この夜が明けるまであと百万の祈り

とあるマンガ好きの備忘録です。私が元気づけられた出来事や作品について少しでも共有できたら嬉しいです。 ※記事を読まずにはてなスターを押して回る行為はお断りしております。

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ネットアイドルについて

「人は己にとってのアイドル的存在を語る時、己の持ちうる最大のキモさを発揮する」法則に名前をつけてください。
それだけが俺の希です…。



シロクマさんの記事よ

常軌を逸していれば、とりあえずネットアイドルになれてしまう - シロクマの屑籠

じゃあ、何がネットアイドルに必要なのか?
簡単だ。どんな事でもいいから「普通の人がやらない事をやれば」ネットアイドルのパフォーマンスとして成立する。わけのわからない主張をしてみたり、普通は公開しないプライベート話を開陳したり、ポリティカルコレクトネスを公然と嘲笑してみたり……まあ、なんでも構わないが、常軌を逸した振る舞いを繰り返すだけでも、ネットコミュニティのちょっとした偶像になれてしまう。

こういう軸も当然ありだと思うけれど、個人的には突飛なことしてるだけの人にはあまり魅力を感じないかな、と。



私にとってのネットアイドルの魅力

もし私がネットアイドルに魅力を感じるとしたら、そのコアとなる部分は「無様や未熟であること」であり、その裏返しとして「必死さ、本気さが伝わること」の2つの両面が必要だと思います。一言で言うと「顔真っ赤」こそが最も重要だと思う。プロじゃなくてあえてネットの向こうの、顔も見えない、ド素人に惹かれるのはそういうことろでしょう。



その必死さや本気さ、その温度にこそ、普段眠っている自分の何かが刺激されるんじゃないかと。①未熟・未完成であることと②必死さ。 この二つが揃ってると、そこから③大きく成長するんじゃないかという期待とか、④よくわからんことしでかすぞ、というワクワク感みたいなのが生まれてくると思うんです。 アイドルの魅力は、そういう部分がコアであって、「常軌を逸した言動や振る舞い」そのものはあくまでガワだと思うんですよ。「なぜ常軌を逸した行動をやるのか」の部分になにかキラリと光るものがほしい。




http://kawango.hatenablog.com/entry/2013/01/10/114420

ニコ動以外でのほとんどのネットでは、そういった叫びはネガティヴな呪詛だ。ぼくはそういうのを見ると腹が立って本気で喧嘩をふっかけることがよくある。全力で叩きつぶそうとしたりする。だって間違っていると思うから。別に彼らの昔の自分を見て、まだ、そんなところにいるのか、こっちまでこいなんて偉そうなことを思っているわけではない。繰り返すが、ぼくは昔と変わっていない。環境が変わらないと人間は変わらない。ただ、思うのは、例え、ぼくの罵倒が、さらに彼らの頭に血を上らせカッカさせたとしても、ちゃんと彼らの叫びを無視するわけでなく切り捨てるわけでなく真っ正面から向き合う人間の存在はなにか生きている実感は与えるのではないか

この際の注意点が2つあります。


1点目。いくら本気でも、単に自分が何を言ってるのか把握できてなくてズレた発言をするだけの純粋な天然バカだったら個人的にはダメです。 自分の行為が「常軌を逸している」と認識することはできて、その上で「俺は○○のためだったら常軌を逸していると言われてもやってやるぜ!」とか「○○のことを考えると、常識なんて些細な事は頭から吹っ飛んでしまうんだ」とか「いくら叩き潰されても、俺は○○を信じるから何度でも主張してやる!」とか、そういう熱さが欲しいと思ってしまいます。

正論を言う人とそうでない人って分け方だとすると、正論を言う人の重要なルールで、「公平さ」っていうのがあるんです。要は「あなたと私は対等な立場である」というルールが非常に重要視されるんだけど、そうでない人たちって公平さは割とどうでもいいんですよね。よく炎上したときに「おまえの言ってることってブーメランじゃん」ってことがあるけど、炎上する人にとってそんなことはどうでもいい。私は馬鹿にされたくないが、自分は(他人を)批判するブログを書くんだって公言しちゃう。それは非常に重要な差としてありますね。

http://markezine.jp/article/detail/20777?p=4


2点め。単なる「意識高い系」であってもいけない。「意識高い系」についていろいろ言われてますが、私が「意識高い系」にあまり魅力を感じないとすれば、上の「○○」の部分に個性を感じないことが問題だと思います。 ○○の部分がそれほど強くなくても、性質としてポジティブであったり、キレイゴトであったり、世間一般で認められるような内容であれば、Facebooktwitterではバズるんですよ。 どうもそっち側では「深く考えなくてもとりあえず害がなさそうで、いい話」が一番強い気がします。twitterはもすこしドロドロしてる感じありますが。で、そっち側目指してる人って、○○の部分へのこだわりより、数字とか成果とかそっち側が大事なんだなって見えるんですよ。 私、そういうのはリアルの側で間に合ってるんでネットでは要らないな、と思ってしまいます。 そういうのがやりたいなら、堂々と実名名乗って、むしろ軸足はリアルです、ってのを堂々としめしてやって欲しいです。



