この夜が明けるまであと百万の祈り

とあるマンガ好きの備忘録です。私が元気づけられた出来事や作品について少しでも共有できたら嬉しいです

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「モブサイコ100」6巻 「ミスターサタン」的なトリックスター的が中二病の妄想を手当たり次第に殺していく展開に爆笑w

この記事はすごく長くなった割に自分でも言いたいことがよくわからくなってしまいました。

マンガ自体はとても面白かったのでマンガをそのまんま読んでみてください。



























子供の理屈で暴れる「超人」はフィクションだけの話という当たり前の話について

この作品は「ワンパンマン」と同作者の作品。「ワンパンマン」では強すぎる男の虚しさを描いてたけど、この作品もなんだかそっち方向なのかなぁ? 「さいきくすおの受難」と合わせて読むと面白いかもしれない。

これはもう昔から言われてることなのだけれど。

ドラゴンボールが典型例で、バキが頂点だけれど、ジャンプに代表される少年漫画や、テイルズシリーズのようなRPGゲームだと「子供みたいな理屈」を「マンガでしか得られない力」で上回った主人公たちがごり押しして通してしまう作品がある。

これがせめてドラゴンボールみたいに「子供同士」の戦いならよいのだが、変にリアリティを持たせようとして「超能力を持った子供たち」が「大人の理屈」を力づくで打ち負かしたり屈服させるような作品だとちょっと変なことになる。

現実で考えるとこういう「子供みたいな理屈」しか持たない人間が、圧倒的な力を持つことはそうそうないし、もしあったとしても中期的にはつぶされるわけでこのあたりの作品を楽しむ際は、現実とフィクションの区別はつけようね、ということになる。
(「Facebook」の成功とか見てると今は不可能ではないかもしれないけれどね……)

フィクションと現実を完全に切り分けるのはもったいないとはいえ、フィクションに基づいて現実や社会を語ったり、逆に作品から過剰に作者の現実へのメッセージを読み取ろうとするのはよほど慎重にやらないと失敗すると思う。



超能力で戦うガキたちの世界に、力がないのに割り込んできて空気を読まずに説教していく大人の存在が面白い。

ところで、メインの部分ではないのだけれど、6巻でインチキ霊媒師の男が超能力者たちをガキ扱いして正論をぶつシーンがあって、その空気の読めなさに爆笑した。

男はどんな相手でも言い争いで負けたことはなかった。だから今回も言説で論破する自信があった。

「だがそれは、相手が大人に限っての話!そう……こいつらは……中学生相手にムキになって襲い掛かるこの輩は、世界征服とか本気で主張しちゃってるこの連中は、大人になれなかった子供だ。どうしてそうなった?答えはわかる……」

「こいつらには反撃するな!モブはあいつらと同じ土俵に立つ必要ねーぞ!」

ずっとこんな調子。あ、こいつ「ミスターサタン」だってすぐ感じた。しかも「ミスターサタン」よりはるかに空気読めてないやつだ。という感じ。その空気の読めなさから「少年漫画特有の能力者バトル」の空気をズバズバ切っていくのがすごい爽快で楽しい。


エヴァのシンジ君的な立場に置かれ、力を振るおうとする主人公に対しても、あっさりと「嫌な時はなぁ!逃げたっていいんだよ!」一言でぶった切る。改めて、エヴァという作品は「話の都合とはいえ、子供に万能感を持たせる&まともな大人が全くいない狂った世界だ」ということがよくわかる。


まだやってんのかお前は?
お前ら勘違いすんな。どんなに特別な力があったって、人は人だぞ。
それ以上でも以下でもないんだよ。
お前らはそれに気づいてない。特殊能力に依存しすぎて視野が狭くなってる。
世界を見てないくせに世界征服?笑わせんなよ。
支配じゃ誰もついてこねーよ。
まずはその幼稚なコスプレ衣装を脱いで大人になれ。

お前らも全員だ。ここの奴ら、全員社会から逃げたいだけなんだよ。
大きくなりたきゃ、現実に生きろ。スタートはそこからだ!

はあ?「今更庶民にもどれだと」って??
いやいやいや!なめんなよ!?まだわかってねーな?
自分のことなんだと思ってんんだ?
庶民だよてめーは。平民。大衆の一部。

あのな、俺は庶民だ。
お前らより圧倒的に強い俺が庶民で……
で!でだ!?お前らはなんだって?

自分が特別だと思ってなきゃやっていけないだけだろ?
でも残念ながら、世界はアンタに興味ないんだよ。

「要は勇気がー」的なやつキタ━(゚∀゚)━!。

ちなみにこうやって偉そうに子供に説教してるこの人は「詐欺師」です。詐欺師として大人だったらいくらでもカモにできる自信があるからこそ大人にならない、つまり自分の話が通じない子供にむかついて当たり散らしてるだけです。

事情を知ってる読者からしたら「お前が言うな」という話なのです。でも、そんな彼の言ってる言葉が、なまじはてな力を持ってるせいで中二病に陥ってる超能力者たちにぐさぐさ刺さるわけですね。そのギャップが面白い。

これに反論する中二病側の言葉があまりに子供じみた扱いで面白い

「私たちは特別だ。ほかの人類よりも上位の生命体なんだよ
 社会社会って、そっちの尺度で作られた共同体は私に適さない!
 力をもって生まれた私が力を振りかざして何が悪い!
 猿だ!私から見たらみんな私と同じ!
 生きづらい! 私はこんなに優れているのに!
 こんなにすごい!のに!!!
 どうして認めてくれないの!?
 私は世界に特別扱いされてしかるべきでしょ!
 もっと優遇されて敬われてこびへつらわれて、そういう世界が私を待ってる
 その世界がふさわしい!!
 私たちは神秘の存在だよ!レベルを下げていきたくはない!」

爆笑wwww
だんだん感情が昂って子供口調になっていくところ含めて演出最高。

いや、全部ではないけれど、
絶対自分の中に思い当りある人いるでしょこれwww

マンガとはいえここまでぶっちゃけて語らせるの素敵すぎるw



説教よりなにより中二病に刺さるとどめの一言 「でもモテないんしょ?」がグサグサ刺さる!

