この夜が明けるまであと百万の祈り

私が元気づけられた出来事や作品についてのメモ。最近TED聴き始めました

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採用プロセスってそんなにアンフェアかな?そんなに努力が報われないかな

私は要領が悪かったのでめちゃくちゃ就活で苦労しました。時々理不尽な面接をする人もいました。そういう意味でとてもしんどかったし、ハードルはとても高かったと思います。それでも仕組みとして圧倒的にアンフェアだと思ったことはそんなに無いです。



「しんどいこと・ハードルが高いこと」や「なかなか自分の思い通りの結果が得られない事」と「アンフェアであること=努力しても正当に報われないこと」は全く別の話ですよね。「クソゲー」であることと「誰かがズルをしている」も違うと思います。



「自分は学生に対して圧倒的に優位である」とか勘違いして、その結果会社の悪評を出す振る舞いをしてしまう愚かな面接官がいるように、逆に過剰にアンフェアだと思って嫌悪感を抱いていたり、「努力が足りないのにそれを企業のせいにしている」人も多いような気がします。



個人的には、採用プロセスそのものはそれほどアンフェアじゃないと思ってます。企業におけるアンフェアの大部分は、内定が決まった「後」にあると思ってます。



ただ、こう思うのは私がわかってないだけで、実際には仕組みがアンフェアかも知れません。「こういうところがアンフェアだ!」って思っているのか、それを教えて欲しいです。



一応「就活のバカヤロー!」は読みました。



繰り返しますが、就活の選考プロセスそのものは言うほどアンフェアじゃないと思ってます。

ただ1つだけ、学生からしてみたら明確にアンフェアなことがあります。

・就職活動を3年の秋~4年の春頃にはじめなければいけないこと

です。これはほんとにろくでもないです。

・つまり「優遇タイミング」が新卒採用時に限定されていること

によって、学業を真面目にやってるとタイミングを逃すというクソ仕様になってます。

さらに、これによって、早々に採用を決めることができる人ほど有利で、
就活が長引けば長引くほど学業の時間が削られ、まともに勉強できない。


これは企業が「大学での勉強なんて役に立たない」という前提で活動してる証拠ですよね。
ホントにクソ仕様なのでなんとかして欲しいです。

この点はほんとに何とかして欲しいし、さんざん議論されてますよね。
しかし、この1点を除いては、アンフェアな部分ってあんまり感じないです。



□他にパッと思いつくアンフェアな部分は

・直接面接に参加しないといけないから地方の人間は就活がやたらと負担大きいこと

これについては、
「ソーシャルリクルーティング」みたいな取り組みに期待してます。

今はどうしてもネットで確認できるのがプログラムの腕とか
わかりやすい実績、学歴とかだけなので、結局直接あっての面接が必要になります。
それが効果的なのはわかるんだけど、地方民就活めちゃしんどいよ。。。

私和歌山から就活してたことあるのでメチャクチャしんどかったです。




□今後もネットの力等で改善していってほしいと思う所

・トップ企業になればなるほどコネみたいなのは出てくる、とか(私は悪いと思ってないけど嫌いな人は多いだろうから)

・どうしても一人の選考にかけられる時間が少ないため、書類審査を除くと詳細な分析はできないため「短期的には」面接上手な人が有利になりやすい

・「学歴」が低い場合は、かなり努力して目立つ成果を大学で上げられないと評価されにくい。

・業務で求められる技術が高度になっていっているため、それが専門技術になればなるほど、評価するのが難しくなってくる


などの問題はある。そういう意味で完全ではないと思うし、「技術系」に限って言えば今後アンフェアになっていくと思うが、現時点ではアンフェアというほどではないと思う。

それなりに合理性があると思う。努力してる人が全然報われないということはない。むしろ、かなり報われやすいと思う。特に新卒採用の時は、ベンチャーとかに行くのでなければ求められる技術レベルが超高度ということもないし、ベンチャーはもともと能力も意欲も高い人しか行くべきじゃないっしょ。

そういう意味で、新卒採用過程においては「自分の専門分野」や「自分の努力全般」はかなりの程度報われると思う。途中で諦めるのでなければ、同じ能力の人が圧倒的に有利なポジションを得たり、圧倒的に不利なポジションを得るということはないと思うけどそうでもないのかな。


ハードルが高いだけだ。
それでも、ハードルが高いことと、フェアじゃないことを混同していないでしょうか。まして、仕組みそのものが間違ってるなら、どうすれば正しいと思うのかを教えて欲しいです。
バブル時代は楽だったのに、という感じで過去と比較して現在の人と比較しない人は、比較の使い方が間違ってないでしょうか。

そもそも、報われるということを「自分の臨んだ結果が得られる」と勘違いしていませんか。

自分の努力相応の結果が返ってくるなら、それは十分報われていると思いますが、あなたは「自分で評価した自分の努力」と「他の候補者と比較した時の自分の努力や能力」の区別がついていますか?




採用開始時期のアンフェア部分に目をつぶるなら、企業は「大学での努力」によって身につけた経験やスキルが、その企業にとってどのように役立てられるのか。「この会社で働いて活躍しようという動機を持っているか」。それを判断して役に立ちそうだったら給料を払って仕事を提示する。それだけだと思うんですよね。



そこのマッチングにおいては、「私達が企業のルールに合わせて考えるべき」ところと「企業が私達に合わせて考えるべき」ところの両面がある。そこで「大学で頑張ってきたからその努力が報われたい」って言ってる人がいたら企業としては、「あなたの価値がわからないからどうしようもない」ですよね。

「僕は大学でこういう努力をしてきました」というだけで、それが企業にとってどういう価値が有るかは企業で一生懸命考えてね、自分にあわせたポジションを作ってね、って言われても、それほど価値のある努力をしてきたの?って思うよね。



自分の中にまだできる事はあるはずだと思える限りは、そこを頑張るべきだと思う。他の人も同じかそれ以上の努力をしているはずだから。



・・・ワイ最近までずっと就活やっとったんや。こう信じないとやってられんかったんや