この夜が明けるまであと百万の祈り

とあるマンガ好きの備忘録です。私が元気づけられた出来事や作品について少しでも共有できたら嬉しいです

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デレマス7話

見てない人には全く何言ってんのかわからん話だと思いますし、見ていてもよくわからんこと書いてると思いますが安心してください。私にも何書いてるのかよくわかりません

私は本田未央が好きです。島村卯月は今のところ全然好きじゃないですが、もし好きになったら偏愛すると思います。渋谷凛は可愛い。以上。


6話の感想は自分で書いたんですが、その後この記事読んでしまい、これ素晴らしすぎたんで
2015-02-20 - 【蝸牛の翅(かたつむりのつばさ)】
考察とかはもうおまかせ!


7話については素晴らしかったです、というに留めてしまむらさんの話だけ。

7話のしまむらさんを見てて、個人的にいろいろと辛くなってしまった。見る前に感想記事などで読んだときはもっと本当に能天気なだけとおもいきや、思った以上に自分の意思で不安を押し殺して明るく振舞ってる感じが出ていたから。なのに途中から彼女がなに考えてんのかわからなくなる。本当になにも考えてないのではと感じさせる雰囲気さえ出てきた。。



「聖なるもの」としてのしまむらさん

7話のしまむらさんに感じたのは、私がすごく好きなキャラに通底するものを感じるのです。

・「いいひと。」のゆーじくん
・「Air」の神尾観鈴
・「SWAN SONG」のあろえ
・「キラ☆キラ」Trueのきらり
・「ゼロハチ、ゼロナナ」のチエミ
・「アリュージョニスト」のレオ(二章時点)
・その他、はてなで時々見かける飛び抜けてバカな人たち

とか、挙げるときりないですが、

私は、私のよくわからない「あちら側」とこちらをつないで垣間見せてくれるような存在というのにあこがれを抱いて無条件で降伏してしまうようなところがあります。



もちろんこれらは錯覚にすぎません。

彼ら彼女らの姿を見た私達が、勝手に彼らにそういう聖なるものを感じ取っているだけで実際の彼ら彼女らは私達と変わらない普通の人間だったり、ちょっとストレスに強いだけかもしれません。「ベイマックス」におけるベイマックス・ロボは最後までロボットでしかなかったのですが、それに親しみを抱き、人間性を感じたように、しまむらさんに聖性を感じてるのはこちらの錯覚だと思うのです。




でも、やはり理性だけではとらえきれない何か「わけのわからないもの」があるのではないかと思わせてくれるところがある。「普通だったらおかしいと思うけど、そこにつっこんではいけない」「もうこれはそういうものなのだと受け入れざるをえないパワーを感じる」そういうものが感じられる。畏れを感じさせるところがある。


普段無駄に論理的やら理性的に考えようとしてしまうし、「分」をわきまえて生きるべし、みたいなことを考えてしまいがちな自分としては、ときどきそういうものをぶっ壊してくれる存在ってのがたまらなく魅力的だったりするわけです。


人間としての島村卯月

とはいえ、島村卯月はちゃんと人間なわけで、あんまりそういうのを押し付けるのはどうかと思う。この作品は「Air」のように呪いや呪術が在るわけじゃないのだし。


まだあんまりよくわからないのだけれど、今後のエピソードとしては、島村卯月も今のスタンスを崩さざるを得なくなって、神ならざる未熟な人間である3人(もちろんPもプロジェクトメンバーも)が力を合わせてアイドルとしてがんばるという話にならざるをえないだろう。


「いいひと。」のように、周りの人間が圧倒的に優秀で、その力を発揮しきれていない状況においては、絶対的な信頼というのは力になるが、本田未央や渋谷凛、そしてプロデューサーはみんなそうではないのだから。そういう状態で信じ過ぎるのは暴力になりうる。今回はたまたまうまくいっただけだ。いつだって周りがその信頼を背負いきれるわけじゃないのだ。


そういう話にならなかったとしても、いつまでもPや未央頼りではなく、島村卯月自体が考えて行動して欲しい。 それを問いかけるのはだれかというと、Pになるのだろうか、それとも前川みくになろうのだろうか。


みくは自分をプロデュースするために自分で考えてキャラも作って、それでも空回りしてうまくいかない。島村卯月がプロデュースを全て他人にまかせて、にも関わらず巡り合わせの結果うまく行っているのと対極的だ。


こういう関係について、島村卯月が自覚的であるとは思えないから、みくに対して「無神経な」ことを言って傷つけてしまうかもしれない。あるいはみくに対してではなくても何かやらかしてしまうかもしれない。その時に対極的な立ち位置にいるみくが何かしら、島村さんに「人間としての目覚め」を促す役割を果たしてくれたりしないかな、と。



余談だけれど「イミテーションゲーム」の話。ネタバレのため隠します。
主人公であるチューリングは「他人から理解されないこと」について異常なまでの耐性を持っている。そう、人間とは思えないほどに。 しかしその秘密は最後の最後に明かされる。彼にとっては、彼を理解してくれる人は永遠に失われてしまっていたのだ。だからそれを求めること自体をやめていた。心に蓋をしていた。にも関わらず作品中で、理解されないはずの自分の取り組みが理解され味方をしてもらえた。この時ちょっと蓋が緩んだ。しかしまたその後彼は秘密を抱えざるを得なくなり、また理解してもらうことを放棄せざるを得なかった。再び人でなくなってしまった。一度希望を与えれて、それを取り上げられることの絶望ははかりしれなかっただろう。最後の最後で、チューリングは「理解されたかった」「独りにしないでくれ」と心情を吐露する。人の前で、コンピューターに向かって。そこで「人間としてのアラン」の気持ちが一気にこちらに押し寄せてきて、涙止まらなくなるという演出だった。しかし、そこで心を明かして人間に戻ってしまったチューリングは、絶望に耐え切れなかった。だから一年後に自殺した。人の身では耐え切れないほどの絶望を抱え、人でなくなくなることでなんとか生き延びていた彼が、それでも人間に戻りたかった。という、そこに限りない切なさを感じるのであります。さすがにデレマスでそこまではやらんと思うけれど、どこまでやってくれるのかは楽しみなんでありんす。チューリングと違い、支えてくれる人はいるのだから。




 

島村卯月に人間であって欲しいのか女神であってほしいのか


キャラの好みを取ると「聖なる」しまむらさん、
シナリオを考えると「人間の」島村卯月。

どちらもありだと思うわけだけれど、自分はどうなって欲しいんかな、と。
この先の展開は私が決められることじゃないからともかくとして

自分は今この時点ではどっちが好きなんか、というのは自分でちゃんと確認しておきたいです。
そして、自分がこの時点でみたいと思ったものも。


…前回と同じく「二次創作が捗る」という結論に。

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