この夜が明けるまであと百万の祈り

とあるマンガ好きの備忘録です。私が元気づけられた出来事や作品について少しでも共有できたら嬉しいです。 ※記事を読まずにはてなスターを押して回る行為はお断りしております。

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青二才さんの「若者」に関する記事の解説

誰に承認されたがってるかを見抜けないと世代論は見誤る - 言いたくないけど、僕が青二才です
この記事、良くわからないという人が多いようなので解説しておきます。



長文だけど、主張内容はすごくシンプルでわかりやすいです

この記事で著者であるTM2501さんが主張しているのは3点です。

①承認欲求自体は近代個人主義(「社会から自立した個」の概念)が尊重されはじめた頃からずっと煽られてきており、「承認欲求が強い若者」は今に限った話ではない。


②「内輪から認められたい、認められたことを自分の内輪に見てもらいたい」文化圏の人が主流だった時代から、「不特定多数に承認されたい」という欲求を持ってきた人が増えた。それが86年生まれ以降に顕著に見られる傾向だ(※作者の主観)

承認欲求と言われるものはモテることをもはや主目的としなくなったことで、「承認欲求を内輪の友達や、異性以外に向けて発信する人」が新しく台頭するようになる。不特定多数の人から得るアクセスや自分の望んだ生活を成し遂げて身内ではなく世間から認められようとする


③この変化の主な原因は「バブル崩壊」および「女性の社会進出」によって承認が満たされる安定したレールとしての「大企業への就職」や「女性にモテる」というモデルが崩壊したことによる。

かつて強い承認欲求を持った人達にはその承認欲求を満たす段取りがあり「彼らなりに満たされるための消費や文化が存在していた」ことに思慮が及ばない人が多い。

です。


ところで、この記事で語られている「若者」とはどういう人達?

今で言うFacebookmixi、LINEなどにいる「内輪から認められたい、認められたことを自分の内輪に見てもらいたい」文化圏の人が主流

という記述にあるように、意図的に彼が語る「若者」の中から「LINEやFACEBOOK」文化の人間は除外されています。ヤンキー文化のひとたちも当然視界に入っていないでしょう。彼にとってはそれらは「例外」であり、今語るべき対象ではないのです。

TM2501さんが語ろうとしている「若者」というのは、自分に親しい人たちです。つまり従来の方式で承認欲求を満たせず、ネットでそれを実現しようとしている「ネットジャンキーな若者たち」について語った文章なのです。まずここが理解できないと、彼が何を主張しているのか全くちんぷんかんぷんになると思います。



「若者全体」についての論だと考えると下のような感想になると思いますが、最初からそういった、「一般的な意味では現在でも主流に属する若者たち」(既存のルートで承認欲求を満たせる人や、相変わらずLINE等で身内における承認を満たしている人たち)はこの話からは無視されている。そのことを理解することが大切です。

近代のパノプティコン(監視塔社会)では承認欲求は不可欠と言うのは実質何も言っていないのと同じ。バブル期のリア充的承認欲求と今のSNSでどう違うか、なぜそうなったか、どうするべきか、が必要なんじゃないでしょか

モテたい認められたいは昔から変わらずあって、モテる認められる内容が多様化してかつsnsができたから不特定多数からの承認欲求に見えているだけではないの?興味あるけどいまいち論理がわからなかった。

モテこそ不特定多数に向けた承認欲求で、LINEやFacebookは閉ざされた身内からの承認を求めているように見える。異性に関心の薄い人が、そうでない人より積極的に社会参加している印象もないが、実際はどうなんだろう

TM2501さんがこの記事で扱おうとしている若者は、若者全体からすると0.5%かそのくらいのごくごく限られた割合の人たち。「ネットで不特定多数の人から承認を求めようとする特殊な若者たち」の話だと理解することが大事です。


要するに青二才が主張したかったのは?

