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この夜が明けるまであと百万の祈り

私が元気づけられた出来事や作品についてのメモ。最近TED聴き始めました

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「二代目はこすぷれーやー」6巻  オタクが、一番現実と虚構の壁を痛感している?

「トクサツガガガ」の時にちょっと触れましたが

「トクサツガガガ」46話 子供嫌いの吉田さん、の話が良かった - この夜が明けるまであと百万の祈り

創作へのあこがれが自分を駆動し形成していく物語だったら「SHIROBAKO」「2代目はこすぷれーやー」「ゼブラーマン」などあると思いますが、そういう中でもこの作品は素晴らしいと思います。「SHIROBAKO」が好きになれた人には絶対に読んで欲しいです。

「妻が夫のコレクションを捨ててしまう話」エピソードもあったな、ということで紹介。
「妻が夫のコレクションを全部捨ててしまった」話とカサンドラ症候群について - この夜が明けるまであと百万の祈り

この作品の場合は「コレクションを捨ててしまう前に間に合う話」です。実にマンガ的。

田舎から上京してきた男の子が、コスプレ大好き少女の「ゆりか」に恋をして、その勢いでオタク趣味にのめり込むようになる。しかしある時上京してきたオタク嫌いの姉が弟の様子を見てオタクグッズを強引にすべて捨てようとする。弟は姉に抗しきれず、後は廃品回収を待つだけの状態に。ゆりかは、弟のために姉を説得しようとする。


現実と空想の区別が付いているからこそフィクションをより深く楽しめる?

姉の主張は「オタク趣味なんかただの現実逃避であり、堕落するだけだ」「虚構には何の力もない」というもの。これに対しゆりかは「オタク趣味によって救われ、現実と戦う力を得るものもいる」「虚構だからこそ現実以上に力を持って自分を勇気づけてくれることもある」と返す。

「嘘は嘘です。虚構は虚構だもの。殆どの人にとって虚構は現実にとってかわれたりなんかしないです。ごっちゃになんて、出来ない。私はコスプレをやっていて、キャラになりきって、それは楽しいです。でも、上手になりきればなりきれるほど、これは本当じゃないって気付かされます。こんなのごっこ遊びなんだって思う。でも、だからこそ、ほんとにあったらいいなって思う嘘は、私の中で力があるんです。

タクくんもいってました。現実と空想の区別がつかなかった子供の頃より、今のほうがうっとヒーローを楽しめるって。作品の向こう側の、それを作ってる大人たちが正義とか愛とか恥ずかしいメッセージを真剣に送ってる。そのことに勇気づけられるんだって。
いい大人が子供だましの嘘なんかに本気で感動できるんです。そういう人もいるんです。でもそれは頭皮じゃないと思うんです。嘘から生まれた感動を支えているのは、その人の現実だもの!」

「おたくなもので救われることもあるなんてさ。なんで断言できるの?それこそあなたの妄想じゃねえの?それこそ、現実逃避のいいわけだべ?いい加減なことばっかり言って・・・」

「私は、大切なことはTVやマンガの嘘から教わったって思ってます。作品を通して、それを作った大人の人達に励まされ、助けられ、甘えさせてもらって、叱ってもらって。だから私自分のことでこのことだけは胸がはれる。彼らのおかげで私が成長できたってこと。私はそのことを誇りに思ってます。そういう人間も、いるんです。マンガやTVの虚構に救われることは誰にでもあると私は、思ってます」

このエピソード、最終的に姉が折れて弟はオタク趣味を継続することになるのですが、オタク嫌いの姉がこの一連の展開を振り返って「マンガだなぁ…」とつぶやくシーンがかなり好きです。


私は「何を言うかではなく、誰がその言葉を発するかが大事」教です

①実際はどちらの言い分も真になりうる。その人次第だろう。オタク趣味に溺れて現実がダメダメになってしまうなら姉側の言い分が正しい、オタク趣味を糧として現実を乗り越えていける人ならゆりかの方が正しい。どちらを真にするかは弟次第である。言ってることが正しいかではなく、言葉というのは誰が発するかというのが大事なのだ。

私は、だからこそ、虚構というものに意味があると思う。

「ふさわしい存在やシチュエーションにおいて発される言葉」には強い意味がある。それなら親や教師の言葉や偉人伝や自己啓発書でも良いではないかと思うが、こういう言葉はなぜか響かないことが多いのだ。ただの言葉が重要なのではない。「強く感情移入した存在」が発する言葉が胸に響くのだ。 己の必要とする言葉を、己に届くような強度で届けてくれる存在を求めて作品を選んでるところはある。それがオタク作品である必要は全く無いんだけどね。私もそろそろおっさんになったので、自分にとって正しいことは自ら選びとって、自分の中でその強度を育てていきそれを人に伝える役割を果たすべきなんだけれど、未だにそういうものをフィクションに求めてるところ大きい。

(※言う必要ないと思うけど、虚構の世界の価値ってこれだけじゃないですよ。自分と関係なくても楽しめるものは山程ありますよ)

②ついでに、この作品の場合、ゆりかは子供時代のヒーローなどを「コスプレ=ごっこ」という形で模倣し、そこから自分のものとして育て上げていく守破離の過程がある。このあたりfate stay/nightにも通じるところあっていいよね。

ロールモデルとなる存在を身近に持って、それを模倣し、学ぶことによって成長できる人間は幸いだけれど、今の世の中はなかなか家庭や身近にそういうのを持つのが難しい。それなら、マンガや小説のキャラにロールモデルを求めてもいいじゃない、と。


作品について

この作品は最終的に過酷な現実を体験していてなによりも現実主義であろうとした主人公が、「虚構」を信じて理想主義を貫く女の子を守るために、「現実」の壁を乗り越えていく、というお話です。 er要素が強いため抵抗を感じたり、またラストの展開がカタルシスに乏しくこじんまりと終わった印象があるため物足りなく感じる人もいるかもしれませんが、私はこの作品かなり好きですね。

逆よ。オタクが、一番現実と虚構の壁を痛感するのよ。現実にはヒーローもヒロインも、必ずなされる正義も必ず実る恋もない。勧善懲悪やハッピーエンドなんて建前よ。
でも、私達オタクは、マンガの世界を虚構だと知ってるけれどただの嘘だなんて思わない。マンガやTVがみんな嘘でも、その嘘から受け取った思いや感動は本当だもの。現実にヒーローはいなくても、心のなかの彼らに私達は背中を押してもらえるから。だからヒーローは本当にいるのよ

(中略)

江口、あなたにはなぜ負けたのかわからないでしょうね。私達の想いを、ただの虚構だって思っているあなたには」