この夜が明けるまであと百万の祈り

私が元気づけられた出来事や作品についてのメモ。最近TED聴き始めました

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無知とのつきあいかたについて

無知とか勘違いは、正直しょうがないことが多いと思う。
ただ、「自分が無知であることを知らされた時」にその人がどういう反応をするか、はすごく気にする。
無知は嫌いじゃないが、無知を指摘された時に受け入れられない人は嫌い。

無知であることと、無知であることを免罪符にすることは全く違うと思う。
無知であることは恥ずかしいけれどできるだけ恥じないようにしたいし、
かといって、無知であることがわかったら、反省して学ぶようにはしたい。

ただ最近調子が悪くてまったく活字が読めなくなっている。若干鬱気味。ネット切るべきかどうか悩んでます。


とはいっても、この記事で語られているように無知が問題になるケースはあると思う。


ttp://suminotiger.hatenadiary.jp/entry/2014/08/13/123206

医療関係者がこんなこと言うのか…って目が点になってビックリしつつ話を切り上げて帰ってきたんですね。でももしメンタルが弱ってるときだったら、初産だったら、周りからアレルギーのこととかで責められてしんどい時期だったら、って考えたら、耐えられたかなって正直思います。

アレルギーを持ってる子を育てること、それは日頃の除去食や環境の整備等本人のケアだけでも健常児と比べると相当に重労働です。それに加えて世間の目、無知による心無い言葉に傷つけられている現状を見ると悲しくなります。

1 相手が弱っている場合、悩んでいる場合、無責任なことを言うのは、問題を増やすから慎みたい

2 専門的な知識があることが期待される場合や、相談された場合(コンサルタントの定義)。
  権威者であると思われている場合、あるいはそれを自認する場合も、責任は増す。

3 リーダー的存在の場合。あるいはそれを志す場合。

4 自分ではなく、他人に言及する場合。自分だったら無知の責は自分だけでかぶる。他人の場合はそうはいかない。
  他人にたいしてよく知らずに安易な判断を下すのは怖い、くらいの認識の方が生きやすいと思う。

とかかなー。もっとあるんだろうけれど。


長期的関係においてはこの辺りは是正されるけれど、
ネットとか、悩み事とか、むしろ信頼が大事なときに限って、長期的関係のない人に頼らざるをえないのがこの世の難しいところよね…