この夜が明けるまであと百万の祈り

私が元気づけられた出来事や作品についてのメモ。最近TED聴き始めました

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「高学歴」に関して自分が面白いと思った記事

(※2014年5月26日に投稿した記事です)

1つはこれ。

高学歴? 俺は好きだぜ | おごちゃんの雑文 です。

意訳というか超訳すると、高学歴の若者は実力を勘違いしているかもしれない。ただ、それは悪いことじゃなくてむしろ良いことであり、その「青二才」状態の若者をうまく使いこなしたり、力を発揮できるような道をしめしたり、環境つくったりしてやって南畝だろうと。そういうOTONA側の役割の自覚がなく、使いこなせなくて「近頃の若者は・・・」とか愚痴言っちゃうの恥ずかしいよね、という感じかと。 


実際この「おごちゃん」さん、オフ会で知り合った若い人をスカウトしたりしてて面白いな、と思ってました。その人は今ドワンゴで活躍してるらしいです。才能ある若者を見出して働く場を提供できる人と、そのチャンスをつかめる若者、みたいな関係がもっと広まるといいですね、今の新卒一括採用って決して悪くない仕組みだと思いますけれど、こういうルートが見えにくくなるという弊害はあるのかな。



2つ目は「これはエガい」で一時期有名だったホットココア社長さんの江上さんが書いた記事。見つけられなかったので要点だけ書いておくと、「高校までで学ぶことより大学で学ぶことのほうが大きいしさらに社会人になって学ぶことは大学よりはるかに重要なのだから、新卒採用以外では「社会人歴」で見たらいいじゃん」みたいな内容だったと思います。
誰かご存知の方いたら教えてください。




3つ目は、池田信夫さんがしょっちゅう書いてる学歴=シグナリングに関する記事ですね。結局学歴がこうも問題になるのは、採用の仕組みが学歴中心で周っていることで、「基礎能力が高い人」を適性考えずに採用して一括採用し、そこから教育、割り振りで帳尻を合わせていくという高度経済成長時のモデルがだんだん現状に合わなくなってきたことを問題視してるんじゃないか、みたいな話だと思います。

Aさんは大学に行くことによって自分の学習能力が高いことをシグナルできます。この場合、勉強の中身にはあまり意味がありません。
(中略)
大学の機能がシグナリングだとすると、文科系の教育の意味はほとんどありません。これは教えるほうも教わるほうもよくわかっているでしょう。

http://magazine.livedoor.com/press/3380

大学生は学歴によって、自分の教育・訓練のコストが低い(能力が高い)ことを間接的にシグナルしているのだ。

http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51893934.html

学歴から資格への流れが強まっている。これはゆがんだシグナルによる人的資源の配分を改め、サービス産業の生産性を引き上げるチャンスである。

http://agora-web.jp/archives/929325.html

「頭のいい人」どころか「高学歴」ですら単語レベルで致命的なディスコミュニケーションが生じてる。そのくらいみんな自分が当たり前と思って使ってる言葉ですら意味が共有できてないという現実

そもそも論として、

最後に余分なことをつけ加えるんだけど、私はどうもこの「いい大学」を出た奴等を「高学歴」と言うのはおかしい気がしてならない。↑の文章では元々の使い方を貸りてるので「高学歴」と書いたのだけど、本来はちょっと違う気がする。私が思う「高学歴」は、

博士 > 修士 > 学部 > 高校 > 中学

という奴の方なんだが。件の人は学部のようなので、「何勘違いしてんの?」と思ってしまう。






2015年10月追記

http://www.proof0309.com/entry/gakurekihabuki

この記事書いた人「イケダハヤト」さんにあこがれているらしいですが、私はどちらかと言うと「えがちゃん」っぽい人だなと思いました。

「えがちゃん」路線でがんばってくださいませ。