この夜が明けるまであと百万の祈り

とあるマンガ好きの備忘録です。私が元気づけられた出来事や作品について少しでも共有できたら嬉しいです。 ※記事を読まずにはてなスターを押して回る行為はお断りしております。

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それが相手にまともな批判だと扱われるかどうかは別の問題だけど批判のつもりで言葉を発するのは自由

どうも先の記事が「軽々しく批判すべきじゃない」と受け取られた人がいるようなので補足。

そうじゃないです。

私が言いたいのは「今の状態だと、深く考えずに何かを批判するとトラブルになりやすく、気軽に批判できない」ということを前提にして
「自由に批判できる空気を作るために、役に立ちそうな基準について考えてみたい」ということです。
「自由に発言すればいい」だけでは解決にならないからなんとかならんかなーって考えてみたいってことです。


これだけ「自分と違う」人たちと接するネットでは、興味が無い人からの無神経な発言、つまり「バカにする」人は避けがたい。にも関わらず批判と呼ぶに値しない、ただ「バカにする」ものまで相手にしなければならないような空気になっているからトラブルが起きやすい、というところがあると思ってます。


(そして、こういうトラブルが起きやすい状況で「敗者」「マイノリティ」になってしまう人は、「コミュ障」として隅に追いやられたりいじめられたりしてそれからあーなってこーなって…)


話がそれましたが、最初から相手すべきものと、そうでないものについて、「形式的に」区別しておいて、そのハードルを越えてるものから相手する。そうでないものは相手しなくてもいいし、基準に達してないものについては、目くじらたてるのではなく「まずこういうところを考えてきてね」っていうだけで済む、程度の距離感になってほしいな、って思ってます。








こっから先は結論が出なかったのでボツ。

バカがエビデンスもなく好き勝手言うのと
親切な人がバカにもわかるように懇切丁寧に説明するのどっちのほうがコスト高いと思ってんだ。

http://b.hatena.ne.jp/wideangle/20150202

批判と呼ぶに値しない、好き勝手言ってるだけの記事は相手にしなくてよろしい、ということになればとても楽です。たとえ批判のつもりで的はずれなことをいっても、よくわからず「バカにする」発言をしたとしてもいちいちうるさい人から目くじらを立てられることもないから思う存分間違ったことを言っても良いことになります。さらにいえば、場がしっかりしてさえいれば、バカな意見も受け入れて活用することができるという理想論もある(その名をブレイン・ストーミングという)



今までもそういう線引を試みている方がいらっしゃいました。ですが、なんというか、残念な感じのものが目立ちました。

批判される側は、
「有名人に対して無名な人間が声を書けるのは嫉妬だ」「当事者以外が口を出すのはマイノリティ憑依だ(ちょっと違うけど)」とか「炎上もさせられないやつの戯言にすぎない」「この中に石を投げたことがないものはry」と、こんなかんじで勝手に決めつけを行ったり、相手の属性を決めつけるための用語を作ったり、自分の立場に有利なルールを提唱した挙句、最終的には一方的に「嫌なら見るな」「好きなことを書いて何が悪い」に行き着いちゃってる人をたくさん見ました。

批判する側だって負けてません。
「有名人なんだから影響力を考えろ」「俺の意見に答えないのは逃げたな。俺の勝利だ」とかどっちもどっちな感じです。今パッと思いつきませんが他にも山ほどありますよね。で、同じ人が批判されたら「批判される側の意見」に手のひらクルーってなることも多い。人が自殺しないためのメカニズムですね。

個人的な印象としては批判する側の言い分がクソであることが多い気がしますが、かといって批判される側の言い分も一方的だと思います。こういう現象は、基本的なルールすら存在せず、お互いがお互いに自分に有利なルールをその場でこさえようとするから起こるのだと思います。

だからその線引ができたらいいよね、と。



個人的な好みでは線引の可視化、もっといえば「レベル」の可視化ができたらスッキリするのではあるけれどこれはこれで問題ある

格闘ゲームやってる時に、格ゲーたいしてうまくないのに偉そうに語ってる人がいたら相手にされません。DDRの実力ってSTR160の人はSTR100の人の倍くらい離れてるし、STR160とSTR180でまた倍くらい離れてますしSTR190以上は人外だって一目見たらわかります。シューティングゲームでもなんでもそうだけど、プレイちょっと見ただけで上手いか下手かスグわかります。私はゲーセン大好きっ子だったので、個人的な好みとしてはこういうわかりやすい世界が心地よいわけですが、こういうのが通じるのはあくまでゲームの話だってのはわかる。

ブログみたいに好みも需要も多様化というか細分化しまくってる世界じゃ通じないのはわかってる。だからもどかしいなーと。

だから、善後策として、せめて批評みたいにトラブルが起きやすいところでは、前の記事で書たような基準を自分の中に持っておくだけでも楽だし、この基準を共有できる人同士の間では、一見めんどくさくてもコミュニケーションコストを両者が当分に負担することで結構面白い話ができるんじゃないかな、と。

結論…がでませんでした

現実問題としては、ネット全体にこんなん求めてもしょうがないので、
結局どんな基準でもいいから、自分がよいと思うなんらかの基準を提示して、
それを共有できる人同士で話し合うみたいなことになるのかな、と。

とはいえ、mixiには全然馴染めなかったんだよなぁ。
やっぱりオープンなスペースでもっとなんとかならんかって願わずにはいられない。