要するに彼が主張したかったのは何かというと「おっさんたちの価値観でみれば承認に飢えてるように見えるかもしれないけど、俺達は俺達で好きにやってるし、あんたたちからの承認なんて求めてないから放っておいてくれ!」というシンプルな話です。

若者全体というよりは「いわゆる非モテ」の若者を代表して、「非モテですが何か?」と開き直って見せているわけです。

この記事はそれ以上でも以下でもありません。それ以上の意味を読み取ろうとすると、とたんに意味がわからなくなります。だから、あんまりちゃんと読んでない人のほうが「よくわかった!」という反応をするのかもしれません。

実際は社会論でも世代論でもなくて「ネット論」です。さらにいえばごくごく狭い「はてな論」とか「ごく一部のtwitter」についての論なんですよね。意図してかせずしてか、ものすごくターゲットが絞りこまれてる。その分、当事者にはすごく刺さるつくりになってます。



おっさんたちを「老害」と切って捨てられるだけの若さは羨ましいよね

まだおっさんたちを「老害」だとか、自分とは全く切り離された別の存在だとか、あげく敵対関係にあるものだと認識していられるのってまだまだ無責任でいられて羨ましいよね。

働いていく上ではいやがおうにもどう付き合っていくかを考えないといけないから、彼らが考えてることを理解しないといけないし、実際に理解して付き合ったら、そんなに「宇宙人」とか「異星人」って感じの人達ばっかりじゃないんだけどね。
ぶっちゃけ、どの世代でも、おっさんたちより同期の人間のほうが、うまく付き合えなかった時の風当たりとか強いし怖いよね…。



青二才文体について

①TM2501さんは「統計的な視点」「メタ的な視点」ってのが皆無に近いと感じます。また、結論(タイトルの煽り文句)が先にありきですね。論理は後付であり、その論理や構成ががあまりちゃんとしていないと感じることが多いです。

②とにかく良い意味でも悪い意味でも、ものすごく視野が狭い…いや、視野は別に狭くないのですが「俺に見えているものが世界の全てで、それ以外は存在しない」という唯我論的な雰囲気が非常に強いです。「自分にとって不都合なものはみない。見ないものは存在しないものとして扱う」という実にネットに特化した性格をされていると思います。そのためか、知識や見えているもののバランスが非常に偏っています。

③またTM2501さんは圧倒的に論理よりも感情優位です。自分が思ったことだったら、どんなことでもリスクを度外視して垂れ流しにするくらい感情優位です。「だって俺がそう思ったんだから仕方ないじゃない!」が通じると思ってるくらい感情至上主義です。そのせいか、社会全体とか経済みたいな論理的思考が求められる話題について語らせると「???」な記事がよく出てきます。この記事も、社会全体について語っている記事とか、世代論かな?と考えて読むとちんぷんかんぷんになりますね。


④しかし一方でTM2501さんは「躁うつ病」に関する記事などに代表されるように「自分に身近な話題」を実感をこめて当事者意識を強く持って書くのはとても得意ですし、読ませる文章を書きます。


⑤今回の記事も、最初から0.5%にあたる若者の人たちがターゲットです。形としてはぎゅっと語る対象を絞り込んで、その人たちに特化した記事を書いています。(残念なのは本人にその自覚がないことですが)
それでもアウトプットとしては「マイナー」な人たちの心情を見事に代弁できています。 ターゲットになっている人たちにはTM2501さんの記事は染み入るように伝わるでしょう。まるで自分のことを言われているようだ、という感想を持った人が多いですね。ピンとこないひとにはとことんピンとこない。そのかわり、分かる人(当事者)にだけは非常によく伝わる。そういうクセのある文章が「青二才文体」と呼ばれるものなのだと思います。



ふう…「青二才論」を書いた時から、いつか青二才さんの文章の悪い点だけじゃなくて
良い点について書いておきたいなーと思ってたのでとりあえず書けて満足です。




解説記事のつもりで書いたし青二才の文章の良いところを書いたつもりなのに
本人からは「反論記事」ってことにされて
訳がわからないよ(´・ω・`)