この夜が明けるまであと百万の祈り

とあるマンガ好きの備忘録です。私が元気づけられた出来事や作品について少しでも共有できたら嬉しいです。 ※記事を読まずにはてなスターを押して回る行為はお断りしております。

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辺縁で戦いに明け暮れても良し内地でのんびりしてもよし

その日 人類は思い出した
ヤツらに支配されていた恐怖を…
鳥籠の中に囚われていた屈辱を……

進撃の巨人」という作品がありますがあのキャッチコピーは素晴らしかったですね。また、1巻における市街の人々の描写や、後に調査兵団が内地に入った時の市民たちの描写なども結構好きです。

何が面白いかというと、市民の人たちが積極的に巨人の脅威を頭から追い払おうとしていることです。問題はないぞ、気にするな、外に興味を持つな、と子どもたちに必死に諭そうとしているところです。調査兵団という外との関わりを持っている存在に強い嫌悪感を示すというところです。

マンガでは一番外側の「ウォール・マリア」が破られた時、より内側である「ローゼ」や「シーナ」内部の人たちの描写などはありませんでしたが、おそらく「ウォール・マリア」が破られてなお、「ローゼ」や「シーナ」の人たちは外のことを考えるのを拒否していたかもしれませんね。というか「シーナ」に関しては作中でも描かれていたから間違いないですね。巨人のことより内側にある人間社会の序列や商売といったことばかり考えていましたね。


まぁ当然だと思います。そういう外部の脅威、潜在的な危険性なんてことを普段から意識していたらしんどいし心が持ちません。日本で火山や地震のことを毎日考えてたらおそらく心がすり減って耐えられないでしょう。たとえ不安なことがあっても、心理的に「内側」にいけばいくほどそういうことを考えないように人間の心はできていると思います。


12巻くらいからの中心部での戦闘については、巨人たちの戦いと比べると爽快感がなく非常にじれったい展開だったという人もいると思います。私も結構ストレスを感じながら読んでいました。ですが今から考えると世界の現状を考え、危機感を覚えるのは、一番外側にいる人達。さらにその外側にでている調査兵団たちだけである、という「ギャップ」が見事に表現されていたのではないでしょうか。



私は「はてな」という壁に守られてのどかなネット環境を楽しませてもらってる気がする(このままで大丈夫か?)

そんなことを考えながらこちらの記事を読みました。

ネットにはびこる「謝らせないと死ぬ病」の治し方とは? - ねとらぼ

うーん、全くピンと来ませんでした。書いてあることはわかるんですが、あまり実感がわきません。そういう人々がいるんだながあるんだなぁ、怖いなあという他人事のような感覚です。

多分この記事で書かれているような話だと思います。
Mステで嵐に触れた女性 ツイッターを特定→誹謗中傷され炎上する | ガールズちゃんねる - Girls Channel -
一致団結し住所や本名を調べあげて晒し、再起不能に追い込む。めちゃくちゃ怖いですね。

私ははてなも結構サツバツとしてると思ってたんですが、こういうのと比べると実にのどかだなと思います。「謝らせないと死ぬ」人々がはてなにいると言われてもいまいちピンと来ません。


はてなでは「誤りを指摘する」人はたくさんいます。そういう人たちがスクラムを組むことはあると思います。「無理矢理でも謝らせる」「謝った人の頭をさらに踏みつける」という人は正直あんまり見かけたことがありません。
というより、炎上と呼ばれる時でさえ攻撃が直接個人の人格に及ぶようなコメントをするバカは少なく、まずは言動や行動に対する誤りを指摘するケースが多いと思ってます。(私が直接人格攻撃する人はすぐに非表示にしてしまうからそう見えているだけかもしれませんが。そういうコメントをする、という行為が嫌いなのですぐにブロックしてしまいます)


はてなの炎上は、上で描かれたようなものと比べたらヌルいもので、炎上したといってもはてなならば実名や住所が暴かれたりするケースはほとんど見たことがありません。もし炎上した人の意識がヌルくて本名や顔写真までバレていても、それを積極的に晒そうとする人はほとんどみませんし、はてな全体としてそういう行為を嫌悪しているように感じます。



そのせいか、はてなの場合は基礎的な火消しスキルがないような人や、どちらかと言うと「謝らないと死ぬ病」と言える人がそのまま謝らなくても怖い人達に殺されること無くのびのびと活動できている方なのではないでしょうか。多分ネットにおいて、はてなと言うのは一番内側とまでは言わないまでも真ん中の「ウォール・ローゼ」くらいには守られた位置に有るような気がしますね。そのせいか、あんまり「はてなとはこういう世界観があって、こういうルールがあって」というのを意識せずにブログができてる人が多い気がする。 そして、私はそれはすごくいいことなんじゃないかな、と思ってます。そういうヌルい世界だからこそ、間違ってても好きなことが書けるわけですから。


辺縁の人々(良く言えば前線、悪く言えばミソッカス)

しかしそんなはてなにもやっぱり外との境界線はある。辺縁が有る。はてなという壁の中にいて外側を認識することが少ない世界の中でも辺縁に位置する人だけは、世界を認識する。良く言えば彼らは最前線で戦う戦士であり、わるくいえばただのミソッカスってことです。

そういう辺縁にいる人達は、やっぱり「はてな全体」を語りたがる。さらにその意見が二元論に近いレベルの極論だったりするのでしょうか。 目の前に敵がいて、戦場がある。そういう場所にいると常に殺気立ってしまうことでしょう。


そういう紛争が頻発する場所に身をおくことによって外を知ることも出来るでしょうし、まぁそんなことを考えずに内地でのんびりすごすもよし。



今年のネットは内地でのんびり過ごしたいなー。