この夜が明けるまであと百万の祈り

とあるマンガ好きの備忘録です。私が元気づけられた出来事や作品について少しでも共有できたら嬉しいです

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「働かないふたり」と「僕は麻里のなか」  なぜ明らかなダメ人間の観察に執着を持ってしまうのか

ストーカーが主人公のマンガ。
本来は気持ち悪いなーって感じるべきなのかもしれないけれど、なんかこう、共感とはちょっと違うけど、身につまされるというか読んでてつらい気持ちになる部分がある。正直、この話は私には語りにくい。


http://www.kurage-bunch.com/manga/hatarakanai_futari/
「働かないふたり」は向かいに住んでいるニートの兄妹を眺めて癒やされる倉木さんが主人公のマンガ

となりに住むアホ姉妹を眺めながら今日も眠る。私は神経質な性格で、寝付きが悪いのがずっと悩みだった。
その日あった些細な事が気になっていつまでも眠れない日が続いた。
でもここに越してきて私の悩みは解消されることになった。
「働きもせずテレビを見たりゲームをしたりするだけの毎日」そんな彼らを見ていると、
いろんなことがどうでもよくなり、すぐに、眠れるようになったのだ。

こちらは柔らかい雰囲気だけれど、


それをより生々しくすると「僕は麻里のなか」になる。
大学に全く通わずひたすら家に引きこもってニート生活を続けているだけの男を、
成績優秀でスクールカースト最上位にある美少女がストーキングする。
コンビニで待ち伏せしたり、彼が古本屋に売却したエロ本を購入したりするほどの執着ぶり。

今日の小森功
またゲームしてる。
パソコンみて、オナニー。
コンビニ行って、カツカレーを食べてた。
いいなああなたは。
ずっとそのままでいてね。


普段自分を抑圧して、必死に周りに合わせながら生きていると、時々、誰とも繋がらないで、誰のことも気にしないで勝手気ままに生きてる「ように見える人」に憧れてしまったり(たとえ実際の本人たちはただの馬鹿で何も考えてないだけだったり、自分に幻滅して、何もする気が起きなくて一時的に現実から逃避してるだけだとしても)そういう人を鑑賞することで、癒やしを求めてしまったりすることがあるみたいだ。
その人を通して「自分の願望のイメージ」を脳内で描いてるのか、なんなのか。

もちろん「自分より下の存在を見て安心したい」って気持もあるのだろうけれど、それだけじゃない。実際は感情がねじれてしまって、錯覚が起きてしまって、本当にそういう人たちが「羨ましい」と感じてしまってるのだと思う。


①もっと自分らしく生きたい

細かく言うと「もっと本当の自分を見て欲しい」「自分らしく振る舞うことを受け入れて欲しい」「ほかならぬ私が、このセカイに存在する意味があると言って欲しい」のような気持になる。本当に心が弱っていると、ダイレクトにそれを誰かに求めてしまったりするのかもしれない。最近読んだ作品だと「空色スクエア。」なんかもそういう作品だった。

②今の自分が嫌いすぎて自分のままでいたくない。他の人になりたい

トランスルーセント」とか「僕は麻里のなか」とかこっちはたくさんあると思うけれどその際に「どういう存在に化けるか」というのは結構バリエーションあると思う。

③現実を忘れさせて欲しい。実際には過酷でも楽しいものだと思わせて欲しい

これは今流行りの「がっこうぐらし!」や「リトルバスターズ!」なんかがそう。
ちょっと違うだろうけれど「干物妹!うまるちゃん」もこう考えることは可能っちゃ可能。



やはり少なからず、観察対象の人間ではなくて、ほかならぬ自分が何らかの欲求やら苦しみやらを抱えているからそうなるのだろうとは思うのだけれど。

どうなんだろうね。

「私」は、他人からみたらどういう欲求を持っているように見えていたのかな。