この夜が明けるまであと百万の祈り

とあるマンガ好きの備忘録です。私が元気づけられた出来事や作品について少しでも共有できたら嬉しいです。 ※記事を読まずにはてなスターを押して回る行為はお断りしております。

【スポンサーリンク】

正しい抵抗と間違った従順

正月に地元でブラック企業につとめててやめた知り合いの話を聞いた。そこで「理屈では」という前置きをしつつその人がどうすればよかったのかという振り返りをしてた。


想像もしたくないですがブラック企業時代の彼の経験では、
残業が月150時間を越えると咳が止まらなくなり、月200時間を越えると寒暖睡眠空腹が感じられなくなり月250時間を越えるとすべてのセンサーが壊れて逆に気持よくなり浮遊感がするらしいです。その人は会社の先輩が無理やり彼を職場から追放することで休息が取れて助かったそうですがなんともえげつない話ですね。
「ごはんと睡眠と会話、せめてどれか一つでも確保できれば命をつなぐことはできる」とかよくわからない言葉が出てきておいおいってなりました。



その人は経験から「頑張らないことの大切さ」を痛いほど感じたといってます。その人は真面目な人で、おかしいとおもいつつもついつい頑張ってしまった。その反動で周りにも愚痴を言ってしまったりしたようです。さらに自分と同じような仕事にほかの人も付きあわせたりしようとしてしまいだんだん孤立していった。先ほどで言うと、ごはんと睡眠だけでなく、最後の支えである会話もなくなり、ますます孤立してしまって居場所を失いかけていたため、なおさら会社から狙われて無理難題を押し付けられるような形になったそうです。これを彼は間違った従順だったと言ってました。



また、これについて「そんなひどい会社無断欠勤してしまえばいい」と周りの人が言うと、それは論理的に正しくないから相手にやられる。 すぐに退社するのでなければ正しい反抗とは「出社した上で頑張らない」ことだと言ってました。そうやってタイムカードを取っておくことが支えになると。自分が間違ってないなら、正しく反抗したいと。それでダメならやめる、と。




私はこの考えが必ずしもいいとは思わない。やばいと思うならさっさと逃げてもいいと思うしそんな会社でタイムカード取ってたところで後で請求して払ってもらえるとはとうてい思えない。「無断欠勤」をたてに脅されるリスクが怖いからあったほうがいいとは思うけどやっぱり逃げたほうが良いと思う。これは私がよくブラック企業のことをしらないからなんだろうか。
ただ、彼が自分なりの信念を持ってそれを言ってるのは伝わってきて、それはすごく良いなと思った。きっとこういう人ばかりなら会社だってそうそう好き勝手は出来なかったと思う。



余談だけれど

私は「つらい目にあった人は他人に優しくなれる」というのを全く信じてない。特にネットにおいてはむしろ逆だと思ってる。「つらいめにあった上で、それを受け止めきれる器がもってるひとは元々すごく優しい」だと思ってる。責められるべきことではないが、つらい状況に耐え切れる強さを持たない場合、過剰適応してしまうことが多い。自覚的かどうかはともかく自分を苦しめる論理を内面化してそれを再生産する人になる。自分より弱い立場の人を攻撃するような人になる。

ネットではよく現状の不平不満を考えなし遠慮なしにぶちまける人がいますが、勝手な思い込みだけどそういう人って立場が変われば他人を虐げる人なんだろうな、と私は感じてしまう。そういう人には同情や憐れみは感じるけど共感は一切しない。ネットではなぜか境遇が近いというだけで共感しやすい土壌があるけれど私はそういうのですら気持ち悪いとすら思ってしまう。


弱い立場の時にどういう振る舞いをしているかってすごく大事だよね。つらければ泣いてもいいしむしろ助けを求めるべきだと思うけれど、「自分がつらい立場にいるんだから察しろ」とか「俺はこんなに辛いんだから暴言を吐いても許されるはず」とか下から目線がいきすぎるのは嫌だし、逆にそういう環境でも前向きなことを言ったり着実に出来ることをコツコツやってる人がたまにいて、twitterで朝から晩まで喚いている人と比べて目立たないんだけれどそういう人こそ評価されてほしいなと思う。