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この夜が明けるまであと百万の祈り

私が元気づけられた出来事や作品についてのメモ。最近TED聴き始めました

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問題が起きた時に「自虐お詫び」するのは火に油を注ぐだけなのでやめよう

お詫びをすればするほど周りから嫌われている人がいる。見ていて少し気の毒な感じがする。ただ、やはりそのお詫びを見ていると「逆に相手を怒らせるお詫びの仕方」をしているんだよな、と感じる。

これについて1つ前の記事で「お詫びする際のチェックリスト」みたいなのを書いたけれど、もう少し詳しく説明してみようということで以下

から引用しながら思ったことを書いてみます。
この本、タイトルはちょっと抵抗有るかもしれませんが、じっさいは、みんなが悩んでいるはずなのにあまり表だって取り上げられない「新人が経験しやすい職場におけるコミュニケーションでの躓き」についてわかりやすく掘り下げ、それを乗り越えていくための示唆を与えてくれている本であり、新人の人はもちろん、新人を教育する側の人にもおすすめです。

「自虐お詫び」について

自虐お詫びとは

自分がおわびの主人公になってしまっているパターン。

のことです。

何が悪いかというと、お詫びしているのにも関わらず、
相手に多大なコミュニケーションコストを負担させて、自分は気持ちよくなろうとしてることです。

はからずしも、周囲の注目を自分に引き寄せ、周囲の手をわずらわせ、わびてるようでいて、よけい迷惑をかけてしまっている
新人のおわびの、最大の躓きは、関心が「内向き」であることだ。「自分がいいか、いけないか」
自己保身に走ろうと、自虐おわびに走ろうと、結局、根は同じ、
「私がいいか、いけないか」
関心が内向きであることに変わりはない。
おわびと称して、自分探しとか、身の上相談とか、自己改革の決意表明まで、聞いてもらっているケースもある。
「自虐おわび」は、自分が悪い、自分はダメだ、といいながら、その実、相手に「そうではない」と打ち消してほしい、「いやあなたはできるから」と認めてほしい、わかってほしい、許してほしいと、無自覚に人からパワーをもらおうとするから始末が悪い
「自虐お詫び」になっていないか気を付けなくてはいけない。
社会人からみると無自覚である分「自虐お詫び」は自己保身よりもタチが悪いようです。

お詫びの時に、一生懸命自分の事情を説明して、相手にわかってもらおうとするのは、最悪に近いです。
本人の中ではお詫びしているつもりであっても、相手から見ると全然お詫びになってないどころか、
「お前が誤解してるだけで俺が正しい、それを理解しないお前がバカなのだ。だから啓蒙してやる」と言っているに等しいです。
本人にそのつもりがなくても、相手には「謝罪の体裁を取りながら、バカにしてくる」ようにみえるのです。





なぜ自虐お詫びをしてしまうのか = 何について謝ればいいのかを理解できてないから

おとなのおわび3要素「反省」「謝罪」「償い」のうち、「反省」とは、罪を悪かったと認めることだ。
心から悪かったという気持ちがないと「謝罪」=もうしわけありませんと言葉にはっきり出してあやまったって、相手には通じない。
だが、おわびで言うところの「反省」とは、内向して、自分を裁くことではない。相手を追体験することだ。
相手目線での反省と、自虐おわびの反省では、ずいぶん「主役の立て方」が違う
おわびのシーンでは、自分の話をとうとうと聞いてもらうな!まず相手の話を聞け!

謝るときに「謝る理由」がズレていると、火に油を注ぎます。
「何が問題だったのか」は相手が決めることで自分が決めることじゃないです。
相手が何に対して怒っているのか分からない人は、「問題があった時に反省出来ない人」「意思疎通が出来ない人」だと思われます。
そういう人に投げかけられる言葉は「よし、もう黙れ」「○○さんはネットに向いてない」とかになってしまいます。


彼らは、自らの失言について、TPOを間違えたことや、身のまわりに密告者がいることを見落としていた見通しの甘さを反省することはあっても、発言の真意そのものについては決して撤回しない。口のきき方やマナーにはもしかしたら若干の問題があるかもしれないけれども、人間として、男としての生き方について言うなら、それが間違っているなどということは、ひとっかけらもあり得ない、と、考えている。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20140619/267128/

テレビの悪影響のせいか、「表現のせいで、相手を不快にさせてごめんなさい」という定型句を使う人がいますが、あれは「反省なんてこれっぽっちもしませんが、形だけは謝るから矛先を納めろ」という儀式なのであって、日常生活で同じことをやってはいけない。
表現そのものが本当の問題であることは殆ど無いんです。これを謝る理由にしてる人は99%何について謝ればいいのかわかってません。




