この夜が明けるまであと百万の祈り

私が元気づけられた出来事や作品についてのメモ。最近TED聴き始めました

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リスクコントロールと人への信頼は別の話じゃないでしょうか

俺は大人を誤解していた - 今日も得る物なしZ
読みました。

まさか「業務上知り得た秘密をペラペラしゃべらない」が「過剰なモラル」で「時給1000円の労働者に求めてはいけないモラル」だなんて39歳になってはじめて知った。てっきりそんなもん常識で、知らなかったとしても言われたら別に努力もせずに守れる程度の話だと思っていた。

皮肉だとは思いますがマジレスすると、違うでしょ。


まずはじめに

「業務上知り得た秘密をペラペラしゃべらない」程度は時給が高かろうが低かろうができるだろう

というきょうもえさんの主張に同意します。きょうもえさんがこれだけを論点にしたいなら、
「牛丼屋でごちそうさまが言えるか言えないかに年収やら時給が関係あるか」程度の話です。
これでごちゃごちゃいうのは7億円ほしいひとくらいでしょう。 特にもめる話じゃないと思います。

ただ、きょうもえさん、そこから論点を拡大して話をどんどんややこしくしていってないでしょうか。

リスクコントロールの話と、信頼や人間のレベルの話は違うのではないでしょうか?

なにかすれ違ってるような気がしたのですが、これはきょうもえさんが「常識の話」「一般に期待されるレベルの話」をしているのに対して、読者の人が言ってるのは「リスク管理=最低ラインの話」だからではないでしょうか。

確かに一般的に時給1000円で働く人は「業務上知り得た秘密をペラペラしゃべらない」は期待できるでしょう。しかし、企業としては一人でもそういう一般レベルのことができない人が出たら損害を被るわけです。 クレーマーの対処と一緒で、やはり一番下の人間に警戒しなければならないと思います。

だから、一般社員がみんなひどい奴だとは思ってないけれど、リスクを限定化するために機密情報などは管理職しか見えないようにするだとか、文書に「関係社外秘」の印刷を行ったりするといった取り組みするわけですよね。

時給1000円の人間に情報開示しないからといって、そのレベルの人全員が信頼していないとかレベルが低いといってるわけではないと思います。

まさか「業務上知り得た秘密をペラペラしゃべらない」が「過剰なモラル」で「時給1000円の労働者に求めてはいけないモラル」だなんて39歳になってはじめて知った。てっきりそんなもん常識で、知らなかったとしても言われたら別に努力もせずに守れる程度の話だと思っていた。

だからこのきょうもえさんの解釈は乱暴すぎるのではないでしょうか。もちろんきょうもえさんはわかっていて皮肉でこういうことを言っているのだとは思いますが念のため。




待遇や環境が悪かったら「常識」は持っていても「モラル」は確実に下がりますよね

そういうわけで、「時給が低い=レベルや責任感が低い人間しか集まらない」だとか「時給が低い=待遇が悪い・やりがいがない=事故起きる」というほど単純な話ではないというのはみんなわかっていると思います。


それでもやはり「時給が低い」=「リスクは高まる」という考え方自体は間違いではないと思います。(正確に言えば、時給が低かったり、時給に代わる何かを提供できないならリスクが高まる、ですが。)

時給が低い場合、それは雇い主側から見たらその従業員が代替可能であるように扱ってるということでしょうが逆に従業員の側としても「いざとなったら別の仕事に移れる=この仕事にこだわる必要がない」ということになります。

http://leadershipinsight.jp/dictionary/words/herzbergs_theory_of_motivation.html

まぁ、時給だけじゃないですが時給をはじめとして衛生要因と、動機づけ要因が満足いかなければそういうリスクは高まるよね、という話は間違いではないかなと。給料が低くてもやりがいがあったり、そこでしかできない経験ができたり、人間関係ができたりとしていればいいけど、それもないならいよいよリスク高まりますよね。


「時給だけ」で考えるのはずさんだ、というきょうもえさんの知識は正しいと思います。しかし、それを論破しようとするきょうもえさん自身が時給の話だけにとらわれすぎていないでしょうか。その結果きょうもえさん自身が「時給が低い」=「事故を起こす」という本来否定すべき枠のところだけで話をしてしまっている気がします。




今回は発端となったきょうもえさんの記事が非常に誤解しやすい文章の書き方だったと思います

たぶんきょうもえさんが当初に言いたかったのはこれだけなんだと思います

時給1000円だからサービスが悪いというのならわかるが、やらかすかどうかは関係ない。

つまり、最初は質の話とリスクの話は別だということを理解されていたというか、むしろここを論点にされていたということですよね。にもかかわらずだんだん記事をかくごとに論点が極端になっていって、きょうもえさん自身が、本来の自分の主張をむしろ否定する流れになっているなという印象を受けています。

なぜこういうことになったのかというと、やはり最初の記事がわかりにくかったからじゃないかなと。

きょうもえさんのブログ記事は、普段は非常に論点がシンプルでわかりやすいです。過剰に熱が入った語りも、シンプルな話にエンタメ性を付与してくれて心地よくよませていただいています。しかし、それに比べると今回の記事は非常にわかりにくかったなと思います。ややこしい問題を扱うなら、あんまりこんがらがった書き方をされてると読者としても困ってしまいます。

私は特にきょうもえさん特有の皮肉や罵倒芸が結構すきだし、普段の文章は長文でもすらすら楽しみながら読めるほど上手だなあと思いながら読んでますが、今回の文章はわかりにくかったよ!ということはお伝えしておきたいです。