この夜が明けるまであと百万の祈り

私が元気づけられた出来事や作品についてのメモ。最近TED聴き始めました

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「体制か反体制か」という話がそもそもあまり意味がないのではないか

反体制って言葉をめぐって山岡さんごっこしてるのを見たけど、やあやあ我こそは、ってやってるだけに見える。名乗りを大事にするのはいいけどそれより中身ともなった行動や表現を頑張って欲しい。


魔女に与える鉄槌(コミック) - この夜が明けるまであと百万の祈り

信仰とは、神に対する依存である
神に従うもの、神に反目する者 この二者は違うもののようでいて
正邪の判断を神に委ねているのは同じ 斉しく依存にすぎぬ
谷の魔女よ、すなわちお前たちよ
神の御手に揺り動かされている熱心な信者にすぎぬ
信仰が罪だと言うのならば まずは己を処断するがよかろう

「反体制」をよりどころにしてるあいだは結局依存しているにすぎない。そこで本物だ偽物だと言っても本人たち以外には大した違いはない。反フェミとかも一緒だけど、「反」そのものに意味があると思ってるやつは自立できてないという点で信者と変わらないかもしれない。


私は以前に「批判とは今あるものを否定するのではなくて、足りないものを補ってより良いものを目指す態度であってほしい」と書いた。「反」にこだわるだけでは気に入らないやつを叩き潰すことに重点を置きすぎて、何も生み出さない。

他人から「反~」にカテゴライズされるのは避けられないにしても、すくなくとも自分たちは「反~」ではなく「○○というものを目指す存在だ」と意識で自立した主張ができるようになりたい。そうでなければ、いつまでたっても、ただの中二病青二才にすぎない。いつまで「反抗する相手」「あいつが悪いって責任を押し付ける相手」を求めてんだ。そういうワイドショーレベルの雑な思考からはとっと離れましょう。

体制か反体制かなんていうのは安い座布団にすぎない

体制とか反体制とか、そういうものにこだわってる時点で浅い

結果として思想が出るのはいいが、思想を前面的に出さねばならぬというのは窮屈だ


「反体制」を気取っている者もまた別の場所では「体制側」なのである


全肯定と全否定しかないその非寛容ぶりが問題


ところで今回の話って

本来この程度の話だったはずだよね。