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この夜が明けるまであと百万の祈り

私が元気づけられた出来事や作品についてのメモ。最近TED聴き始めました

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恋愛工学「のみ」に当てはまる話にはあまり興味が無い

問題なのは「にわか」状態じゃなくて「イナゴ」行為だと私は思う - この夜が明けるまであと百万の祈り

に関連して簡単に。

ミニマリスト」であったり「恋愛工学徒」であったり「金儲けクラスタ」についてそのクラスタに属していることそのものを批判するのはどうかなーと思います、という話です。



ミニマリスト騒動の時に思ったんだけれど、ミニマリストの中でもアホな人たちがごく一部だけいて、その人達が「自分たちはミニマリストだから批判されている」と理解してて、逆に「はてな民」であることそれ自体を攻撃する、っていうアホな行為をやっててアホだなぁと思いました。何回アホって言ってるんだ。 でも「恋愛工学徒であること」それ自体を攻撃するのってこれと同レベルでアホな行為だと思います。何より問題なのが、こうやって根拠を示さずに単にその属性に基づいて攻撃してしまうのであれば、彼らの太字部分の行為が正当化されてしまうよね。選民主義というか仲間内で殻にこもることが彼らの中で正当化されてしまうよね。だって、相手も同じことやってきてるんだからってなるじゃない。というかなってた。こうなった結果として結局カンガルーのAAが貼られてうやむやになって終わりになったので不毛感半端ないよね。


念頭においておきたいのは2点です

①批判のゴールとして、やめさせるのは不可能だから、低めに見積もっておくと良い
②批判の方法としては、するなら「行為」や「発生する実害」について具体的に指摘したらいい



①の批判のゴールについて

ミニマリスト」であったり「恋愛工学徒」であったり「金儲けクラスタ」の人たちを見てよくわかったのですが、彼らはどうせ何言っても行動やめたりしません。せいぜいどこぞの牛丼事件の人みたいに「自分がやったこと」を棚に上げて「ネットには絶対に謝らせたいマンがいます」というところしか記憶に残らないのだと思います。

「これは間違ってるからやめさせよう」ということをゴールにしても多分意味がありません。具体的な迷惑行為がない限りは強制的にやめさせることは出来ませんし、実害はネット上ではなくリアル側で起きてたりするのではてななどの運営会社には介入不可能です。折にふれて「やめろ」「之は間違っている」と言うのはいいけど、それ以上の部分、つまり「やめさせる」などを達成可能だと思うと消耗するだけだと思います。

ただし相手に汚い言葉を浴びせたり、挑発的な物言いをして嫌な気分にさせれば満足というような低レベルすぎるゴールというのもまたよろしくありません。自分が納得できるレベルで、かつ程々のゴールを持つことが大事だと思います。



②批判の方法について
相手に働きかけて行動を変えることはこんなんです。
ならば、自分が彼らのどういう行為に嫌悪感を感じているかを具体化することに専念したほうがよいかもしれません。
その際に気をつけるべきはとにかく「状態や属性」ではなく「行為」に注目するということです。

多分みんな言われたら当たり前だと思うはずなんですが、「恋愛工学徒」に関しては突っ込みどころが多すぎてめんどくさくなってしまうんか、割りと安易に「恋愛工学やってることそのものがダメ」っていう話になって人格否定みたいになってるケースが多い気がします。雑な批判は誰も幸せにならない。そういう批判して満足しちゃう人は「青○才」「キッズ」の同類にしか見えないのでできればちゃんとやってください。

批判って、相手を攻撃するためというよりは、それを通じて自分の考えや信念を整理したり、批判する過程で勉強したりすることに意義があると思ってるので是非そういうつもりで「攻撃」じゃなくて「批判」するぞ、って思えればいいと思います。

この考えは結構有効で、「あ、こいつ批判するにすら値しねえ」と思うやつは気にならなくなりますので是非オススメします。




というわけで私は恋愛工学や恋愛工学徒の方々には全く興味がないです。批判する以前の問題で興味すらわかないので自分で恋愛工学について批判したり何か言ったりすることは出来ません。恋愛工学に関しても、興味があるならちゃんと調べて批判しようと思いますが「よくわからんくせにいっちょかみして気に入らないやつを叩きたいだけイナゴ行為は誰の何の役にも立たない。自己満足がしたいだけならFacebookという便所の落書き場にでも書いておけば良い。 私はおとなしくマンガの感想記事でもやっておこう」と自分を戒めておきます。

その一方で、その辺り踏まえた上でちゃんと理解して批判してる人は面白いなと思って読んでます。これからも単なる人格攻撃ではなく読んでてなるほどと思える批判を書く人が増えてくることを楽しみにしております。

恋愛工学は「好意を得られなかったのは私自身ではなくメソッドなのだ」という論理で鈍感さを極めて数撃ちゃ当たるを実践できる心身を作るのが目的だから「褒める方が無難」って論理は通用しないんだよなぁ。

「好意から褒めたのにそれが受け入れられない」という心的ダメージを食らうリスクを取らずに、ネグって「相手がダメージを負う」か「結果的に好意を得られる」という二択に持ってくほうが自分はどのみち傷つかないしリターンが得られる見込みもある、てのが男がネグを使う理由です。つまり糞ダサい。

恋愛工学徒という自意識がなくてもネグを使う人には「褒めて袖にされて惨めな思いをするくらいならネグで嫌われても相手が洒落がわかんない奴で済ませられるから安心して女性と話せる」みたいな考えが無意識に働いてるよなぁ、みたいなことを思いました。

例えばこういうの。「恋愛工学徒」などの枠にとらわれ過ぎると、自分にも当てはまることで人を攻撃することが結構有りますよね。一方的に自分が狩人だと勘違いしてると、人間ってボロを出しやすい。
でも、そうやって「好き放題殴れるサンドバッグ」を見つけてはしゃぐより「自分が問題に感じているのは自分を守ることに意識を割きすぎていて、相手への失礼などを考えない振る舞いをするという行為なんだ」ということを意識して、次からはそういう行為をする人を避けたり、自分でも気をつける、という事のほうが面白いなと私は思います。



「正しいか正しくないかはどうでも良い。とにかく他人の悪口なんか聞きたくない」人だっている - この夜が明けるまであと百万の祈り

私は批判そのものには意義を感じるので、「意義を感じない批判はただの悪口に聞こえる」が正しいかもしれませんね。