この夜が明けるまであと百万の祈り

とあるマンガ好きの備忘録です。私が元気づけられた出来事や作品について少しでも共有できたら嬉しいです

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げんしけん2代目についての個人的な感想

ttp://d.hatena.ne.jp/makaronisan/20141225/1419531038
この記事読んだときは斑目くんが春日部さんにフラれるところまでしか読んでなかったのでそんなもんなのかなーと思ってたんだけど、いざ17巻まで読んでみると「???」ってなりました。

この巻で、かつての、00年代の「オタク」像は終焉を迎えました。
「オタク」というステータス。「オタク」というコミュニティにいることへの依存。
「オタク」と社会人を両立する楽しさ。これが終わってしまった。
終わったというのは「オタクではなくなった」という意味ではないです。
「オタク」という語が融解してしまった。だからこそ、旧式オタクの斑目は、掴みどころを失います。

てっきり、このあたりについて15巻から17巻までの間でそういう話があるのかと思ってたんですよ。でも、自分がそう感じるところは全然なかった。あれ?なんでたまごまごさんがこの話をする際に、げんしけん17巻を持ってくる必要があったのかが正直よくわからんです。



(1)現実はともかく、この作品の中では「げんしけん」とか「オタク像」そのものは変わってないと思うけどな……

私にとっては、元々げんしけんは、登場人物が作り上げた「聖域」をただ描いたものであって、オタクの一般的な描写などは目指してなかったと思う。その次代のオタクを反映した作品だという認識が全くなかった。元々1巻の時点から、私にとっては全く縁のないファンタジーだった。(先代会長=創作神としての作者が作り上げた一時的な奇跡的なものだったと認識してます。大阪大学のSF研みたいなサークルをさらに戯画化した感じ?)

でも、面白かった。というか、それが面白かった。


異物として入ってきたはずの春日部さんが、荻上が、そんな「聖域」の中のドタバタになんだかんだと巻き込まれていって、いつのまにか愛着をもって、むしろ支えたり守ったりする側に回って、「げんしけんらしさ」というか「ぬるま湯的な空気」はずっと引き継がれていく。
むしろその「時代変わってるのに、作品内では空気があんまり変わっていかない」感じが面白いと思ってた。

げんしけん」はオタクが特に努力もせず、まったりとオタクとしていられるというファンタジー的な場所として、ずっとあると思う。だからこそ、沢崎は春日部によって排除され、笹原妹は部員になれないわけだし。




(2)変わっているのは人で、そんな中で変わりきれてないのが斑目さんだと思ってます

ただ、「げんしけん」は変わらなくてもそこにいた「人」は変わらないといけない。卒業した人は変わっていかないといけないよね、と。いつまでもしがみついてちゃいけないよね、と。大学卒業した後でも続けていくつもりなら、それなりに努力も覚悟も必要だよね、って話じゃないかな、と。


つまり「オタク」というよりではなく単純に「げんしけんというファンタジー」から卒業しろ、って話だと思ってました。それは「オタク」がどうこうってよりは、大学と社会の壁とかソッチのほうだと思うんだけどな。オタクの融解って話は「げんしけん」という作品の中では特に感じてないです。私だけかもしれませんが。ちょっとたまごまごさんは深読みし過ぎというか、別の話を無理やり繋げてるんではないでしょうか。



で、そういう中で、斑目さんはなかなかげんしけんから離れられない。(大野さんもちょっと微妙だけど)ただこれも、オタクへの執着というより、春日部さんへの恋心、だったと私は思ってた。げんしけんにいる間は、めだって描写されてないけど普通にオタクオタクしてると思うんですよ。だから

「オタク」という語が融解してしまった。だからこそ、旧式オタクの斑目は、掴みどころを失います。

と言われても「それってなんの話ですか?作品の話してますか?」と感じてしまいます。



(3)今後の斑目さんについて
ただ、げんしけんに執着する斑目を卒業させるために取られた手法が「新しい恋でもして未練をふっきりな!」なのはいいとして、その対象が「げんしけん」内部の女の子ってのはどうなんやろ、とは思った。作者さんは斑目げんしけんから卒業させたいのかさせたくないのかどっちやねん、と。このあたりの生殺し状況が、たまごまごさん的につらいと感じたところなんだろうか?
ただ、だからといって、笹原妹にする必要はなくて、別にげんしけんの女の子とくっついても、げんしけんの女の子が卒業する段階で一緒に卒業できるかな、と。個人的にそこは別にどっちでもいいです。楽しくて、納得行く展開であれば。

とりあえず今は、オタクの融解がどうとか、そういう作品とあんまり関係なさそうなところは考えず、「オタサーの姫」ならぬ「オタサーの総受け」こと斑目さんをめぐるドタバタ劇をたのしみたいと思います。…そういう意味では、この作品について、私はスタンスが傍観者で、そんなに感情移入してないのかも。これに対して、たまごまごさんは自らを斑目さんに投影してるからつらい、って感じるのかな?





余談。個人的にはスーが一番好きです。