この夜が明けるまであと百万の祈り

私が元気づけられた出来事や作品についてのメモ。最近TED聴き始めました

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「うみねこのなく頃に」アニメェ……

マンガ版をきっかけに原作を読み直し、作品の価値はある程度理解できる状態になり、さらにニコニコ一挙無料放送で「ひぐらしのなく頃に」を見て(アニメカット部分が多いのは残念ながら)ちゃんと楽しめたので、「うみねこのなく頃に」アニメも見てみたのですが……。

うー。これはひどい。うー。

一応頑張って全部見ましたが、これは他の人にはオススメ全く出来ない。素直にマンガを読みましょう。

※このあとひたすら愚痴が続きますので、そっ閉じ推奨




事件のトリックがわかった状態で見れば楽しめるかと思ったけど、そういうレベルでなく、このアニメは見るのが辛かった。「おおかみかくし」よりはマシかもしれないけれど、とにかく楽しくなかった。

ひぐらしのなく頃に」と違って売上が爆死したという話は知っていましたが、これは仕方ないと思います。もともとウザかった真里亞がアニメだとウザさ100倍増しになっており

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その他のキャラも声優さんは頑張っているなと思ったけれどその頑張りが逆効果というか、登場人物のクズさが引き立ちすぎてドン引きしてしまった。そうなんだよね、この作品、EP4まではバトラ視点によって多少緩和されてるけど実際は登場人物の大半はクズなんだった……。

そして、魔法の世界の住人の演出が、アニメだと本当に寒い、、、寒すぎる、、、、、、ひぐらしのときですら思いましたが、竜騎士07さんのセンスは独特すぎるので映像化したらアカン(真実の赤字)


出来が悪いというわけではなく、むしろ忠実に原作を再現するという意味では出来が良く、しかし原作そのものがアニメと相性が非常に悪かったために、見ていて最高にストレスがたまるアニメになってしまったのが残念。


原作の異常なまでのテンポの悪さは、アニメでも解消されなかった感

もともと竜騎士07さんの作品は、冗長に冗長を重ねたような長口上であったり、やたらと過剰な演出が特徴です。これ自体は作者の持ち味なので良いも悪いもなく好み次第ではあるのですが、アニメ化するにあたってはだいぶ邪魔になってしまったように思います。

とにかくキャラがくどい。まず登場人物が多いからしょうがないけれど、薄味の人物紹介だけで1話ほぼまるまる消費され、さらに物語が盛り上がって気持ちが作品に入り込む前から真里亞の「うーうー」がうるさくてイライラさせられる。背景説明が十分になされないまま親族会議が始まると、もうどいつも醜く罵りあうだけで、これなにが楽しいんだ、、、となってきて殺人事件が起きる前にテンションが下がってしまう。

しかも、ここまでで尺を使いすぎてしまったせいか、殺人事件の描写は逆にあっさりしていて、その後の部分があまりに淡々と片付けられてしまって、この作品は一体何をやりたいんだ……となります。これはアニメスタッフが悪いというより、あまりにも原作がアニメと相性悪すぎる。


ひぐらしのなく頃に」と違って、事件が起きなくても人間関係が壊れていて楽しくない

この作品は、最後までやって、しかもちゃんと作品の構造を理解しないと評価がくっそ低くなるのが当たり前だ。私も最近になってちゃんと読み直すまで、うみねこは失敗作だと思ってた。

この作品は、導きたい結論が「魔法エンド」であり、そこから逆算して作られている。「手品エンド」を選択肢として用意しているが、これは明確に不正解という扱いだ。むしろ、プレイヤーに自らの手で「魔法エンド」を選ばせる。縁寿が「魔法エンド」を選んだことを納得させる。これが作者の目的です。このために、この作品に於ける真実は徹底的に「この作品における魔法のしくみとその目的を理解した上で受け入れる必要が生じるほどに救いがない」ものとして描かれることになるわけです。この「救いがない」部分だけを集めたのがアニメで描かれる部分なのですから、まぁあんまり楽しくはならないですよね。


実際、事件の真相だけでなく、事件が起こる前の人間関係がすでに最悪なのである。真犯人から見れば、右代宮家の面々は「全員を殺しても構わない」と思っている。むしろ「右代宮家の全員は道連れにしてあの世にいったほうがみんな幸せだ」くらいに思っている。*1
「楼座と真里亞の関係」が代表的であるが、ヤスから見ればそれ以外にも右代宮家の大人たちはみんな醜い存在に感じられていた。郷田や源次ですら許せない対象だった。


そういう人間ばかりを集めているわけだから、雛見沢症候群などのルールXYZさえなければみんな実はいい人、という「ひぐらしのなく頃に」と違って、見ていて心が休まるような、楽しいやりとりというのがほとんど発生しない。「楽しい日常があってそこから急転するギャップ」というわけではなく、事件以外の部分でもあまり仲良くない家族の様子を見せられ、そして殺人事件が起きる。そんなことになってもあまり読者としてテンションが上がらなかったりします。「ひぐらしのなく頃に」のときは親しかった人が豹変していく様子が非常に「怖い」という感触を強く持ちましたが、この作品は、そういう怖さみたいなものは全然感じず、ただただ謎がどんどん積もっていってストレスを感じながらプレイさせられるわけですね。


作品の価値やメッセージは出題編の時点では理解することができず、徹底的にいやらしい描写ばかりになってしまう

しかも、この作品は作品構造からしてプレイヤーに対して不親切なのですよね。

EP2~EP6は、すべて縁寿のために書かれた作中作である。(EP7だけは答え合わせとしてプレイヤーのために描かれている。)

「真実を知ることを放棄して、幸せな嘘で世界を上書きする」ことを選ぶことが必要だと縁寿に納得させつつ、一方で、六軒島の人たちの名誉や縁寿の心を守るため、「作中世界の読者から真相を隠す」という2つの目的を持って用意されている。つまり、すべての読者が読んですっきり答えがわかるようなお話は用意できない。

つまり、この作品は(少なくともEP6までは)もともと読者のための物語ではなく縁寿というたった一人の個人のために描かれた物語であったし、むしろ(作中の)読者という存在は、EP2~EP6の作中作を描いている作者からしたら敵に近い存在なのですよね。その結果、EP8でも、それまでプレイしてきたプレイヤーよりも作中で縁寿が幸せになることを優先して読者は置いてけぼりにしている。これはわざとそうしていると言える。

この作品構造を理解し、縁寿が心から魔法エンドを選んだ時に、初めてこの作品に意味が生じるし、逆にここまで行かないとひたすら煙に撒かれているように感じてしまう。ハードル高いよね……




声優さんは間違いなく良かったので、こちらはちょっと欲しくなってしまった……

他作家で例えるなら麻耶雄嵩の「夏と冬〜」「木製の王子」「神様ゲーム」等を彷彿とさせてくれる非常に刺激的な作品です。
そして清涼院に代表される初期メフィスト賞受賞作が内包していた、ミステリーというジャンルの限界にチャレンジしているかのようなパワーが有ります。

*1:EPISODE4の振り返りのところでネタバレしているが、ヤスは実際には殺人事件は起こさない。ヤスが計画した殺人事件はすべてバトラに自分の謎を解かせるための狂言である。であるから、実際にEP1~EP4で描かれるような酷い殺し方をするほど誰かを恨んでいるわけではない。ただし、譲治か戦人と結ばれなかった場合は爆弾で全員を殺すことにはかわりはない。