この夜が明けるまであと百万の祈り

とあるマンガ好きの備忘録です。私が元気づけられた出来事や作品について少しでも共有できたら嬉しいです。 ※記事を読まずにはてなスターを押して回る行為はお断りしております。

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「惡の華」  仲村さんについて

7巻まで一気に読んで、その後続きを読むのが怖くて読むの中断していた作品。最近になって「志乃ちゃんは自分の名前が言えない」とか「ぼくは麻里のなか」あたりを読んだ勢いでこの作品も最後まで読みました。これは春日くんが仲村さんという幻想に「失恋」する話と考えた方がいいのかな。

今更ながら、アニメにおいて仲村さんがマンガのような美少女ではなく、むしろブサイク目な女の子として描写されていたのはしっくりくる気がしました。アニメ見てみようかな。


後半の常盤さんは本当に魅力的な女性でした。

仲村さんって本当にそんなすごい子だったのだろうか

最初は仲村さんすげえな、って思っていた。 でも最終話において、「沙耶の唄」みたいな描写があったので、じゃあ仲村さんと春日は沙耶の唄のような関係になれたのだろうかって考えると、全然そういうのじゃないなと思った。そこから読み返してみると、「あれ?仲村さんって割りと普通の子じゃね?」と思うようになってしまった。

沙耶の唄」における究極生命体である「沙耶」と比べるまでもなく、一度仲村さんを神格化してしまっている春日の視点を外すと仲村さんにはたいしたオーラを感じない。ただ自分ではどうしようもない鬱屈をかかえてはけ口をもとめている、よくある女子中学生でしかなかったように見える。その仲村さんを、怪物のように扱い、実際には仲村さん以上に怪物のように振舞っていた春日の方がヤバイ気がする。




仲村さんは親がケンカばかりしている家庭に育ったせいで、いちいち刺々しい形でしか相手に接することができないだっただけじゃないのかって思うようになりました。誤解され続けて、自分も自分はどこかおかしいんだって思いこむという悪循環に陥ってたのではないか、と。

仲村さんとしてはただ毎日がつらくて退屈で煩わしくて自分が死にたいだけ、自分をこの世から消したいだけで、「悪霊」のスタヴローギンのように確固たる信念があったわけでもなんでもない。ただ人生やけばちになって、むしゃくしゃして春日をいじめてただけのように見える。

なので、環境や人間関係が悪かったので、環境を変えたら普通に穏やかに過ごせるようになった。ただ、学生時代にやらかしちゃったことは気がかりで、春日って人間どうなったかなと思ってたら、別に彼女作って幸せになったようだし、向こうもこちらを恨んだり執着してないみたいだし良かったよかった。その程度なんじゃないかな、と。




たとえ夏祭りの時点で二人が一緒に自殺していても、沙耶の唄のような感動は全くなかったと思う。アレを見て羨ましいと思ったり感動したりするのは佐伯さんのようにすでにトチ狂った子だけで、どう見ても二人の関係は歪で心が通い合ってるわけでもなく、愛みたいなものは感じられないので、単に勢いでヒャッハーしただけに見えただろう。

もともと春日視点では仲村さんは何かを超越したような素晴らしい人間に見えていたのかもしれないが、そんな大したことはなかったのではないか。

むしろ、仲村さん視点から見ると、想像以上に春日が厄介者だったのではないか。 仲村に依存してきて、もっとすごいことをやれ、と期待の目を向けてきて、それが楽しくてどんどんエスカレートしていった。佐伯さんをぶっ壊すのは仲村さんが本当にやりたかったことだろうか。春日というクソムシと、佐伯さんというもともとちょっとネジが緩んでいた女が自分の欲望を仲村さんという言い訳を得て発散していただけではないか。

いつのまにか、仲村さんは主導権を握っているようで、春日にコントロールされているような状態になっていたのではないか。「文学少女」の朝倉美羽のように。 途中から、仲村さんは春日のことを恐怖に感じていたのではないか。だとしたら突き飛ばすよね。 (もちろん仲村さんが春日に対して好意を抱いたり大事に思ってた可能性も否定はしないけどもそういうんじゃないと思う)

春日は仲村さんのことを理解しようとなど全くしていなかったし、むしろ理解の外にいる存在として神格化し、それによって自分の行動を正当化していたように思う。だから、仲村さんがいなくなったあと、何もできなくなった。春日にとって、確かに自分を解放するきっかけとしての仲村さんという人間は大事だったのかもしれないけれど、それはあくまで利用するものされるもの、という関係でしかなかったように思う。

春日が「ふつうにんげん」になっているのを確認して、仲村さんはがっかりしたのだろうか、それともほっとしたのだろうか。そのあたりはよくわからない。




そう考えると、後半のヒロインである常盤さんは、自分よりはるかに抱えているものが大きい春日に接して、そこで逃げずに向き合っており、非常に強いと思う。