この夜が明けるまであと百万の祈り

とあるマンガ好きの備忘録です。私が元気づけられた出来事や作品について少しでも共有できたら嬉しいです

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歪んだ怒り方

別に怒ることってそれ自体はそんなに悪いことじゃないと思う。
他人がストレートに怒りを表明した時は、こっちもそんなに嫌な気分にならないし、むしろスッキリした感じすら覚える時がある。
だけれど、私はものすごく気持ち悪い怒り方をついついしてしまう時がある。



歪みの原因=やましさ?

なんだか怒ることをやましいと思っているような素振りを見せながら怒ってしまう。

「怒りたくないのだけれど」
「立場上怒らないといけないから」
「あなたが私を怒らせるから」
「これこれこういう理由で私が怒るのは正当で間違ってるのは君だから」


でもこれ、相手がこういう怒り方をしてたら、自分はこう思ってしまう。

「そういう風に、怒ることに一生懸命言い訳しなければいけないと思うなら怒ることによる相手の反応が気になりすぎて一生懸命自己防衛しなきゃいけないくらいならめんどくさいから怒らないで欲しい」
「怒ってもいいから、その余計な諸々は自分の中で消化して欲しい」
「その諸々が消化できるようになってくれないと、怒りそのものは受容したくても、邪魔な部分が多すぎて受け入れられない。」
「あなたが怒ってるのは分かったから、立場とか論理とか言い訳まで飲み込ませようとしないでほしい。それはあなたの問題であって私には関係ない」

とにかくいい感情をもつことはまず無い。なのになんでこういう怒り方をしてしまうのだろうか。


歪みの原因=打算?

怒ることが手段になってる時の怒りとかはもっとひどい。

「怒りを表明することによって相手にいうことを聞かせたい」
「こうこうこういう見返りを得られなければ怒りが収まらない」

そういう風に考えてる時の自分って後で振り返るとすごく気持ち悪い。

そういうのいらない。そういう風にしてハードルあげるからなんか怒り以外に脅しだのなだめすかしだのいろいろ混じってくる。そして、それを「怒ってるから」とまた怒りを正当化の道具にするのでもうここまでくると怒りってただの便利ワードにしかなってない。ただの言葉にしかなってない。

「感情としての怒り」は発散したら収まる。生理現象だし、ずっと怒ってたら疲れるから体が勝手に休めの指示出す。感情と切り離されて「ただの言葉になってしまった怒り」は、自分が別の言葉を持ってそれを打ち消すまでいつまでたっても残り続けるのですげえめんどくさい。感情と頭のなかの概念の区別つかずに怒ってみせて。いったい何がしたいのか。
我ながらわけがわからない。


余計なことを考えるのをやめてスッキリ怒りたい

その他にもいろいろあるんだろうな。

怒ったら感情だけになってその怒り以外何も考えられなくなるっていうけれど、私はこんなかんじで、怒ってる時こそ余計なことを考えてしまう。それでいつも格好悪い怒り方をしてしまうか自家中毒起こして気分悪くなる
それがいやで、怒ること自体が苦手になった。怒ることはあっても、それを表明するのをやめてしまった。しかし、これはこれでストレスが溜まってしまうので良くないと思うしうーむ。




なんでこんなことを書いてるかというと今日は久々に自分が嫌だなと思う怒り方をする人に出会ってしまったので。その時こちらは、対抗して怒るというよりはただひたすら気分がどんよりしてしまいました。
本当はこういう時、ネットに愚痴を書き散らしたりするのではなく、その場ですっきり怒ってすっきり忘れるみたいに上手に怒れるようになりたいなと思いましたよ。




<この人の本に実用性求めたらアカンのは百も承知のうえでちょっと読んでみることにします。面白かったら近日中に感想書きます>

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