ネットでは、アイドルや甲子園の高校球児が話題になる時、かならず最凶最悪のブラック企業に例える人が出てくる。実際そのとおりだと思うんです。それでもバサッと否定しきれない、それどころかむしろ彼らが輝いて見えるのは、こういうコアの部分を、くやしいけど魅力的に感じてしまうように、自分の心か脳の仕組みができてるからじゃないかと思います。 彼ら彼女らだって、自分のやってる行為が世間一般として常軌をいっしているなんて外部でワイワイ言ってるだけの私達よりよほどわかってると思いますが、それでもやるんだっていう発狂状態だからこそ、人はそれをみてワクワクしてしまうのです。


ネットアイドルオワコンになる時

だから、ネットでもリアルでも、アイドルがアイドルでなくなる瞬間というのは非常にわかりやすいと思います。余裕や慣れを感じさせたら、自分のポジションや芸風に安住する姿勢を見せたら、もう「アイドルとしては」終わりですね。たとえば、アイドルならだれでも経験する「炎上」のような話題になった時、本心で「もう慣れた」と感じてしまったり、経験者やベテラン風を吹かせて、自分以外の誰かにケンカではなく上から目線でアドバイスをするようになったらもうその人は「アイドルとしては」オワコンです。舞台裏や、記事の仕掛けをメタ的に認識して、ドヤ顔で語るようになったらもう賞味期限は切れかかっているとみてよいでしょう。 もちろん、あくまで終わりというのは「アイドルとして」終わりなだけで、この状態になった人はもうアイドルを続けることは出来ないのだから、その状態から脱皮して、次の道を探すべきだと思うし、実際生き残った人はそうしていると思います。

おおつね 人が本気になってるところが見たいんですよ。本気の逆は何かというと、「こういうふうに書けば、みんな釣れてくれるだろう」っていう小手先のテクニックで書いてるブログとか。わざといじめられてる子ネコの話を入れたり、学校でのいじめ問題を盛り込んだり。そういうのはどうでもいいから、本気を書いてよって思う。
古川 本気が見たいっていうモチベーションはどこからきてるんですか。
おおつね デコレーションの文章を読んでも感情は隆起しないけど、人間の本気を見ると面白いと思う。
古川 内容よりも本気度みたいなほうが重要?

http://markezine.jp/article/detail/20777?p=3

魔理沙アイコンの人

さて、私は少なくとも、魔理沙アイコンの人は、「アイドルとして」の人気はオワコンの方向に向かっていると認識しており、今の芸風のまま維持できるのはもって半年で、実際はそれより早く飽きられてしまうと思っています。 本人もその認識はちゃんと持っており、今一生懸命炎上に頼らず、何らかしっかりした一芸を持って立てるような存在に脱皮しようと努力しているはずです。 そう信じたいです。「未熟だけど必死こいてるから笑って許される」という甘えを捨てて、しっかりした文章をかけるように努力してる段階として見るべきでしょう。 最近の記事は面白みには書けますが、そのかわり人を煽るような要素は減らし、中身のある文章を書こうと心がけているように思います。 注目を集められている間に「ガワは派手だが中身が微妙なアイドル」=「青二才」の身分から脱皮して「中身を伴った何者か」に変身しきることができるのか、半年後の変化を楽しみに待ちたいと思います。

言葉だけだと意味ないけど「はてなタレント」いいんじゃないでしょうか。頑張ってください。



とはいえ、私が愛しているのはあくまでネットアイドルです。いつも「顔真っ赤」で、あってることも間違っていることも全部本気で語る、そんなマジレス野郎です。 魔理沙アイコンの人が今後経験するであろう変化は、彼にとっては良いことだと思うのですが、その結果、私の興味からは微妙に外れてきています。悪い意味ではなく安定感や完成度が高まっていくであろうということです。しかし、そうなってしまうと、今後大幅な変化や成長は期待できなくなるでしょう。それだけが残念です。次のアイドルを探して。彼をアイドルとして見ることで心を癒してきた私には刺激が足りません。圧倒的に潤いが足りない。このままでは心が干からびて死んでしまう…。 しかし、捨てるアイドルあれば拾うアイドルありというか、最近「青二才」とは、闇(病み)属性だけではなく光属性のあり方も存在したのだ、むしろそちらが正しいのではないだろうか、と私を回心させてくれる素晴らしいアイドルに巡りあうことが出来ました。今後はそちら方向に軸足を移していく予定です。