この夜が明けるまであと百万の祈り

とあるマンガ好きの備忘録です。私が元気づけられた出来事や作品について少しでも共有できたら嬉しいです。 ※記事を読まずにはてなスターを押して回る行為はお断りしております。

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ブログに対する反応をどう受け止めるかは自分で決めたらええねん。

適当に作ってみた。 この表については後で説明します。

自己評価 親しい人間の評価 第三者(素人)評価 第三者(有識者)評価 数値評価
抵抗感
客観性
論理性 △~○
改善の促進性
改善の具体性 ☓~△

記事を書いて炎上した人というのは高確率で「批判」の受け止め方みたいのを書く。私は特に炎上したことはないけど「批判」に対する受け止め方みたいなことを書いたことがある。ただ、自分もやったことだから厳し目な言い方をするけれど、はっきり言って無駄な行為だなと思う。以下ちょっと自虐をこめて書いてみる。




(1)
よくあるのは、批判と罵倒みたいなのを分類して、私は建設的な批判だけ受け取ります、みたいなことを言い出す人だ。

これは別に無駄とは言わないが、他の人にとっては何の価値もない。第三者からの反応にコレは批判でコレは罵倒という客観的なライン付を厳密に行うことは無理であるしそんなことをしても手間の割に得られるものは何もない。なぜなら、それは自分の受け止め方次第だからだ。それはつまり自分の主観だ。自分の主観は、他人のそれと完全に一致することは出来ない。だから、雑でいいし、雑にするしか無い。

「評価」は「評価」でしかない。それを「批判」とか「罵倒」と処理している時点でそれはすでにバイアスがかかっている。そして、それで全然問題ない。客観的である必要など無い。そこで変に私は冷静です、客観的に物事を見ることが出来てます、みたいに振る舞おうとするからおかしくなるのだ



(2)
あと、はてなブログではじめて炎上を経験した人、視野の狭い頭の悪い人であればあるほど「はてなの特殊性」を取り上げてギャーギャー言う。こういう人たちに限って、はてなの特殊性とは何か、ということを考えている人はいない。彼らにとって「はてなが特殊」というのは原因ではなく結果らしいのだが、「はてなはこんなにも特殊である。なぜならはてなは特殊だからである」みたいなことを長文で語っている人を見るとちょっと気まずい。自分は論理的な考えをしてるつもりで、その論理性のなさを滔々と語っているだけだからだ。自分もたまにやるけれど、気づいた時に恥ずかしくなるし、他人のそれを読んでも恥ずかしい気持ちに成る。



(3)
最悪なのは、「相手の内面を忖度する」パターンだ。これはもう説明しないが、本当に最悪である。炎上するような記事を書いた人が批判された時に「こういうことを書いている人は嫉妬してるんでしょうね」みたいな表現が出てきたときのがっかり感は異常だ。このタイプの人は、ある意味一番真実に近くて一番真実から遠い。自分で受け取り方を恣意的に決めてるのに、そのことを自覚できない。そこまでやるなら、相手がどうであろうと自分はこう受け取りますよってはっきり言えばいいのに自覚がない。バカとしか言いようがない。




大事なのは、「相手の反応をどう受け止めるかを決めているのは自分だ」ということ。なんか決まった基準があって、そのとおりに処理しなきゃいけないとかそういうことはない。どう反応するかも自分で決めたらいい。

とにかく、主語は自分だ。そういう反応を見て自分がどう思ったかを語ればいい。

別に無視したければすればええねん。そこで変に決まったルールがあると思ったり、客観的でなければならないとか相手が悪いんだから自分は悪くないとかいい出すとおかしなことになる。それは、相手の言葉に、自分のコントロールを譲ってることになる。そこで一生懸命相手を主語にして、相手の発言を立てて、とかやるべきではない。それをやるのは、自分に余裕があるときだけでいい。相手の言葉を逆手に取って「カウンター」を決めたい時だとか相手の言葉にリスペクトを感じられて、相手を主役にした話を喜んでしたい時だけでいい。

基本的には自分が主である。 そう考えないとしんどくてやってられんでしょう。




と、ここまでが大前提です

他人の反応をどう受け止めるかは自分次第。自分なりの基準を持って外の反応と向き合ったらよろしかろうと思う、という話ですね。




さて、そのうえで、冒頭の図の話を最後にちょっとだけしとく。
どうしても「相手」によって評価を分けようとするなら「関係性」と「それによってもたらされるもの」、つまり自分の目的、という二軸で考えることを提案したい。

適当に自分の中で分類したらこんな感じ。

自己評価 親しい人間の評価 第三者(素人)評価 第三者(有識者)評価 数値評価
抵抗感
客観性
論理性 △~○
改善の促進性
改善の具体性 ☓~△

まぁ、とりあえず言いたいこと。

はてブ」やTwittern反応なんてのは「第三者素人評価」なのです。まず、親しくない人の意見に「抵抗感」が強いのは当たり前です。第三者すべてに親しい人と同じ反応を求めるのは頭おかしいです。匿名実名問題とかそんな話じゃありません。そんなこと言ってる暇があったら信頼づくりや関係性作りの努力した方がいい。


次に、素人の第三者の意見は、役に立つものだけ利用する、なんてのは当たり前です。 彼らの客観性は自己評価や親しい人間の評価より若干ましって程度であり本気で何か変えたり動くことを考えてるなら、そりゃ金払って専門家や、せめてネットでも「この人すごい」って思った人に相談したほうが良いです。良いコメントがある方が珍しいと考えておくべき。期待しすぎない。「はてブのコメントは無責任だ」とか「彼らは無責任だ」とか「彼らの発言のせいで好きが潰れる」とか言ってる人いますけどそもそも期待しすぎ。はてなに限らず、周りの人間は他人にすぎない自分に対しては辛辣だし無責任です。


「誰から反応が欲しい、誰からの意見が聞きたい」はもうちょっとちゃんと考えたほうが良いと思うそういうの考えずに、というかブログの読者が人間であるということを考えずに、しょうもない方法でPV増やして喜んでるアフィカスと互助会としょうもない煽りタイトルで中身スッカスカの炎上ブロガー連中って有害でしか無いと思うのでさっさと消えて欲しいです





はてなブログで炎上するような人たちの記事を読んで感じるのは、彼らが単純な1つの軸しか持たないこと、そして、その分類は善悪二元論並に単純であり、しかも根拠なく自分側が善の側にいることだ。「単純」というのは時に武器になるが、こと炎上するような人に関してはそれはただただ「雑」ということになるであろう。彼らのブログを読んでいると、長々と書いているわりに、結局言ってることは

味方
言葉が丁寧 良い反応 悪い反応
言葉がきつい 一応聞く 罵倒だから聞かない

この程度の分類にしかなってないということが多い。

そういう雑すぎる認識だから「互助会」みたいな空気を作っちゃうんだよ、って思うのだけれど。いやまぁ、ネットなんか気持ち良い人間関係だけ作ってればいいとも思うし、この程度の認識でも良いのかもしれないけれど、それならそれで、身内だけでひっそりやってればいいと思う。わざわざ多種多様な人の目に届くようなことをしておいて、こんな雑な認識で「良い反応」だけを求めてりゃそれやしんどいと思うよ……。私は、コミュニケーション能力が極端に低く、そういうコントロールが出来ないからあんまり「第三者」の目に、内輪ノリの話を見せつけるような無神経なことをできる彼らのことが理解できない。

有名だけれど長生きしてる人って、このあたりの認識がすごく精緻で、かつコントロールがすごい上手いよね。心の底から羨ましいと思う。尊敬するかというとそうでもないけどでもとにかく羨ましい。