この夜が明けるまであと百万の祈り

とあるマンガ好きの備忘録です。私が元気づけられた出来事や作品について少しでも共有できたら嬉しいです。 ※記事を読まずにはてなスターを押して回る行為はお断りしております。

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「コウノドリ」3巻  自然分娩にこだわる女性の話が良かった

助産院はサービス業です。医療行為は行えないの。お産が順調でなくなった場合は、私達では適切な処置ができなくなる。私はあなたのベストな出産を支援するためにできる限りのことをするけれど、医療の介入が必要だと判断したら躊躇なく提携先の病院の協力を求めます

助産院には自分の理想に近いお産がしたいという妊婦さんが来るの。絶対に安全とは言えないお産をよ。私達は医療行為ができないのにそのお手伝いをするんですもの。だからこそ一度の失敗も許されないでしょう?経験は大事だけれど、それに慣れてしまったらかすかな違和感を見逃してしまう。私は違和感を感じたらすぐ病院にお電話しちゃうから、先生に嫌な顔されちゃうのよね。でもお母さんと赤ちゃんが無事ならそれでいいの。臆病さは、助産師にとっての武器なのよ。

産科医が主人公のマンガ作品。出産について1テーマにつき3話くらいでエピソードが綴られるのですが、その中の「自然分娩にこだわる女性」の話が好きです。


子の無事を強く願うがゆえに……

出産というのはその人にとって一大プロジェクトです。しかも非常にリスクの高い行為です。さらにうまくいかなかったら取り返しがつきません。そんな出産という行為に挑戦する時、ついつい自分が考える「ベスト」「パーフェクト」を求めたくなる、わずかなリスクさえ許容したくなること。これははむしろ当然だと思います。
ところが、この「なんとか子供が無事に生まれて欲しい」という気持からスタートしたはずの「ベスト」「パーフェクト」を求めることが、逆に「子供が無事に生まれること」を危険に晒すこともあるのです。


子供の無事を強く思うがゆえに、というところがポイントですね。


この作品で登場する、「助産院による自然分娩」にこだわる女性は、良い意味で意識が高いです。自分の子供のために一生懸命調べて、体調管理もしっかり行っている。何も考えないバカなどではなく、むしろ普通のこどもの人よりもはるかによく考えて、子供のためを思って行動しています。ですが、それゆえに「産科医の補助による病院での出産」に強い嫌悪を示してしまうのです。

本来両者はどちらが正しいか、どちらが正義か(=どちらが間違っているか、どちらが悪か)と白黒付けられる問題ではありません。実際には「助産院による自然分娩」と「産科医の補助による病院での出産」はお互いがフォローしあえる、しあうべき関係です。ところが、ここで「ベスト」「パーフェクト」にこだわるあまり、別の方法を許容できなくなってしまっています。 彼女は子供の為を思って必死に選び抜いた選択肢に強く強く固執するあまり、産科医の助力を拒もうとしてしまうのです。

(「自然」とか「生物本来の」みたいな言葉の魔力も在るのでしょう)


意識が高いゆえに「自然分娩」「本来の出産方法」に拘ってしまう

自然分娩にこだわるのはちゃんと理由があるようです。

助産院は人数が少ないのできめ細かいサポートはできる。birthプランも個人に合わせる。無事に出産出来た場合の満足度は非常に高い。これに対して、数をこなす必要が有るため妊婦のこともろくに見れないし助産院の意見も聞かないでモニターばかり見て、帝王切開とかいって腹切りすぎなどと言われてしまう産科医

なぜ帝王切開等を嫌がるか?「自然でない」だけが理由ではありません。帝王切開は、お腹を切って子宮を切って、赤ちゃんと胎盤も出してその後子宮を縫って、お腹を縫う、そういう手術です。当然産後の体力回復も遅れます。

たしかに実際に助産院での自然分娩でうまくいけばそれに越したことはない。ベストではあるかもしれません。
勉強をした結果、こういう結論に到達してしまう人が出てくるのも無理は無いかも。