(謝るつもりなら)相手が誤解していると思っても、そこで自分の立場を延々と説明するのは悪手

誤解を解こうとして、こんな実感をした人はいないだろうか。
「自分はそんなことは言っていない」と否定すればするほど、相手はケゲンな表情になり、
関係はわるくなり、しぶしぶ相手に「わかった」とは言わせたものの、
どうも、すっきり霧が晴れない。以降、相手との仲もギクシャクしてしまった。
誤解されているとき、疑われているのは、言った言わないの事実ではない、きみの「人間性」だ

こう書くと、
「じゃあどうするか、誤解している相手がわかってくれることを期待して罵詈雑言に耐えないといけないのか」と
キレたくなる人がいるかもしれません。ネットでは特に「スルー推奨」が過剰に強調されているキライがあります。
確かに「信頼を失うのは一瞬で、それを取り戻すには何十倍もの時間がかかる」という言葉があるように、
信頼を失ってしまうと、取り戻す事自体がとても困難であるという側面はあると思います。


ただ、誤解を受けていると感じた時に、何の手を打たないと、それはそれで問題があると思う。
そこでやるべきは「自分の事情を延々と説明すること」ではない、「誤解を説くこと」ではない。
そもそも誤解しているというなら、相手が今どう思っているのか理解しなければいけない。

ポイントは、「相手にとっての最大の最大の関心事」をいちはやく発見することだ。
言ったか、言わないか?」は自分にとっては大問題だ。だから最初の例のように、「言っていない」を連呼するようになる。しかし、「言ったか、言わないか?」というのは、表面的な問題で、相手を傷つけたり、煩わせている、最大の問題は、一段深いところにある
身の潔白を証明しようとやっきになるより、まず共通の価値観を探し、しっかり意思表明して通じ合うこと

相手とのコミュニケーションに問題が起きた時に、何を重視するのか。
「事実」か、「自分の感情」か、「相手の感情」か。「そもそもどうでもよい」か。それを考える。
何について謝りたいのかわからなかったとしても、何が大事かはわかると思います。

謝りたいという気持ちはあるけれど、どうしていいのかがわからなかったら
「私はどうしたらいいのかわからないけれど、貴方の感情を害したいわけでもないし、関係を壊したいわけでもない。
 どうしたらいいだろうか」という感じで相手に耳を傾けてみるのもひとつの手かな、と。



「自虐お詫び」と双璧をなす「見切り発車対応」にも注意

相手の話を最後まで聞かなかったときにやらかしがちなパターンです。
特に、ちょっと相手が怖い、面倒くさいと思った時ほどそうなってしまいます。

なんとかしないとと思うあまり、相手を置き去りにして思いついたことをやることで頭がいっぱいになってしまう。
そして、一方的に自分がこうすれば良いにちがいないと思い込んで対応して、それを事後報告するような形になってしまう。
その対応があっていればまだしも、間違ってしまうと火に油を注いでしまいます。

「どうせ、こういうことなんでしょう?」っていう態度を取ってしまっているわけですから当然です。
一番有名なのは、ワタミの会長の「1億欲しいのか?」ですが、あそこまでひどくなくとも
私自身嫌になるほどなんどもやらかしてしまってます。
とにかく、やばいと思った時ほどちゃんと相手の話を聞かないと行けないんですよね本当は。



「謝っているのに相手が納得してくれない」状況が続くと、心が縮こまり、機械的な対応になり、無意識に相手との対話を拒絶する形になってしまうのが怖い

「自分の応対になにかまずいことがあったらどうしよう」
「お客さんからなにか聞かれて知らないことがあったらどうしよう」
「お客さんがものすごく怒って収拾がつかなくなったらどうしよう」
経験のなさ、自信のなさからくる「恐れ」。
そのため、コミュニケーションの能力が堅く「閉じて」しまっている。

こうなってしまうと、もうまともにコミュニケーションできなくなってしまう。
基礎能力値が高くても、それを人間関係においてまったく発揮できなくなってしまう。
しまいには自分に優しくしてくれる相手以外の声が耳に届かなくなり、タコツボ化してしまうかもしれない。

ちゃんと謝れないと、順調な時はいいけれど、いざコミュニケーションにほころびが出来た時に取り返しがつかなくなってしまう。
そして、だんだん人間関係が怖くなってしまって、コミュニケーションそのものが閉じていってしまい、人からどんどん遠ざかっていくことになってしまう気がする。それは、ものすごく怖いなと思う。



私はとにかくいろんなことをよく間違う人間なので、間違うことを恐れていたら何もできなくなる。
そういう時、せめてきちんと謝って、そこから取り返すことができるという自信を持てるようになりたい。