この夜が明けるまであと百万の祈り

とあるマンガ好きの備忘録です。私が元気づけられた出来事や作品について少しでも共有できたら嬉しいです。 ※記事を読まずにはてなスターを押して回る行為はお断りしております。

【スポンサーリンク】

龍ヶ崎七七七の埋蔵金

見てる。 
壱級天災ちゃん(CV阿澄佳奈)可愛い。気持ちのいい青二才キャラ。

明日はピンポン観るつもりです。




この作品は、夢とか野望とかそういうものに対する在り方・姿勢みたいなところがテーマになってるのかな。
主人公が自分探ししてる感じなので、中高生向けな感じはする。
展開やキャラはややチープだと思うけどストレスなく見れて良いです。

以下は気に入ったところメモ。

「あんなに笑われてなんで怒らないんだよ」

「いいではないか、笑われるくらい。
 さっき笑った連中はこう思っている
 あの可愛い転校生は、何を頭のいかれたことを言っているのか、とな
 たしかに私はまだまだ真の意味で名探偵というわけではない。
 だからああやって笑われもするし、ジュウゴにも心配をかける。
 だがもし私が名実ともに名探偵に成ったとしたらどうだ。
 奴らは驚き、自分の過ちを恥じるだろう。そうなれば、私の勝ちだ!」

「そういえば、お前なんで名探偵なんてやってるんだ?」
「歴史に名を残すためだ」
「お前それ人に言うなよ」
「なぜだ」
「前にそういうこと言って、教室で思いっきり笑われただろ」
「バカにされるのは嫌だが、言うのはやめない。
 バカにされるより、言えなくなる方がもっと嫌だからだ。
 もちろん私が周りにどう思われているのかは知っている。
 それでもなりたいんだ。私は名探偵に。」
「お前…あほだな」(ニッコリ)

http://aniram-czech.hatenablog.com/entry/2014/06/02/110049

なぜ不十分なことを自覚しているのに未熟なままでエントリを上げてしまうのかというと、理由はたった1つで、「そんなことをいっていたら永遠に何も書けないから」です。
なぜ私が「不十分でもムリヤリ書く」のかというと、知識や見解が深まるのを待っていたらタイミングを逃してしまうし、それこそキリがないからです


全然関係ない話だけれど、「ガンパレード・マーチ」というゲームのことを思い出した。
このゲームが2000年の段階で、経験値ではなく「発言力」というパラメーターを採用し
それを中心としたゲームデザインを行ったことはすげーとおもう。
発言力は、経験値と違ってこれをいくらためても自分自身がレベルアップをすることはない。
だが、いくらお金をタメても実現しないことを可能にすることもある。
明らかに、自分の行動するステージはレベルアップする。
発言力が低い間は周囲にほとんど何一つまともに相手にしてもらえないのが、
レベルが低くても発言力が強くなるだけで偉い人と対等に会話できるようになる

この「発言力」というステータスにより多様な行動の可能性を示し、
かつ人類敗北まで約1年間という絶対的な時間制限があることによって、
自分のステータスの強化やレベルアップよりも、
とにかく短期間で発言力を強化するには、という方向に考えが向き、
そのためにいろんな行動を試す、という楽しみを提示してくれた。

風来のシレンとかこのゲームはすごい好きだったな―。




ただ、今から思うと?と思うことも有る。
このゲームにおいては、発言力は、誤った行動をすると減ることはあんまりなかった。


でも、リアルでは「バカにされること」って結構リスク有ると思う
バカにされることを恐れずなんでも言っていたら、発言力がガンガン減っていくと思う。
そうなると、「発言の自由」はあっても「発言が誰かに届く」ことはなくなる。
というか、大抵の場合は、発言の自由もなくなるかな。
移動可能性やら人の流動性が低い状況では、ほんとに「バカにされること」って結構怖い。

これが、ネットだと、割りといつまでも自由が維持できるし、
自分と波長のあう人にたどり着くことができれば、
自由を確保しつつも、誰かにその発言を受け取ってもらうことが出来るのかもしれない。


こういうところ考えると、リアルとネットはやはり違いが合って、
比較的「馬鹿と思われる」かもしれなくとも、
自分が真剣に思ったことや目標と思っていることを素直に出して、
それを評価してくれる人と出会えたりする可能性は多いかも。
いいことばかりじゃないけどねー。