


普通にショウとして楽しめて、元気も出た。嫌がるわたしを無理やり連れ出してくれた知り合いには心から感謝。

また明日から頑張って生きようと思った。来週くらいからは復帰目指したいです


大阪にいる知り合いとオフ会する機会あれば今度は自分が他の人を連れて行こう。。。

QUK

半年ぶりくらいに急にきつい鬱が来たのでちょっとやばかった。久々だったので油断してた。薬が間に合わなかったら万が一もありえたかもしれない。夏休み時期に入ってぼっち状態でこれ来てたらマジで危なかった。多分あと3日か4日かくらい持ちこたえたら回復すると思います。また回復してきたなーと思ったらこれ消して記事再開します。ちょっと今は無理。

「白馬の王子様」願望が難しいからこそ「食人鬼さん」というイメージが生まれるのかな

ネットで高校生くらいの女性がマンガを書いていたら聲の形のときに騒いでいたネトフェミのめんどくさい人に絡まれて鍵垢になってしまったという経緯を知って読みました。

「命と引き換えに生活を保障したこの男は非難されなければならない」というならその前に彼女を見殺しにしたこの物語の社会背景とかについて考える必要はありそうですよね。

フェミニズムそのものについてとやかく言うつもりはないですが。創作物にやたらと口を出す一部のネトフェミの人たちはほんとうに迷惑だなぁと思います。フェミニズム的な観点を創作に対して持ち込むのは程々にしてほしい。 まして、マス向けの商業作品なら一意見としてそういうのを述べるのは良いかと思いますが、個人の願望をイメージ化した作品にまで持ち込んでごちゃごちゃ言うのは本気で「うるせー馬鹿死ね」という話ではないでしょうか。

ネトフェミの人たちが主張する「女の人は自主規制しているのに、男は自由にやりすぎる」というのは、あなた方のマウンティングじみた振る舞いがそういう状況を作っているのではないですか? という感じがします。単に一個人が心地よい、正しいと思うものを押し付けてそうでないものを萎縮させるのがフェミニズムなわけないですよね。

男オタクはこの手の批判に対して「ネトフェミうるせーな」みたいな反応をしてまともに向き合わないことが多いのでネトフェミの人たちも無責任にギャーギャー喚いてもそんなに問題にならないのだと思うのですが、それはある意味「相手にされない」ことを前提とした話であり、こういう感じで批判に怯えて自主規制しちゃう人が多いようだと、また、それが女性側に多いようだと、「このネトフェミさんは一体何を目的としているのか」ってことになるのかなあと思います。

はい、この記事で言いたかったことはこれだけであとは余談です。



上の作品は、まぁ「食人鬼」という設定もただのギミックであり、言いたいことはあくまで「マッチ売りの少女」と同じ、程度に受け止めれおけばよいのではないでしょうか。
http://www.hyuki.com/trans/match.html

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「優れた取材者は自分が立てたストーリーを支えるエビデンスを探すのではなく、ストーリーを危うくする問題を探す」

「ネットよりテレビを信頼」子供たちの意識調査で明らかに。その理由は?

についてヤナティの言葉。



こういうの当たり前だと思うんだけれど、言いっぱなしですまされ、しかも極論を言って共感する人が一定数集まれば食っていけるネットでは、こういう思考がおろそかにされがちなのかな、と。

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