でも彼氏いないんでしょ?とは (デモカレシイナインデショとは) [単語記事] - ニコニコ大百科

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「それがすべてだ。あんたもモテナイ。あきらめろ。」

この後の中二病超能力者の顔といったらw

いやもう、自分の胸にぐさぐさ刺さるわコレwww

痛気持ちいいってこんな感情なんだろうな。 いやーもうすごい笑いました。







ここから先はさらに意味不明な内容なのであんまり気にしないでください。




















中二病という言葉について


最初伊集院が言い出した時は「期間限定の一時的に常軌を逸した状態」という認識だった

当時のラジオの録音を聞いてみたところ。

「予防法はないです。」
「早めに気づいて安静にしておく。早めに通り抜けるのが一番良い」

などと語ってますね。


意外と知られてない?「中二病」という言葉を言い出したのは伊集院光だった? - Spotlight (スポットライト)

伊集院「中学校2年生くらいって、自意識が凄い…過大になっていくから…」
伊集院「自分ってカッコイイと思い込んだりとか。自分は特別と思い込んだりとかで、ちょっと…こう…恥ずかしい行動をしちゃう。」
伊集院「異常に自意識の強い状態が…たぶん中二病。」

ところがまぁ、完全に意味が変わってしまった。


伊集院光が「中二病」を提唱した1999年という時期

というより、この言葉が初めて生まれたころは、ちょうど1992年の学習指導要綱の改正による新学力観、いわゆる「個性」を強調する教育に変わったころに中学二年生になったタイミングだった。

エヴァやらノストラダムスみたいな話もあったかもしれないが、オタクとか一部の生徒だけではなく「子供全般」にそういうものが広がりだした時期だったのかもね。知らんけど。


中二病という言葉の立ち位置の変遷とかについて考えると…

全然記憶もないし記録も見てないから妄想で語るけれど。

最初は社会はまだそこまで個性個性という話をしてなくて、ただ学校なんかが建前で個性個性と煽ったのをそのまま真に受けた子供たちが、本当に「特別なもの」「ナンバーワンよりオンリーワン」みたいなものを主張し始めた。そんな感じだったんかもしれない。

その時に「ちょっと変な奴」と「笑い話」にできる程度の話だったのだと思う。実際、ラジオの録音を聞く限りは、深刻なものとは全くとらえておらず、軽いネタとして扱っているのがよくわかる。

ところが、いつのまにやらもう「キャラ」を立てて、そのキャラがほかの人と被らないように管理できないと生きるのがしんどいような環境になってるみたいな話もある。

さらに、最近では「変であること」「変わっていること」をどんどん求めようと動きと「それでいてわかってほしい」が合わさる、つまり「個性」を追い求めつつも「再帰」の働きによって、「個性を求める人たちがみんな没個性的に同じところに群がる」現象までいってしまっているという指摘まである。ここまでくると、「中二病」はもはや病気でも異常でもなく、社会適応の一つの形となる。

みんなが個性を追い求め、「特別でなければならない」とおもう社会の圧力があるなら、異常なのは子供たちではなく社会の側ではないかとなる。もはや社会側にそうなることを後押しするトレンドが働いてるってことだ。

栗本薫の言葉を借りるなら最初は「病気や異常=社会への毒的な存在」だったものが、ただのスタイルやファッションになってしまったということになる。ロックやパンクと一緒やね(暴言)

初期から中二病を意識してた人は今でも神聖視してるかもしれないけれど、いまや中二病なんてただのトレンドに過ぎないわけで、そんなもんに流されないでほしいところ。

普通がいいよ普通が。





参考
中二病」キャラについていろいろ考えてたころの記事。

現在の「中二病」はここまで変質しているというまとめ
「ポストモラトリアム時代の若者たち」 社会で荒れ狂う「排除の論理」にどう立ち向かうか - この夜が明けるまであと百万の祈り

中二病」のかかえる矛盾について
「中二病患者は理解を求めてる。しかし、それと同じくらい理解されたくないんだよ」 - この夜が明けるまであと百万の祈り


中二病」の人たちのとっている戦略について
「人気者になる方法」講座がとても面白かった - この夜が明けるまであと百万の祈り
ネットにおける「キャラ作り」についてのメモ - この夜が明けるまであと百万の祈り
ブロガーは自分のキャラや文章で差別化を目指す以外に「マーケット管理」を意識するという道がある? - この夜が明けるまであと百万の祈り

中二病」的社会で犠牲になっているものについて
「真面目」という単語が良い意味で共有される世の中だと嬉しい - この夜が明けるまであと百万の祈り


中二病」患者は自意識が過剰すぎるということを自覚すべきという話
自分の美学(キャラ)には、自分以外誰も思い入れなんてしていない - この夜が明けるまであと百万の祈り
「いわゆる」自意識過剰について - この夜が明けるまであと百万の祈り


個人的には「中二病」的な設定やキャラより、積み重ねから発される言葉に価値があると思ってるよという話(逆に言えば中二病なめんなというやつ)
キャラ・言葉・ストーリー - この夜が明けるまであと百万の祈り