この夜が明けるまであと百万の祈り

とあるマンガ好きの備忘録です。私が元気づけられた出来事や作品について少しでも共有できたら嬉しいです。 ※記事を読まずにはてなスターを押して回る行為はお断りしております。

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ポリコレ主張するときは私は、を主語にしよう

とある雑なポリコレ記事に対して

 

◇「嫌だ」ならいいけど、「嫌だと思う人がいそう」という発言は自由の敵

◇自身の不快感をそのまま吐露するのに引け目があるので便利なマジックワードを掲げているとしか思えない

 

というツッコミコメントがあった。その通りだと思う。私もこういうの嫌いだ。自分がそう思って自重するのはいいが、他人にその理屈で通じるなと思ってる人は好きになれない。

 

 

なにがいけないかというと。主語の転換です。

「私が嫌だ」ならいいけど、「嫌だと思う人がいそう」とか「性犯罪を助長しそう」みたいな発言をする奴は、他人を殴っておきながら自分は他人を殴る責任から逃れることができてしまう構造なのですね。意識してか知らずかは関係なくこういう形の表現は好きじゃない。

 

 

ネットでポリコレ主張する方々はすぐに過剰に暴力を振るう人が目立ってます。自分の発言責任から解放された人って、たとえモラルを主張する側でもすぐに言いすぎる。すぐに過剰な人格否定を行うなど、簡単に限度を飛び越える。そう言う光景を山ほど見てきました。

ポリコレ棒などと揶揄されるのは、高度なところで人としての道理を説くはずの人間が、なぜかもっと初歩的な段階で人間的なモラルを逸脱しちゃってるという皮肉めいた状況があるからだと思うんですよね。私も「言葉で話し合える段階から無言で棍棒を取り出して殴ってくる」みたいなイメージの人が何名かすぐ頭に浮かびます。

 

 

なので、私としてはこういう表現を見たら積極的に「それはあなたの意見ですよね?」「主語はあなたですよね」「あなたの責任において発言されたもので、他の誰でもないあなたの信念ということでよろしいですね?」と確認していきたい所存です。

 

 

 

私はポリコレ自体はともかく、ポリコレ集団が気に入らないのですが、なにが一番気に入らないかってとにかく「主語が自分ではありません」みたいな表現の部分。  言ってる内容は納得できることも多いけど、その表現方法が気に入らない。表現方法は割とその人の性質を決める部分だから、乱暴な言い方をするなら、その人の人格そのものが気に入らないということになる。「言っていることはわかるがお前のことが気に入らない」だ。

 

多分、ずっとそんな言い方をしてるからか、何割かの人は本当に自分が主語だと思ってないだろう。そういう人の言葉には耳を傾ける気にはならない。主語のない言葉と増田はまともに扱う意味がない。

 

他人に何か言うなら、せめて「私は」と言わないと相手にしてもらう資格はないよと私は私のブログが相手にされない理由を理解しながら書いています。

 

私のブログは借り物の言葉ばっかりだからなー。