この夜が明けるまであと百万の祈り

とあるマンガ好きの備忘録です。私が元気づけられた出来事や作品について少しでも共有できたら嬉しいです。 ※記事を読まずにはてなスターを押して回る行為はお断りしております。

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「ベルセルク ロストチルドレン編」

ベルセルク」14巻から16巻あたりまで。この作品の中ではちょっと異色な、寄り道みたいなストーリー。

おとぎ話ってのはうまいこと言うぜ。
おいしい話には必ず見返りってのがある。

こいつは、ピーカフみたいなガキのおとぎ話なんかじゃねえ。
血みどろの大人のおとぎ話だ。
これ以上首を突っ込むと死ぬぞ。

話としては、
「現実を生きるために物語は必要だが、物語は逃げ場にはならない」
「人はまず自分のいる場所で戦うことからスタートしなければいけない」
ってところなのかな。

すごくオーソドックスな筋書きだけど、バトルの迫力がすごいので謎の説得力があります。


現実が苦しくて、夢のある物語に逃避したくなることは誰にでもある

とある辺境の地で、農家の娘に生まれたジルは、父親からいつも虐待を受け、さらに農業にも、閉鎖的な村の空気にも辟易している。

みつからないの。私には。
あの子たちより楽しそうなこと。私には見つからないの。
おなかをすかせて、凍えて、毎日お天気の心配をして。
野盗におびえて、戦におびえて… これからもずっとずっと。

私もお母さんみたいになるのかな。何をされても怒ることもできない。自分の子供が殴られたって何されたって、ただ泣いて小さくなるだけ。そんな風になっちゃうのかな。それとも父さんみたいになるの?気分次第で子供を殴りつけるような、そんな

きっとそうよ。だって……だって私あの人たちの娘なんだもん

現実そのものがつらくて恐ろしいこともあるけれど、たぶんそれだけなら耐えられないことはない。彼女にとって何より恐ろしいのは、自分自身が、自分が嫌悪していた存在になってしまうことなんだろう。

それに耐えきれないあまりにあまりにバイバイしてしまう人もいる。クスリに逃げる人もいる。いろんな形のドロップアウトの誘惑がある。


二十歳のエチュード (1952年) (角川文庫〈第414〉)

こういう考えに陥ってしまうのは、自己評価が低かったり、考えすぎてしまったりいろいろあるのだろう。自信がある人はそういう人たちを嫌いつつ、自分はそうならないようにしようと抵抗するだろうし、自分の人生を進むことを(一定時期までは)あきらめない。 

そういうことが、たぶんできない人たちが、自分を追いつめてしまう。

これは今でも変わらない。というか、どんどんそういう人が可視化され、しかも存在感を増しているような気がしていて非常に気持ちが悪い。

たとえばミニマリスト(偽)やプロブロガー(笑)志望者たちの多くは、ろくに主張もなくただ「サラリーマン」「既存の社会人イメージ」への嫌悪を語る。自分が何かやりたことがあるわけではなく、ただ反発や不安に押しつぶされそうになって、そこから逃げたがっているように見える。

帰りたいところなんてないよ。
嫌なことばかりだもの。誰も優しくないもの。

あなたの邪魔にはなりません。だから
どこか遠くへ、私を連れて行って。
どこか……ここじゃないどこかに。
どこでもいい。ここじゃなければ、どこでも……

目的がなくただ現実から逃げ出そうとする人間には誘惑がつきまとう

思い出してみて、小さなころを。二人だけで遊んでいたころ。
楽しいことはいつも村の外にあった。
森に、川に、空想の中に、現実の暮らしの「外」に。
ここにはあるよ。楽しいこと全部。○○○になれば全部全部、かなうよ。
大丈夫、あなただけは特別立派な○○○にしてあげる

そうやって自分の環境や、なによりそんな環境の中で生きている自分を嫌ってばかりいると、「妖精」がやってきて誘惑してくる。

妖精が見せる国は最初はとても美しく、楽しいことしかないように見える。でもまぁそんなわけないよね、と。フラフラとだまされてついていった彼女はそのあと恐ろしいものを見ることになる。

最初に自分の意志でその道を選んで、その世界を作った人間には確かに良いかもしれない。しかし後から入ってきた人間にとっては、結局別のルールで支配されることは変わらない。そこに自分が求めていた自由があるわけではない。


最初に求めていたものはなくとも、何かをきっかけに今の環境から飛び出してみたり行動してみれば何かは変わるかも

結局、この作品には、彼女が求めている逃げ場所はどこにもなかった。むしろ逃げ場所としようとしたところは今の現実よりよほど恐ろしい場所だった。彼女を誘惑してきた存在は立ち去り、また彼女はただ一人現実に取り残される。

それでは何も変わらなかったかというとそういうわけでもなく。

きっかけはなんであれ、一度外に飛び出してみたことで、彼女の心境にも少し変化が起きる。今までのようにただあきらめて逃げ出したいというだけではなくなる

私ね。やっぱり剣士さんみたいに激しくは生きられないと思うし、ロシーヌみたいに逃げ出す勇気もやっぱりないのだと思う。
だけどね、せめて泣いて叫んでかみついてみようと思う。そうすれば何かが変えられるかも……

空から見下ろせば山間に隠れて見つけられないちっぽけな村で私は私の小さな戦いを始めようと思っています。私には羽はないから。だから私はこの空を見上げて、地を這って行こうと思います

うん。なんか「TRUE TEARS」を思い出してみたり。


選ぶ道がなにかは関係なく、その道にどれだけ本気になれるか的な

こういう話をすると「ミニマリスト」とか「プロブロガー」を馬鹿にしているように聞こえるかもしれないけど、そういうつもりは全くないです。ちゃんとその道で活動してる人たちがいる以上、その選択そのものが絶対に間違いということはありえない。ただそこに逃げ場所を求めて、その道を選んだら自分が努力しなくても自分が求めてるものが得られると勘違いしてて、自己正当化のためにヘイトまき散らしてるだけの人が嫌いなのです。

偉そうなこと言ってるけど、私は就職した時、これで後はそこそこ程度に頑張ってたら会社が自分にいろいろ与えてくれて、適度に養ってくれる的なことを思ってましたからね。一般的にはまともと言われる就職だって、私みたいな考え方で取り組めば、それはプロブロガー(笑)とかと変わりません。ただ、就職した結果、そういう勘違いを完膚なきまでに叩き潰されたというだけ。多くの人が一度は「就職」を進めるのってたぶんこういうところだと思うんだよね。わかってるつもりでわかってないことが多い。就職活動やりきって、そのうえで大人にもまれると、(ブラック企業でない限りは)(自分がよほど学ぶことを拒否しなければ)何かしら強制的に学びが得られると思う。それがいいことか悪いことはやはりその人次第だろうけれど。

自分が求めているものがはっきりしていて、それに対して妥協なく努力している人は、たぶんどの道でも求めるものに近づけるのじゃないかなと。


参考
ぼっち地獄からの再生「さびしすぎてレズ風○に行きましたレポ」感想 - この夜が明けるまであと百万の祈り

「やさしいセカイのつくりかた」 モラトリアムという苦しい期間の生き延び方 - この夜が明けるまであと百万の祈り

「ヴィンランド・サガ」 アルネイズの問い - この夜が明けるまであと百万の祈り