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この夜が明けるまであと百万の祈り

私が元気づけられた出来事や作品についてのメモ。最近TED聴き始めました

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はてな固有の文脈を軽視するつもりはないがあえて無視して考えてみるのも必要だよね

ネット作法

ネットの「引きずりおろそうとする力」について - いつか電池がきれるまで

あの件に否定的な反応がそれなりにあったのは、やぎろぐとかイケハヤがちらついてたからで、ふじぽん先生はそういう文脈は敢えて無視することがよくあって、それは正しいことであると思う

2016/02/27 01:24

私このコメント好きかな。




はてなって、あまりにもコンテクストがすごく狭くて濃すぎる人いますよね。

年がら年じゅう「ソシャゲ」のやり過ぎて、もうネット繋いでいようが繋いでいまいが、起きていようが寝ていようが頭の中がそのゲームのことでいっぱいになっちゃってる人みたいに、はてなのこと考えすぎて頭のなかがはてな脳になっちゃってる人。



極端な例になると、約1名ほど年がら年中はてな村オンラインでの自分の位置づけばかり考えすぎて、はてなの外に行っても「はてな村でそこそこ力持ってる俺様」とか言っちゃて、はてなでの自分のノリがはてな外でも通じると勘違いして他所様に迷惑をかけるようになった徘徊老人みたいになっちゃってる人がいます。さすがにそこまでいくとみんな逆に優しい目になってしまうわけですが、

そこまで行かないまでも、はてなブックマークユーザーのなかで、赤信号みんなで渡れば怖くないの理屈なのか、「はてなの文脈をはてな外で他人に押し付けても違和感を感じない」とか、「はてなの文脈をみんなが知ってて当たり前」とそれ前提でお話しちゃってないかな、とちょっと行き過ぎな印象を持つことが時々ある。


「そういう狭くて濃い文脈を前提」として考えれば正しいことはあるけど、一旦そういうものからニュートラルになって物事を見つめてみると、意外と「気持ち悪い」状態になってるかもしれない。

あえてそこから離れて、可能な範囲でニュートラルにものを見てみるというのも時には必要かなって思う。


普通の人ははてなのことなんかどうでもいいと思ってるからね。

「文脈を読め」というのは常識的な範囲くらいにして、後はまぁ好きな人だけが共有すればいいのでは?ということは時々思う。まぁだからといって、文脈を悪玉にしたり、文脈不要論を唱えるようなアホなことは言いませんが。






以下余談。

その上でベタなことを言うけれど。

「ネットの引きずり下ろす力」って考えはちょっとないかな、って思うな私は。

エアロビお姉さんに対する批判的な声が強かったからネット民はすぐなんでも批判するとかネットは引きずり落とす力が強いってのは違うよね。

別のはてなブログの人は全然批判されてなかったように思う。「ゲームが売れない売れないって言ってた人が、いろいろと試行錯誤を積み重ねてAndroid版をリリースするに至った。こっちの流れを最初からずっと見てたけど、全体通して批判的な声はそんなになかったよ。むしろ序盤からちゃんと応援する声の方が多かった。ネットだからって、何でもかんでも批判するわけじゃないのは知ってるよね。


・リアルでは批判的な声は無言で発せられてるのであって、
 ネットではそれが可視化されるというだけだと思うよ。


・やり方によってネットで最初から応援の声が集中するケースも多い。
 Facebookじゃなくはてなでもそうなることは多い。


・「誤配問題」まで無視してそういうことを言うのは露骨にアンフェアだよね。


・だいたいはてなが、はてなブックマークが悪い。


くらいのところを落とし所にしておきたいかな、と私は思いました。



正直「ネットの引きずり下ろす力」って言う表現は強すぎてちょっと抵抗感じます。