この夜が明けるまであと百万の祈り

とあるマンガ好きの備忘録です。私が元気づけられた出来事や作品について少しでも共有できたら嬉しいです

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「自己プレゼンの文章術」0  「自分のことを」「表現する」とは一体どういうことか

昔読んだことがある「自己プレゼンの文章術」という本を読み返しました。
実用文の書き方のような「情報」をわかりやすく伝えることについて書いた本でなはなく、
ただひたすらに「自分」を伝えるための発想と技術について語られています。

当時はそれほど興味を持って読まなかったのか、ほとんど内容が記憶にありませんでしたが、
ブログを書くようになった今読み返すと、興味深いことが多数書いてあると感じます。

私はとにかく「自己表現」というものに苦手意識を持っていました。
何か自分以外の対象のことについて語るだけならとても気軽にかけるのに、
自己について語ろうとすると避けようとしたり、ごまかそうとしたり、ぎこちなくなったりして上手く行かず、
だからなんとなく自分は「自己表現」が苦手なんだなと感じていました。

でもよく考えたら、そもそも「自己表現」というものをどういうものかということについて
考えたこともないし、理解しようとしたこともなかったような気がします。

というわけで、これからこの本を何度か読み返して、「私がブログを書く上で」意識したいと思った点を取り上げていきたいと思います。


「自分のことを」「表現する」とは一体どういうことか?


とりあえず、導入部分からいくつか引用しますが、これだけでも結構「おっ」と思う人いるのではないでしょか。


①面接が聞き手との戦いだとしたら、自己表現文は自分との格闘である。
 文章の中に自分の姿を精一杯見せることで勝利することができる。 
 知識比べや、概括的な正論をいうことが目的ではない。


②情報量で読み手に対抗しようとするのは得策とはいえない。
 議論の鋭さやセンスで勝負しようとしても、読み手は普段からプロフェッショナルな著者が書く文章を日頃たくさん目にしている。
 君が勝負できるのは、「君自身にしか書けないこと」つまり、「君自身のこと」である。


③まずはあらゆる作文題を私物化せよ。題に「私の」や「私と」という語をつけて考えよ。



④読み手が読みたいのは、君の知識や文章力ではない。読み手は君自身が登場する自己表現の物語を読みたいのだ。
 視点は自分の外にではなく、自分自身におく。
 君が観察考察の対象にすべきは、若者や日本人ではなく、君自身である。



⑤論より事実だ
 事実と体験こそが、文章に生彩をもたらし、読み手を納得させる。
 人間が感情を動かすのは、具体的なものに対してであり、観念に対してではない。
 抽象語を並べて論理の筋を通すのは難しい(いわゆる「主語大きい」になる問題ですね。



⑥メニューを書いてすませるな。たった一品でもいい。料理を作れ。
 料理の材料は、君の中にある事実や体験であり、そこから抽出した自己認識であり、
 周囲の人々が君を見ている眼差しや、キミに向かって発している言葉である。
 そして事実を述べる記述はどこまでも具体的個別的でなければいけない。



⑦自分のことについて語るのであるから、徹底的に具体的であることにこだわれ。
 抽象的な題材にいきなり噛み付こうとするな。
 題材が大きくて抽象的に感じられるなら、自分が具体的に手応えを感じられるような大きさに切り分けろ。




これらは全て同じことを繰り返し別の表現で語っています。
つまり「自分のことを」「表現せよ」ということです。ただそれだけです。
言葉で言えばたったこれだけの簡単な話が、私にとってはとてもむずかしい。

・「自分のこと」とは何なのか。自分のことだったらなんでもいいのか。
・「表現する」とはどういうことか。なんでもいいのか。


その辺りについて、上記7つを元に考えてみようと思います。

ではでは