読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

この夜が明けるまであと百万の祈り

私が元気づけられた出来事や作品についてのメモ。最近TED聴き始めました

【スポンサーリンク】

現在だとどうしても「特に大学でやりたい目的もなく、大学行ってもまともな就職できなさそうなFランクラスの人は無理に奨学金を借りて大学に行くべきではない」という結論になる

よほどのアホでなければ分かっていただけると思うけれど一応言っておきますと、これは今現在の制度を肯定しようという趣旨ではありません。むしろ現在のしくみだとどうしても「目的ない人や、大学行っても就職できなさそうなFランクラスの人は無理に奨学金を借りて大学に行くべきではない」という結論になるという点をちゃんと踏まえた上で、じゃあどうすべきかを考えようという話です。


まず現在の奨学金の状況について

ぶっちゃけ安易に「返済不要の奨学金枠の拡充を」って言う意見には賛成できない。

既に今行われている取り組みを良く理解した上で、何が足りないのか、という議論がちゃんとされてるとは思えないから。


このページはよくまとまっていて素晴らしいです。

奨学金事業の推移をグラフ化してみる(2016年)(最新) - ガベージニュース

この数年に限れば、有利子奨学金は人員、金額共に減退の動きを示し、無利子奨学金は増加を示している。この動きについては事業全体として「無利子奨学金の新規貸与者の増員」「経済困難を理由とする返還期限猶予制度の制限年数の延長」「延滞金賦課率のの引下げ」「真に困窮している奨学金返還者に対する救済措置を充実」など、奨学金制度の改善充実を図る姿勢を示しており

無利子奨学金の貸与基準を満たす年収300万円以下の世帯の学生等全員への貸与を実現するとともに、無利子奨学金の新規貸与人員を過去最大の8千6百人増員し、奨学金の「有利子から無利子へ」の流れを加速している。また、返還月額が卒業後の所得に連動する、より柔軟な「所得連動返還型奨学金」の導入に向けて、詳細な制度設計を進めるとともにシステムの開発・改修に着手する等対応を加速している。さらに、大学院の業績優秀者返還免除制度について、学生に博士課程進学のインセンティブを付与し、給付的効果を充実するため、博士課程の入試結果等に応じて返還免除候補者を進学の段階で決定することができるよう改善を行うこととするなど、奨学金制度の改善充実を図っている。

ぶっちゃけ「給費制」の拡大を唱えるのは簡単だが、それをやれば当然そっちの枠を拡大しようとしても給費額は減るし、年収条件などこそ緩和されるかもしれないが、審査基準をゆるくしたりすることはない。

高校までの学費免除と言った制度と合わせ「現行の制度で」すくうべきなのにすくいきれない学生はどの程度いるのかが問題になる。



利子のつかない、あるいは返済不要の奨学金以外は「借金」である

どういう理由であろうが、一度借金をしてしまうとそれはいかなる理由があろうと返さなければいけなければいけません。そこで社会的弱者がーとか言うのはナンセンスです。それは借りる前に言うべきであって、借りてしまった後にその言い訳はできない。

現在の制度は「学資ローン」を「奨学金」と言ってるだけです。もちろん普通のローンよりはかなり金利は良心的ですが、あくまでローンです。借金です。ぶっちゃけ捕捉力やいざという時の差し押さえ強制力は並のサラ金より強いくらいなので甘くみたらあかん。


奨学金だって借金なんだから借りたら絶対返済しなきゃいけなくなる。返せないなら借りてはいけない

自分や親の金で通ってる限りはなにやろうが自由なんだけど、奨学金を借りてるとなると問題だよね。奨学金に手を付けておいて真剣に就職を見据えないってことは、言い換えれば真面目に返済を考えずに借金をしたってことだよ大学生活に限らずだけれど、自由でいたいなら誰かに金なんて借りちゃだめだよ。金を借りた時点で何かしらの縛りが発生するのは当たり前。

確かになんとなく大学に進学してなんとなく奨学金を借りてる学生が多いのだろうけれどね。でも正当な手続きを経て金を借りてしまったら、「教わらなかった」「そんな覚悟はなかった」なんて絶対通用しないってことだけは事実。実際、奨学金を借りる時に散々しくみを説明されるし。その上で判断がつかない人は絶対金なんて借りちゃダメだよ。

とにかく金を借りるなら手段と目的をはっきりさせることだね。目的もなく借金を抱えるとか意味がわからないから。目的も金もないなら大学なんて来なきゃいいよ。

借金をするということは非常に重いことです。金を借りてる間は、その相手に人生の選択権を制約されるってことです。そういうリスクを背負ってでもやりたい目的があるから借りるのだ、という話であるべきだと思う。

その重さを十分に理解せずに軽い気持ちで「奨学金」を利用し、その上で返せませんという側を擁護する気にはあまりなれません。借りる前にその仕組がおかしいというのはいいけれど、借りた後に「やっぱりその制度おかしいから返さない」は絶対に無理です。そんなやついたら一発で信用ゼロになります。


