この夜が明けるまであと百万の祈り

私が元気づけられた出来事や作品についてのメモ。当ブログでは記事を読まずにはてなスター頻繁につけに来る人はお断りです

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根拠は主張内容に勝る

ただし読み手にとって。
書き手にとってはもちろん主張が大事。言うまでもない。


また、大半の文章は日記などであり、主張などがない場合が多いから考慮しない。

「文章がある主張をしている場合」というごく一部に関して、読み手が書き手を判断するという状況では、主張が正しいからとか、自分にとって気持ち良いことを言ってくれるから、で判断するのも一つの手だけれど、その人がちゃんと根拠を述べているかが大事だと思う。

読みてから見て「正しそうなことを言ってるか」「根拠の質が良いか」の2つの軸を見るとこんな感じ。

1 正しそうなことを言っているしちゃんとした根拠や実績を示している。

2 正しそうなことを言っているけれど根拠が無いor根拠が本人の主観や経験だけ。

3 正しくなさそうなことを言っているけれど根拠はちゃんと述べている

4 正しくなさそうなことを言っているし根拠がなかったりめちゃくちゃ。



1や4はそもそも問題にならない。もともと1だけを大事にするなら迷わなくて良い。で、問題に成るのは2とか3の場合。これらについてどういう態度をとるかという話になる。

あえていえば「正しそうなことを言っている」という判断自体が己の主観に過ぎないので、私はこちらはあんまり重視しない。

私の場合は、この時、とりあえず3については丁寧に接する。主観や経験以外にもどづいた根拠を述べられる人は、間違っていたとしてもそれを訂正する余地があるからだ。逆に2のパターンの人は、間違ったことを言っていたとしてもそれを訂正するとっかかりがない。 それどこか逆ギレするケースが少なくなかった。

根拠のない主張はもともと同じ意見をもつ人の同意しか得られない

もうちょっと詳しく書いてるページ。

説得力のある主張に必要な5つの条件

1.「結論」 最終的な判断
2.「目的と必要性」 主張の実現により期待できること、その必要性
3.「根拠」 結論の実行により目的を達成できる理由の説明
4.「実行方法」 提案を実現する方法
5.必要性・根拠・実行方法を証明する「事実資料」 検証、統計データなど


しかし、これを主張するこの記事には「私がそう思ってる」以上の弱い根拠しかないので読み飛ばしちゃってください。なんせ、この主張は「経験則」やら「なんとなくの勘所」といった、根拠は薄くても高い結果を導くもの(ヒューリスティック)を除外しやすいという大欠点があるからです。



さてと。なぜこういうことを書いてるかというと、最近とある人が根拠なくとある行動を煽る記事を書いていて、それをありがたがって喜んでる人がいるという気持ち悪い構図を見たからです。 実際は根拠の無いカンにすぎないし結構間違っているのですが、表現やキャラ作りといった余計な部分、またとある有名人の推奨によってなにやら謎の人気を獲得し、わずか1ヶ月で4000フォロワーを越える人気になっています。 1000人位はウォッチャーだと思うのですが、ド素人な人は本気で参考にしちゃったりしてるんじゃないかなとちょっと心配になっています。


お恥ずかしながら私はとんでもないアホだったので、ド素人の時に似たような感じのエセ商売してる人に引っかかって22万円ほど払ってしまったことがあります。ちゃんと商品もありましたし詐欺ではないのですが期待したような成果は当然得られませんでした。本当に判断基準がなくて不安を抱えていると、後から考えたら絶対ありえないようなインチキさんにハマっちゃったりするんですよね……。


なので、そういうエセな人にはまらないように、素人の時ほど、面倒くさくても「ちゃんと根拠を持ってる人」「自分で判断できる内容を語ってる人」から地道にスタートすべきだと思います。「なんかわからんけど過ごそう」「話題になってるし大丈夫そう」な人についていくのが一番危険。まあ、「実績」についてもインチキが多いですからそのあたり注意です。


とにかく経験則やカンをないがしろにするつもりはありませんが、自分に馴染みのない分野ではその人が述べている根拠をちゃんと確認したほうが良い。そしてたとえその人が筋道立てて話していて隙がなくても、自分が納得できなかったり理解できないところがあれば信頼しない。こういうの大事。


……ってこうやって考えすぎる人の方が詐欺に騙されやすく、興味なかったらあっさり切り捨てる人のほうが騙されにくいらしいですけどね(爆)