この夜が明けるまであと百万の祈り

とあるマンガ好きの備忘録です。私が元気づけられた出来事や作品について少しでも共有できたら嬉しいです。 ※記事を読まずにはてなスターを押して回る行為はお断りしております。

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批判こそが最も正確な自己開示である

その批判が単なる羨望にもとづく否認なのか、真に創造的な分析をはらむものなのか、いずれにせよ「批判こそが最も正確な自己開示である」という精神的分析視点から観察をさせていただきますよ

そういう意味だと、私という人間は、ものすごくわかりやすいのでしょうね。

http://anond.hatelabo.jp/20140624211919
批判自体は簡単です。ただし、自身の品位や人間性を損なわずに批判するというのは、これは極めて高度な技術に加えて、強い精神力も求められるのです。

前にも引用したけど「知的複眼思考法」から

このような批判の繰り返しは、何を意味しているのでしょうか。批判をする側にとどまっている間は、先輩たちの書いたレポートのなかに容易に欠点をみつけそこを衝くことができる。しかし、その批判の目はまだ自分たち自身には十分向けられないということです。つまり、三年生の批判の多くは、自分たちが書く側に回った時の立場からの批判ではなく、まだ読むという立場からの一方的な批判であるのです。そのため、ある意味では無責任に相手の欠点を見つけ、そこを非難することが出来るのです。

学生たちは、私達から「なるべく批判的に読みなさい」とか「批判的なコメントをつけなさい」と言われると、どうも相手の欠点や欠陥を探すことを「批判」だと思いがちです。そのような態度で本や報告書に接する場合、ちょっとした欠点を見つけると、「しめしめ、ここを指摘してやろう」と、自分のことを棚上げして、その発見に喜んでしまったりします。そして、「あいまいだ」とか「こじつけだ」といった辛辣な批判をして満足するのです。


そこで、このようなスタイルの批判を見つけると、私は学生たちにこう言います。「論理の飛躍があるというのだったら、どうすれば飛躍を埋めることが出来るのか。その代案を考えなければ十分な批判とはいえないよ」「心情的に疑問が残るというのなら、どのような疑問なのか。またそれが分析者の示した結果と合致しないのはなぜか?」「あいまいだというのなら、どうすれば議論を厳密に出来るのか。 曖昧さを取り除くためのアイデアはなんだろう」といったことです。


問題点を探しだすことで止まってしまっては、「批判的読書」は思考力を鍛える半分までの仕事しかできません。考える力をつけるためには、もう一歩進んで、「代案を出す」ところまで行く必要が有るのです。



・否定的内容の自己開示への抵抗感 と自尊心の関連

まず,自己開示への抵抗感の程度と強い関連を示したのは,開示対象との親密性であった.
すなわち,深刻さの高い内容・深刻さの低い内容いずれの開示であっても,また自尊心の高群.低群のいずれであっても,相手が親密性の低い人物であると自己開示が抑制された.相手との親密性の低さは,それ自体が自己開示の強い抑制因となることが明らかになった.

この傾向は特に,自尊心の高い人が,深刻な内容の自己開示を行う場合にみられた.つまり,自尊心の高い人は,親密性の高い親しい友人に対しては開示抵抗感が低いが,親密性の低い知人に対しては開示抵抗感が高い,というように相手によって自己開示が左右される傾向があった.一方で自尊心の低い人の自己開示は,他者には左右されにくい傾向があった

否定的内容の自己開示をした場合に予想される効果を因子分析によって分析したところ,以下の三つに分けられた.
第1は,他者に話すことによって自分自身が傷つくことを示す“対自的傷つき因子”
第2は他者との関係において自己の印象が低下することを示す“対他印象の低下因子”
第3は他者に話すことによって有用な効果があることを否定する“無効性因子”であった.

自尊心の高い群にとって,否定的な内容の開示をすることは,自身への悪影響が問題ではない.
自尊心高群にとって自己開示の抑制は,自身についての悪い印象を他者に与えないための印象管理方略であることが示唆された.


一方,自尊心の低い人は,深刻さの高い内容,低い内容のいずれの自己開示に際しても,対自的傷つき得点が高かった.
つまり自尊心の低い人は,他者に否定的内容の自己開示をした場合,自己が傷つくことを予想していた.
更に,自尊心の低い人は,深刻さの高い内容の開示において,
対自的な傷つきを予想するほど,自己開示に抵抗を感じていた.
このことは,自尊心の低い人は傷つきやすいだけではなく,傷つくことを回避しようとすることを示している.

否定的な内容の自己開示が抑制されるのは印象管理のためであると予想したが,彼らの予想に反して,セルフ・モニタリング傾向と自己開示抑制の間に有意な相関は得られなかった.これは,対他的な印象を管理するためにセルフ・モニタリングするよりもむしろ,対自的な,自己の傷つきを予想するために自己開示を抑制する者が研究対象者のなかに含まれていたためと推察される

とあるけれど、おそらくこれに「匿名か顕名か」とか「批判する時とそうでない時」とかいろいろ変数が絡んでくるんだろうと思います。



余談ですが、私はなにか炎上事件が起きるたびにこういうことをドヤ顔で書く人がかならず出てくる現象にうんざりしていて、
http://bylines.news.yahoo.co.jp/nakajimayoshifumi/20140624-00036684/

「炎上するたびに必ずこういう記事が出てきて人の意識がそういうしょうもない二項対立(正義の人VSわかってる俺様)に流れていくという不毛な構造」をきっちり説明して、この手の記事をすべてこのネットから抹消したい (まどか病)