あんまり「良い借り手」「悪い借り手」を私が勝手に線引しようとすると長谷川豊かになってしまうのでやりません。ここではとにかく「リスク」がある行為だよという話に留めます。



奨学金という名の借金は「レバレッジ」である。つまりリスクが大きい行為。そのリスクを取ってどういうリターンを求めるかは借り手の取り組み次第

借金が悪なんじゃないよ。借りたお金を活かしてそれ以上のリターンを得られるなら立派な投資だし、活かせなければ負債が残るだけ。

http://www.nicovideo.jp/watch/sm29698589

借金」をすること自体は全く悪いことではないです。借りたお金で時間を買って、その時間を使って何をするかはその人次第。



みんな現在の奨学金を安易に批判するけれど、ぶっちゃけ一般家庭を対象として考えたらめちゃくちゃ良心的というかガバガバなんだよね。


ここがガバガバだからトラブルが起きやすい。


むしろなんの信用もない、親の信用保証も十分でない学生に対して、月5万とか8万を簡単な審査で、しかも低金利で貸してくれる制度など他にはまずない。流石に返済不要な奨学金や利子なしの奨学金は条件が厳しかったりするが、それでも社会人がお金を借りるのとは比べ物にならなくらいゆるい。

大事なことなので二度言うけれど、奨学金以外でこんな好条件でお金を借りられることはまずない(つい最近まで超低金利だったから金利面でのありがたみはかなり薄れてたけど、それでも審査の寛容さはやはりスゴイ)



よほどの優良顧客だけを相手にしているか、よほど取り立て力に自信がなければ狂気の沙汰である。



で、実際大半の人間は厳しすぎない条件でお金を借りることができるから、きちんと返済もする。そうでなければ1兆円もの規模の取り組みを継続はできないです。





借りる側の意識がしっかりしていればよいのだけれど、時に借りる側は貸す側よりもはるかに意識がゆるいことがある。奨学金を借りているにも関わらず留年して就職を逃したりする人間もいる。お金の貸し借りってそんなにゆるくて良いわけがないわけで、これでトラブルが起きない訳がない。



このときに、ネットの議論だとなぜかお金を化している側ばかりが責められるのは本当に不思議だ。



貸してる側が強者で借りてる側が弱者だという単純な図式で考えすぎだと思う。これ、本来はお互い様なのだ。「学資ローン」は別に慈善や学生援助事業ではない。日本は学資ローンの大部分を独立行政法人であるJASSOがやってるせいでややこしくなっているが、これは貸す側にとっても借りる側にとっても「投資」であり「事業(プロジェクト)」である。 貸す側は、借り手に投資(融資)をすることでその利回りをもらうことが必要だし、借り手は借りたお金をより大きなリターンにつなげて、元金を返してもなお余剰が発生するように努力する必要がある。そういうやり取りなのだ。



どちらかが一方的に悪いというわけではない。これでもなおトラブルが起きたときに貸し手だけが責められるのであれば、貸し手は、問題のある借りてには金を貸さないとようにするしかない。実際に奨学金以外はそういう風になっている。

奨学金は学生だけに許された「超有利な条件のレバレッジ」と考えて有効活用する

奨学金は、大学入学までの時点でそれほど信頼がないような人間でもお金を貸してくれるわけだから、後はそれをどう使うかは借りる人間の責任になる。

冒頭で述べたように、そもそもお金を借りると言うのは大変なことなのであって、200万~300万クラスのお金を借りるのに、その重大さを考えていないというのはやばすぎると思う。




奨学金をもらって大学に行くなら」それ以上のリターンを得るためにそれなりの覚悟が必要だ

上みたいなことを言うと、大学に行くのは学問のためだとか、遊んではいかんのか、という話をする人がいますけれど、当たり前ですが学問も頑張ればいいし余裕があればどんどん遊べばいいです。ダメとか一言も言ってません。でも、それは最低限「就職するなりなんなりして金を返せる見込みを確定させた上で」やるべき。

金を借りた以上は、優先事項は常に金を返すことが1位になります。その上で遊ぶなり学ぶをする。というかぶっちゃけこれらは全部繋がってるので意識の持ち方をどう変えていくか、という話になるでしょう。




学資ローンそのものの正当性と、貧困層の進学援助問題は全く別

言わなくても分かってもらえると思いますが、ここまでしてきたのは「個人がどう考えるべきか」の話「現在」の話です。

「社会」の話や、現在ではなく未来や理想、正義の話はしてません。

貧困層の進学は別途考えなければいけないし、社会全体としてどういうしくみが良いのかを考えることも必要です。でも、個人としてどう考えるかはそれとは全く別の話です。少なくとも私はそう思います。社会の話については多くの統計を元に語る必要があるので私には手が余ります。



なんだこの本は……言ってること無茶苦茶だと思うけれど逆に気になる。