この夜が明けるまであと百万の祈り

私が元気づけられた出来事や作品についてのメモ。当ブログでは記事を読まずにはてなスター頻繁につけに来る人はお断りです

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ネットにおいては同じ話題でも情報格差が大きすぎると全く意見が異なってくるという話


当たり前なんですけどね。


後、縦軸だけじゃなく横軸についてもすごいばらつきがあるわけで。



右翼と左翼だと、知識のレベルは別方向にそれぞれ高いけど全然交わらなかったりねー。



で、多分、この当たり前が全然当たり前のこととして共有されてない感じはある。



よくネットは議論に向かないって話がされる時、アーキテクチャーの方向の話になることが多いけれど、こっちの問題のほうが大きいかなぁと。



全然情報量や範囲が違うのに、そのことが全く考慮されてない。

すぐに「意見が違うイコール即相手がアホとかバカ」みたいなこと言いだし始める人が出てくるよね。

はてなブックマークとか見てたらネット限定とは言え「ツェリードニヒ」と同じようなこと考えてそうな人時々見かけるし。
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あと、男と女の話とか、発達障害の話も同じ。

基本的に男と女で全然持ってる情報が違っていて、そこから導き出される答えも違うって発想が全くできない人が多すぎ。

んで、情報を共有できる人間どうしの間だけで群れて、「自分と同じ情報を共有していないから違う意見になっている人」たちを、「私の言ってることがわからないやつはアホ」論法で切り捨てて気持ちよくなって終わりっていう人ばっかり。

バニラ・エアの話とか見てると、「差別は良くない」みたいに言ってることが単純な層って

そもそもこいつ今回の事件どんだけ理解してるんだ?とか

そもそも個別の問題についてちゃんと詳細を知ろうとする意思があるのか?って感じてしまう。

前の記事で書いたけど、

個別の話をしている時に「一般論」の話をする人は邪魔だし、

「一般論」のレイヤーの話をしている時にやたらと個別の話を強調する人も邪魔。




まぁそういうわけで。

まずお互いに、どこまで情報を持っているのかのすり合わせができるといいけれど、

まぁそこまでいかなくとも、自分の意見と違うこと言ってるやつがいた時に

「なんかこの人と私って、前提が違うんじゃないの?」ってことくらいは考えたほうが良いと思う。

んで、「もしかして相手の方が情報量が多かったり、相手が自分の知らないことを知ってたりした場合、自分恥かく可能性がある」みたいなことがちょっとでも頭の片隅にあれば、今現在の過剰な攻撃性は少しくらいは和らぐかもしれません。



なんにせよ、攻撃性が高すぎる人の殆どは、反撃されることを想定していないか、自分が最強だと勘違いしてるかのどっちかなので

攻撃性が高すぎるというだけでちょっと警戒して良い。

私のことも、攻撃性高いって感じなら距離を取ってもらったら良いと思う。