この夜が明けるまであと百万の祈り

とあるマンガ好きの備忘録です。私が元気づけられた出来事や作品について少しでも共有できたら嬉しいです

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「面白さ・わかりやすさ至上主義」の人たちと「知識至上主義」の戦い

はてなブックマーク - 痛いニュース(ノ∀`) : 【画像】 なぜイギリスがEUを離脱したかったのか一瞬で分かる画像が話題に - ライブドアブログ

おーもめてるもめてるwww 
はてな名物の不毛な争い。こういうの以前に虚構新聞絡みでよく見ました。

A「風刺だろ。ユーモアを理解しないのか。つまらなくて嫌味な人間だな」と
B「風刺のレベルが低すぎる。事実の理解が十分でない。こんなやつを面白いといってるやつはバカ」

という陣営に分かれてうんこの投げ合いやるんですよね。

「面白さやわかりやすさ至上主義」の人たちと「知識至上主義」の戦いという感じでしょうか


Aの人は「そうやってすぐ人をバカにするからお前らは人気ないんだよwww」と挑発し、

離脱派が勝った理由は「喩えが分かりやすいから」ではなく、この喩えを分かりやすいと感じたような人にインテリ層が向けた見下し・ヘイトスピーチの度が過ぎたからではないかと思った

・実状は全然違うけど、残留派がこういう論理に同意する人たちを見下してた結果、EU離脱したわけで。

エスタブリッシュメント面して大衆を見下す奴がイギリス国民を離脱に追いやったということが良く分かる。

ジョークを理解できないやつはアスペ」みたいに言ってる救いようのない人もいますが、疑問挟んだだけでアスペ扱いされたら不愉快ですよ。



Bの人は「そうやって自分で考えないからわかりやすいものに飛びついて後で後悔するんだよwww」と見下す。

・このような単純な例えで納得するような人々が多いことに驚く。だから、政治家は、そのような人に誠実に話しても無意味で、単純で分かりやすいプロパガンダに頼という判断をしてしまうのか

・差別を肯定するような物言いは許せない

・雑だけどインパクトのある例え話の方が大衆ウケするんだよな。

こっちはこっちで、必要以上に人を馬鹿にしたり、レイシスト呼ばわりしてる人がいますが、面白いと思っただけでバカにされたら不愉快な気持ちになりますよね。差別を嫌うという割に安易に人をレイシスト呼ばわりする感覚も共感できません。


お互い違う軸で戦ってるから、全く話がかみ合わず、罵倒しあうだけの不毛な争いになるのもいつもの通り。ほんとかみ合わないですよねこれ。


(今回は珍しく第三軸がいるけどね……)

スープラナショナリズム - Wikipedia

EUで成立した法案の7割はイギリスが拒否しているが、それでも賛成多数で可決されている。

この件について指摘している人もいますね。

・「実際は、EU官僚がブリュッセルで決めたルールがそのまま適用されてるものが多いから、字義通りでも誤りではないのだが」

・「一部の議会と最高裁の機能を剥奪する形でイギリスの外に欧州司法裁判所と欧州議会があるわけであながち間違いではない」

・これは正しい。キャメロン首相のEUへの要求の一つに「EU法制に対する拒否権の加盟国議会への付与」があるんだが。つまり現状はEU法制に拒否権がないんだよ?

つまりAとBが争っているところ、さらにCの立場の人が上から見下すという展開になっています。


どちらにせよAもBもCも交わることがない、ほんと悲しいことです。


たとえ話や比喩は、インプットの「入口」である

それにしても、みんなたとえ話について厳しいし、多くを求めすぎかな。感心するようなたとえ話でないと許さない、っていうのは窮屈です。たとえ話に毎回そこまで求めなくてもよいじゃないですか。

「たとえ話はしょせんたとえ話である」という前提で寛容に接しましょう。その代わり、たとえ話ごときを過大評価しない。そういう態度でありたいなと思います。



つまり、何かのたとえ話が話題になったなら、その良しあしを厳しくチェックするのではなく、その時に興味を持ってくれた人にはさらに先の事実を伝えればいい。「たとえ話の出来が悪い」だけ言われたらそりゃ不愉快にもなるでしょう。



この話をするときは「もしドラ」を思い出します。「もしドラ」はドラッカーをもとにして作者の願望が込められた寓話(たとえ話)みたいなものであり、あれでドラッカーわかったって言ってる人はちょっとどうかと思う。だけれど、この本は人がドラッカーに接するきっかけにはなりました。

そのあと「もしドラ」をクソ呼ばわりするだけでなく、それにつづいてドラッカーの魅力や奥深さについて話をできればよかったですよね。ちなみに続編は結構いい本だと思いますよん。

「もしドラ」はクソだと言い切れる私から見ても「もしイノ」は良い作品だと認めるのにためらいはない - この夜が明けるまであと百万の祈り


ちょっと話が脱線しましたが、たとえ話について私の態度はこうです。

①比喩はどこまでも複雑な「イメージ」「ニュアンス」をざっくりと掴むためのもの。

②あくまで理解の入口。ここで「わかりやすい」などと満足してしまってはいけない。

③自分にとってイメージやニュアンスが受け入れやすいかどうかと、事実を端的に示しているかは違う。

④イメージをつかめたら、それをもとに事実をベースにした話をしなければいけない。

⑤たとえ話だけでは「理解した」とは言えないので、これをもとに結論を出そうとしてはいけない

⑥たとえ話をしているうちに事実をないがしろにする人の話を聞いてはいけない

6つ書いてますが、全部同じことを違う言い方をしているだけです。

たとえ話は何のためのものであって、逆に「たとえ話は何ではないのか」さえ理解していればそれほど目くじら経てなくてもいいような気がします




私が嫌いなのは「たとえ話はしょせんたとえ話だ」ということをわからず、そのまま主張の根拠にしちゃう人

実際いるんですよ、比喩がもたらすイメージだけで人を説得しようとする人って。

事実をちゃんと検討することを避けて、たとえ話で前向きなイメージを使って意思決定し、しょしょの問題を丸投げする人って少なくない。たとえ話だけで、現実的ではない話をごり押しされて苦労させられた経験がある人は私以外にもいると思います。

比喩で説得されるのがとても嫌い - お前のことが好きやったんや

そういう経験がある人は、事実と相似形になっていない比喩を大変嫌うのではないでしょうか。

この比喩にしても、はじめてその話題に触れる人ならいいけれど、ある程度その問題に関心を持ってる人からしたらイメージだけをみて事実をないがしろにされているような気がして反発を感じるに決まってます。比喩だけを受けて「離脱派が正しい」という結論を出してる人をみれば、そりゃ反発や危機感を覚えるのは当然です。

第三者効果 - Wikipedia



比喩に限らず「わかりやすさ」「簡潔さ」を持ち上げすぎる傾向はあまり好ましくない

難しいことを簡単に説明できる人が本当に賢い人ってホント? - Togetterまとめ
最近でいえばモノシリンという人がそうですが、特定のポジションから過剰な単純化をしている人を「わかりやすい=正しい」と判定している人が多いことに強い嫌悪感を感じています。

あんまりわかりやすさや面白さだけ追求すると、究極的には「身内ネタ」か「過度に単純化された言説」以外が過小評価されることになるかなと思います。はてなホッテントリは手遅れですが、そういうものを過大評価する流れにはなってほしくないかなと。