この夜が明けるまであと百万の祈り

とあるマンガ好きの備忘録です。私が元気づけられた出来事や作品について少しでも共有できたら嬉しいです。 ※記事を読まずにはてなスターを押して回る行為はお断りしております。

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「君たちはどう生きるか」マンガ版は、大人こそ是非読んでみて欲しい

マンガ版が出ていたので久々に読みました。懐かしい。

1937年に出版されて以来、数多くの人に読み継がれてきた、吉野源三郎さんの名作「君たちはどう生きるか」。
勇気、いじめ、貧困、格差、教養、、、昔も今も変わらない人生のテーマに真摯に向き合う主人公のコペル君と叔父さん。二人の姿勢には、生き方の指針となる言葉が数多く示されています。

漫画 君たちはどう生きるか[Kindle版]

吉野源三郎,羽賀翔一 マガジンハウス 2017-09-19
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by ヨメレバ

中学生になった頃に親にプレゼントされて読みましたが、全然ピンと来なかった作品です。今読むとすごい面白く、また得られるものが多い作品であることに気づきます。なので、この作品、まず大人の人が読んでみて、その価値を理解した上で、子供がこの本と良い出会いができるように手助けしてあげてほしいなと思います。大人が読んでも面白い、というより、お子さんをお持ちの大人こそ読むべき本でしょう

子供たちにプレゼントするより前にまず大人が読んで欲しい本

一般的に教育関係書の部類に属すると思いますが、「大人が子供に接する際の考え方」として、むしろ大人が読んだ方が非常に学びが多い本だと私は思います。


なぜなら、この作品は、書いている内容が大事なのではなく、物語の中で書かれている大人と子供の関係性が大事だと思うからです



この本は子供である「コペル君」ともと編集者の「おじさん」の間のやりとりが主になりますが大人であるおじさんが一方的に子供である「コペル君」に教えていくような教え方はしません。


メインはあくまで子供である「コペル君」の方です


コペルくんは、学校生活や友達との関係をもとにいろんなことを感じ、考えます。これをおじさんはバカにすることなくむしろ宝物のように大事にして扱う。大人が上で、子供が下という関係ではない。大人が正しいことを知っていて、子供の間違いをただす、みたいな態度はしない。もちろん、コペル君が思いついた話などは大人である「おじさん」からすれば知っていることなんだけれど、子供であるコペルくんの感覚を尊重して、あくまで彼の言葉や彼の考え方をベースとしてそこから話をつなげたり広げたりしていく。




コペルくんが自分で考えて自分で名前をつけた法則についてそれを「子供のたわごと」と聞き流さない。この積み重ねによって、子供であるコペルくんが「自分で考えること」を推奨し、勇気づけている。



「子供が自分で感じたり考えたりすることを邪魔しない」ができるか?


コペルくんは作品の中で、学校でのいじめ問題に何もできなかったこととか、友達との間でトラブルがあって落ち込んでしまったりとか、いろんな悩みごとにぶつかる。大人からしたら大したことではないことでも、子供の視点からはそれこそ「そのまま死んでしまいたく成る」ような重大な問題ばかりです。


コペルくんがそんな大きな悩みに打ちひしがれても、おじさんはすぐに正解を教えたり、助けたりしない。ちゃんとコペルくんが苦しんでいることを理解しつつ、子供だからといって甘やかしたりしない。子供である「コペル君」が若くして家業を手伝っている浦川くんを見てショックを受けているときも「君はまだ消費者でしかないことは自覚しなくてはいけない」など、厳しいことばを投げかけたりもする。そして、コペル君がおじさんに助けを求めても、「君はどうしたいのか?」「君はどう考えているのか?」とまずコペル君の考えを確認する。



これは思ったより難しいことだと思うんです。



親だったら、子供が困ってたらとにかく助けたいと思うだろうし、それは何も間違いではない。ただ、あまりこれをあまりやりすぎると、子供をスポイルしてしまうことにもなりかねない。そのつもりはなくても、「正解がある」「お前の考えは間違いだ」「子供は大人の言うことに従っていればいい」「お前は何も考えなくていい」と子供が自分で考える気持ちを挫いてしまいかねない。



だから、おじさんは子供をすぐに助けてあげたいという気持ちをグッとこらえる。コペルくんが悩んでいるときでも、コペルくんなら乗り越えられると信じて見守り、必要最低限の手助けだけをする。
(※これは、おじさんが「コペルくん」の父親でないという関係性がうまく働いているのかもしれない。コペル君の父親は物語開始時点ですでに亡くなっており、おじさんはコペル君の父に、息子の成長を託されているが、再婚して父親になったりはしない)



こういう、「見守る大人」「子供を主役にしてそれをそっと支える大人」という関係のあり方の姿を見ながら、作品のおじさんと一緒に「子供が生きていくためにどういうことを子供に考えてほしいのか」を、大人の人達に考えてみる、という読み方ができると思う。




子供に「自分で考える」という行為を推奨し、その勇気を与えることの重要性は今の時代のほうが大きい


この作品が書かれた時代は古いけれど、作品の重要性は今のほうが大きいかもしれません。


作品が書かれた当時よりも今のほうが「自分で考えること」は難しくなっているし、だからこそずっと大事にしなければいけない、と思ってます。


今はネットが当たり前の時代であり、なんでも検索すればすぐに答えが見つかってしまいます。そういう時代では、自分で考えるのは非効率だし馬鹿らしい、ってなってしまいます。ますます「自分独自の考えを持つ」「自分の頭で考える」という気持ちを子供が持ちにくくなっていると思います。子供である限りは自分で考えるな、大人の言うとおりにしておけ、周りの空気に逆らうな、と自分が薄くなっていく。


こういう状態について何もせず放置してしまうと、あなたの大事な子供が「人生の大事なことには無気力になり、ゲームなど大人から見て非生産的なことばかりやっている」ようになってしまうかもしれません。そうなってから「近頃の若い者は」「うちの子はやる気がないの」などと嘆くようなことを言うのは、あまりに大人として格好悪いじゃないですか。



今は、知識面では大人と子供の差は埋まりやすい、「子供だまし」「子供扱い」は通じにくくなっています。むしろ真剣に「子供が自分で考える事」を応援してやるようなことが必要になってくると思います。


404 Blog Not Found:「悲しいけどこれ商売なのよね」 - 書評に代えて - 機動戦士ガンダム THE ORIGIN

ガンダムが日本の「物語産業」において史上空前のヒットになった理由が、ここにある。「子供だまし」を商売とする「大人の事情満載」の環境であるにも関わらず、富野由悠季は視聴者をガキ扱いしなかったのだ。玩具の販促である以上、「かっこいい兵器が縦横無尽にかけまわる」宇宙戦争は譲り難い。しかし勧善懲悪とはほど遠い、正義と正義の戦いである戦争というものを、「知識はまったくなく、知性は無限にある」視聴者にガチで示したのだ。ファーストガンダム以前に、主に未成年である視聴者をこれほど一人前の受け手として扱った作品を、私は知らない。

この作品はその大いなるヒントになると思うのです。「アドラー心理学で説かれる子育て」や「わが心のフラッシュマン」とあわせて大人にこそ、読んでほしいです。



折角の機会なので、久々に音読やってみようかなと思います。