この夜が明けるまであと百万の祈り

私が元気づけられた出来事や作品についてのメモ。当ブログでは記事を読まずにはてなスター頻繁につけに来る人はお断りです

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大人の人たちは間違ったことを言ってもいいから、せめてちゃんと謝ってほしい

「おとなはウソつきだ」 と思った少年少女のみなさん、 どうもすみませんでした。
おとなはウソつきではないのです。 まちがいをするだけなのです……

このブログは、「謝罪」について何回か書いてきてます。


リアルだと謝罪している人は追いつめないという文化があるように思う

世間が狭すぎるからでしょうか、

「相互破壊確証」というか、深く追及すると自分にもブーメランが返ってくるために、

何が問題であったのかを深く追求しないで「なぁなぁ」「お互いさま」「ドンマイ」「みんなの問題として分散」みたいな形で済ませてしまうことが多いですよね。




じゃあ優しいのかというと実際は残酷なケースの方が大きいと思います。

そして、たとえ謝罪(の中の反省)が不十分だと思っても、それ以上追いつめたり追い込まない代わりに、

だまってその人から距離を取ったり、反省して再度挑戦する機会すら与えない、ということになっている気がする。



とにかくリアルでは表面上は怒らない。

「厳しく追いつめるのはひどい」という感覚を持つ人が多い。

はてブでも、とりあえず厳しく批判されたり、多くの人から批判されているのを見たら、

無条件で「そういうのはやめようと」って言い出す人が100人中かならず3人くらい出てくる。

(共感性羞恥に近い感情が作動しているのだと思われます)

ただ、こういう主張をする人たちは、「黙って見殺しにしろ」という態度であることが多い。




その結果、どうなっているかというと、リアルでは


・「ちゃんとした批判能力が育ちにくい」。空気が読めない扱いされるから批判的に物事を見ることが損になってしまう。むしろアホみたいになんでも批判せずに応援しよう、みたいに言ってる人が人気を得ることになる。

      ↓

・間違いを犯した側も、形式的に謝るのが最適ということになり、悪いと思ってなくても謝るポーズだけはとるようになる。きちんと反省を経由した謝罪を学ぶ機会を得られない。自分で学ばなければ、形式だけ謝るところから抜け出せない。
 
      ↓

・批判能力は育たない。問題点を議論する能力も育たない。 間違えた人に、反省を求める代わりに、「反省をもって許す」という仕組みが出来上がらない。

      ↓

このは被害や迷惑を受けている人にまわされる。いろんな間違いは「被害や迷惑を受けている人間」の寛容さに依存して回されることになる。そして、寛容さに甘えて学ばない人や、学ぶ能力が足りない人は、その区別なく問答無用で疎外されることになる。


 
という感じになる。



言い換えると、

①「小さな不快」や「小さな間違い」については深く追求せず許すかわりに間違いを犯した側は、許される代わりに自主的に反省して、そこから自分で学習して、自分で克服することを求められる。


②寛容さが求められるレベルまでは小さな間違いは受け入れられるが、その代わり一度その許容値を越えたら、説明も、反省の機会もなくサドンデス。



③察する力のない人間は、炎上した瞬間に疎外・排除されるということになる。

このように、リアルはなれ合いが目立つうえに、そこから除外された人間にはとことん厳しいという、非常にかったるい空間になっている。


致命的なのは、許容範囲をこえた間違いを犯した瞬間に、即死するような空間になっていることだ。



こういう空間だと、人は大きな過ちをしたときほど謝れなくなる。どうせ即死だから。 設計そのものが間違えている。



ネットでもこういうリアル空間みたいなことをやっていたミニマリスと集団などがいたが、
これはうまくいっている間は良いが、なにか大きな問題が出たときに、自壊する運命にある。







ちょっともう眠いので後はメモだけで。

明日気力があれば続き書いて完成させますが、だめなら記事消します。





逆に、ネットでは「寛容さ」が小さい。 どんな小さな難点でも批判してくる人がいる。 他人だからだ。

そのかわり、リアルと違って、「謝罪」がちゃんとできれば許される。

ネットには、本当は許しのシステムはあると思う。

しかし、受け入れられるような謝罪ができる人があまりいないというだけだ。




「謝罪をしても許さない」ではない。

小さい問題は「へたくそな謝罪」w許してきた反動で、でかい問題について、それを謝罪という形で乗り越えられない舞台が




今、W長谷川の悲劇が話題になっているが、とにかく謝罪の仕方がひどすぎて笑えない。




謝罪の目的は、一度コミュニケーションが閉じた相手とのコミュニケーションのパスをつなぎなおす作業です。

間違っても、謝ったことによって

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