この夜が明けるまであと百万の祈り

私が元気づけられた出来事や作品についてのメモ。最近TED聴き始めました

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オーバーレイの広告出てくるブログやページに感じる不快感は異常

「私はオーバーレイ広告を考えなしに表示するサイトが嫌いだ」というだけの記事です。


PCならまだ許せる。しかしスマホで一度でも誤クリックさせられたらもう二度とそのページ使いたくなくなる。もちろん不快だといっているだけで、悪だとかやめろとは言わない。ただ、そういうことされると、おたくのページそのものを見に行きたくなくなりますよ、ということを表明しておきたい。

不快なマンガのコマを繰り返し表示するバナー広告に感じるストレスも結構大きいがあれはまだページを表示するためのコストと思って許容できる範囲だが、オーバーレイは駄目だ。

誤クリックしないようにわざわざちょっと待機しなければならないというのがまずかなりイラッと来る。
さらに非表示化するためにわざわざ「閉じる」ためのボタンを意識しなければいけないというのも腹立たしい。なんで貴様のために意識を割かなければいかんのか。そしてなんでわざわざお前のために余計な操作をしなければいかんのか。あげく閉じにくくさせたり、誤クリックさせるために、「×」ボタンが小さかったりわかりにくかったりするともうだめ。

たとえサイトが悪くなかったのではなくて、勝手にその動画が選択されたのだとしてももうそのサイトそのものが嫌いになる。そのサイトは、どれだけ他が良くても「不快なオーバーレイ広告を表示させるサイト」という認識がトップになる。そして見に行かなくなる。




オーバーレイ広告がうっとうしくなったせいで全く見に行かなくなったものの代表例は「日経ビジネスオンライン」だ。私は以前このページのコラムを暇つぶしに結構読んでたんだけど、オーバーレイ広告の誤クリックでイライラしてブックマークから削除し、それ以来全く見に行かなくなった。

久々に「音楽と政治の問題」という私が興味のあるテーマの記事が話題になっていたので見に行ったが、やはり広告が心底うっとうしくて心が萎えそうになった。記事自体は面白そうだったが不快感の方が優ってしまう。

わざわざ5ページ分割しているうえに、1ページごとにオーバーレイ広告を読み込んで、それが上から降ってくるのを待って、そのあと手動で慎重に消してって、作業を求められるとかなんのいやがらせだ、としか思わない。どうして、こんな広告を出して読者が不愉快にならないと思えるのだろう。「広告なしバージョンが見たければ金を払え」ってことならわかるけどそういうわけでもないし何がやりたいんだこれ。 


単行本化したときに金を払っているくらい好きな著者の記事ですらこれなので、ましてたいして思い入れのないブログでオーバーレイ表示なんか使うやつは、問答無用でおさらばです。


余談。上で読んだ記事についてプチマジレス。

今回の論争で互いを罵倒しあっているのは、
音楽に過剰な思い入れを抱いている人々と、政治に過剰な熱意を持っている人々で、
大多数の普通の人たちは最初の二行で読むことを放棄している。

「キモいよね」

というのが彼らの感想で、一般論を言うなら、その感想が一番正しい。
ただ、キモくない人たちには、何もできないということも一応言っておく。

そうかな。

「最初の二行で読むことを放棄」して「キモイ」と言ってくれればまだましだが
今の人たちはタイトルだけ読んで、同意して、拡散するから厄介なのだと思う。

あと「キモくない人」=「何かに対して強い思い入れを持たない人」みたいなのはどうかと思う。
過剰な思い入れをもってたって、人を罵倒しわずに淡々と自分の好きを追及することは無理じゃないよね。

というか、こういうおっさんたちが自分たちの思い入れを特権化していくのを目にし続けた子供たちが、たぶん今のすげえ「めんどくさい」「こじらせと言えば何でも許されると思ってる青バカ」みたいな人たちなのかもしれませんね。