この夜が明けるまであと百万の祈り

私が元気づけられた出来事や作品についてのメモ。当ブログでは記事を読まずにはてなスター頻繁につけに来る人はお断りです

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学びの契機

最近「ワールドエンド・エコノミカ」というゲームをほかの人におすすめして実際にプレイした人の感想を聞いてみた。そしたらその人は自分より遙かに深いところまで理解されてて自分はまだまだ全然理解できてなかったんだな、と思い知らされたりしました。

こういうのはアニメ感想ではよくあるし、仕事に関するブログとか見てても結構ある。「自分はまだまだ全然これについて理解できてなかったー!」って驚きを与えてくれる人ホント好き。


学びの契機ってそんなに多くない

本当は何事においても常に謙虚に周りから学ぼう、という姿勢を持てれば理想だとは思う。

でも、私にはそれはとてもむずかしい。まず自分だけでは、今の自分に何が足りないのか、どういうところが欠けているのかがわからないから。私は割りとすぐ現状に慣れてしまってしまってそこで満足してしまうところあるからなおさらだ。


だから自分に足りないところに気づくきっかけは

①「課題を設定する」
②「すごいと思う人に会う」
③「手痛い失敗する」

くらいしかなさそう。私はこういう時に初めて、今満足している現状と、あるべき状態のギャップを認識できる。それ以外で先に気づくことがあんまり出来ない……。逆に、周りからの批判とかは、多分あんまり自分には響かないと思う。批判されることに慣れ過ぎだし、批判って何をされたらいいのかわからないから。賢い人は批判から「自分がどうすべきか」という改善点をさぐれるのかもしれないけど私はあんまり得意じゃない。


「批判」と「非難・罵倒・中傷」を区別しても私には意味が無い

なので、私は「批判」と「非難・罵倒・中傷」を区別する意味ってあんまり感じてない。私の問題だけど、批判すら役に立てられない以上その線引きをしても私には意味が無い。「私が何をすればいいか」「私に何が足りないか」に関して何かサプライズというか、わかりやすく学びの契機を与えてくれるもの以外は残念ながら私ではどうにもならない。基本的に私は頭が悪いんだよなぁ……


というか、単純にむかつくこというやつの話は聞きたくない。必要なことを言ってくれると感じたら口調に多少問題があってもムカつかないので、私にとってはムカついてる時点で多分私はそのヒトのことを役に立たないと認識してる。「ムカつくけどいいこと言ってる」を想定する必要がない。

以前はマウンティング欲がそこそこ強かったから、ムカつく奴に対してマウント返しとかして遊んだりしてたけど、最近はそっちの欲がなくなってきた。もちろんいきなり全部なくなることはないので時々衝動的に発作おきると思いますが今後は減っていくと思います。多分。きっと。



最近あんまり学びの機会を意識してないというかむしろ避けまくってた気がする

だからこの3つの機会を大事にスべきなんだけど、これって意識しないとだんだん減ってくるなと。学生のころは①は大人が設定してくれたり「恋愛」「受験」「就職」「結婚」みたいな避けて通れない明確な節目があって経験値アップの機会になってた。でも今仕事と関係なく自分で設定してる課題ってあるかというと……。 ②や③についても、若い時はありふれたものだったんだけど、社会人になると仕事以外で①をすることが減ってくる。②とか③も意識しないとだんだん避けるようになってきてた。 


だめだこいつ、なんとかしないと(AA略


失敗するのが嫌いでしょうがなかったけど前よりは少しマシになれたかも

以前の私はもうほんとに失敗するのが嫌で。というか今でもすごくチキンなのだけれど。

それでも、余裕がなくなってきたので多少の含み損くらいは覚悟出来るようになってきた。むしろその失敗から何を学ぶかとか、失敗したとしてもどれだけ損失を小さくするかとか、そういうリカバリーの技術が大事で、それさえあればなんとかなるらしい、ということはわかってきた。まだ全然うまくできてないけど。

多分こういうのを高校生くらいまでに会得できている人が成功するんだろうな……。よく考えたらかの名作「SLUM DUNK」はリバウンドの重要性をあれほど教えてくれていたのに今の今までそんなアタリマエのことすらちゃんとわかってなかったよ。

なぜ俺はあんな無駄な時間を - Google 検索


まぁ言うても仕方ないので、新年だしとりあえずこういうところ意識しましょうねと書いておく。

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