また助産院での自然分娩が成功した人の満足度は非常に高いでしょう。実際「うまくいきさえすれば」ベストなのですから、うまく言った人が生存バイアスもかかってこの素晴らしさを良かれと思って口コミで広げていくことは容易に想像できます。これは別に出産に限らずマッチョイズムでも恋愛工学でもなんでも一緒でしょう。




だが、自然分娩という選択肢「だけ」にこだわるのは非常にリスクが高い

データで見ると10人に1人が帝王切開が必要な出産になる。これはいくら母親が努力しようがそうそう変えられない。(喫煙や肥満など明らかに怠慢でリスク上げる人を除く)母体死亡率を下げて子供の救命率を上げてきたのは現在の周産期医療だ! 助産師だけでの出産なら1940年台と生存率はさほど変わらない。助産院での出産は昔ながらの良さがあるかもしれないが、逆に言えば大きな進歩はしていない。

例えば、1990年台初期先天性横隔膜ヘルニアの超音波診断率はわずか40%以下だった。あの時だって、先天性横隔膜ヘルニアということさえわかって言えば、助産院で出産なんて言わなかったのに……そうすればあの母子は死なずに済んだはずなのに……

このように「病院で検診を受けることすら拒否する」ことはリスクがかなり大きくなります。

自然分娩にこだわってその通り理想の結果を得られる人もいます。ただ、実際は10人に1人はどれだけ努力しても帝王切開が必要になる。
残酷なことに、そのことと、日頃の行いやその人の努力は関係がわからない。

「先生、私理不尽だと思うの。
 私は毎日きちんと歯磨きしてるのに、虫歯になっちゃったの。
 でも○○くんは歯磨き全然してないのに、虫歯にならないの。
 これっておかしいと思わない?」
「そうね、世の中そういうものよ、はい、次」
「そうか……そういう物なのね」   (papa told meより)

自分の努力だけではどうしようもないことがある。いくら自分が努力しても、必ずしも自分の理想通りにならない。
このことを想定せずに「自然分娩に拘って周産期医療に頼らず出産しました」にこだわるのは良いことでしょうか。
本当に大切なモノを見失わないようにすることは難しいですね。



子供を無事に出産するために戦う母親の行為は、自然分娩に限らずみな立派である

先程も書いたとおり、この作品で自然分娩に最後まで拘った女性は、とても真面目で努力家な人でした。他の誰よりも子供のために努力していた。だからこそ、自分がかけたにもかかわらずベストな結果が得られないことを受け入れられなくなってしまいます。
そんな人に助産婦さんと、産科医の主人公がかけることばが優しいと思います。

あなたが頑張っていたのはよく知っているわ。でも、あなたはなんでそんなに頑張ったの?赤ちゃんのため?それとも自分のため?私もあなたのお産のお手伝いを最後までしたかったけれど、森さんの赤ちゃんが元気に生まれてくるために、今手伝えるのは私じゃない。この病院の人達よ。 あなたの産後のケアをまた助産院で手伝わせて欲しいの。 だから今は……

帝王切開をうける妊婦さんは、自分の病気や怪我を治すためでなく、赤ちゃんの命を守るためだけに命をかけて自分から手術台の上にあがるんです。僕らはそれをお産ではない、とはいえません。帝王切開は立派なお産なんです。同じなんです。

この話は自然分娩の良さや、自然分娩にこだわる人たちの努力を決して否定すること無く、それでいて周産期医療との橋渡しも成し遂げられていて本当に良いお話だと思いました。 本当に出産というのは大変なことで、母親も、助産師さんも、産科医の先生も、みんながそれぞれに頑張っているのだなぁ、と感じさせられます。 私の出産は難産だったと聞いています。 頑張って産んでくれてありがとうございした。






この漫画を読んだのはだいぶ前ですが、
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を読んで思い出しました。