この夜が明けるまであと百万の祈り

とあるマンガ好きの備忘録です。私が元気づけられた出来事や作品について少しでも共有できたら嬉しいです。 ※記事を読まずにはてなスターを押して回る行為はお断りしております。

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「終わりの会」的思考と「自己完結」思考の合体は地獄

この文章を引用したかっただけ。

「野口先輩、先輩はどうして山口さんたちにいじめられたと思ってます?」
「…それは、私が、ハッキリしない性格だし、それでみんなとうまくやりにくくて、和を乱しちゃう…のかな」
「…その理屈だと、会う人みんな野口先輩をいじめることになりますよね。ちがいます。山口さんたちが意地悪なだけですよ。『いじめる人が悪い』アタリマエのことです。なんでそう思えないんです?黙って耐える以外の方法を考えましょうよ
「で、でも……そんな簡単じゃないよ。怖いし。後で居づらくなったり…」
「まぁ、怖い…ですよね。でもとりあえず、正しいと思うことをして居づらい店なら、私はやめます。店のために私がいるんじゃなくて、私のために店があると思ってるんで。私にとって、店は替えがきいても、「私」は交換できない」

あとはいろいろ書いてますがすべて蛇足です。








いいたいことはとにかくrhalさんはそんなに思いつめなくていいと思います。あと、末文がイラッとします。rhalさん、悪い人じゃないと思うんだけど、末文を見る限り考え方が根本的に違うだろって思ってしまいまいした。

終わりの会

どう考えても悪いのはrhalさんだけじゃないでしょうこれ。いや、もちろん能力的に不十分だったところはあるかもしれないけれど、入社1年め過ぎたところだったというし、過剰に能力もとめても仕方がないところだと思います。にも関わらず、それを全部自分の責任だと思って今度こそそれを自分の力だけで何とかしようって考え方は方向性がおかしいと思います。この人がいくら頑張っても焼け石に水なくらい状況が悪かったわけで、rhalさんがその時どんだけ頑張ってもだめだったし、今後がんばろうって思う方向もおかしいと思います。

その考え方は、小学校の終わりの回で「今度こそあらゆる問題を撲滅しよう」って言うのと同じです。未熟で人生経験も薄い小学校がクラス運営して何の問題も起こらないわけないじゃないですか。そんなのクラス全員が出来杉君か、逆にどんなディストピアかって話ですよ。 「どうしようもないものは、どうしようもない」と思わないとどこかで潰れますよ。


ttp://orangestar.hatenadiary.jp/entry/2014/11/23/033436

自分も、というか自分がそうなんだけれども、社会性とか、他人に対する理解とか、想像力とかが未成熟なので、そういう、“及ばない”事による人間関係の問題を、学級会という総括によって解決(出来ないしトラウマ製造機)によって解決するのではないソリューションとして、“妖怪”という概念はとても素晴らしいと思う。

このコトを念頭に置いてrhalさんの文章を読んでみると、rhalさんは一人自分の脳内でこの「学級会による総括」=「この中の誰かに責任があって、その誰かがちゃんとやってさえいれば問題は起きなかったというありえない前提をもとにした思考」をやっているように思います。その結果、犯人探しばっかりに焦点があたっており、状況の正確な把握がおろそかになっているような気がします。そしてあたかも自分が罪をかぶれば誰が救われる、みたいな自己犠牲に少し酔っているのではないかという印象を受けます。末文からそんな雰囲気がします。

自己完結

「俺は悪くねえ!」って開き直れとは言わないです。何でもかんでも人のせいにしたり、過剰に他者を見下したり攻撃的になったりすることでなんとか自尊心保とうとするみたいな態度は大嫌いです。それよりはrhalさんの態度は誠実だと思う。ただ、それと同じくらい過剰に自罰的になって、「僕が悪かった。ぼくさえちゃんとしていれば」っていうのも現状認識を軽視してしまっているように思います。私はあまり好きじゃありません。そういう意味で末文がどうも気になります。


まずは状況をちゃんと振り返るべきだと思います。自分のことだけにとらわれず、その問題に関して、関係者はもっといなかったのか、とか考えてみるべきだと思います。そして、状況そのものがいかんともしがたかったし、自分の力だけではどうしようもなかったって認めちゃっていいと思うんですよ。自分の力ではどうしようもなかったことまで自分の責任として引き受けようとしなくていいと思うんですよ。


大事なのは、同じ失敗を繰り返さないことだと思うんです。もう一度起こったことはどうしようもないんだから、そうするしかないんじゃないかと思います。その時に過去の振り返りがちゃんと出来なくて単に自己完結してしまって、そこから事実に基づいた学びがなかったらまずいと思うんです。ただただ「罪悪感」だけが強くなって、その失敗を取り戻すことに「執着」を持ってしまって、でも学びがないってのは最悪じゃないでしょうか。同じような状況になった時に「今度こそ失敗しちゃダメだ」って気合だけがから回っちゃったりしたら、同じことを繰り返すか余計にひどい結果につながってしまいそうで怖いです。末文からそんな雰囲気を感じました。


なので、妖怪ウォッチとかグッド・ウィル・ハンティングとかフミコフミオさんの日記でも見て、

・自分だけが悪かったわけではない。自分だけが責任を追わなくても良い
・自分をとりまく状況はどうだったのか考える。職場の状況は、相手はどういう状態だったのかもう一度整理してみる
・その全体の中で、自分中心に考えるだけでなく自分はどういう位置にいたのか位置づけなおしてみる
・その上で、同じことを繰り返したくないとしたら、自分は何ができるか考える

とかできたらいいのかな、と。


本当に思ってることではあるけれど、こんな話他人から言われたくないです

……うわあ自分他人からこんなこと言われたら死にたくなる。
ごめんなさい。リンクはずします。