この夜が明けるまであと百万の祈り

とあるマンガ好きの備忘録です。私が元気づけられた出来事や作品について少しでも共有できたら嬉しいです

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さわぐちけいすけさんが語っているのは「怒りをごまかす方法」であって「怒らない方法」ではないよね。

「平気でうそをつく人たち」について 「悪性のナルシシズム」という言葉を知ってもらいたい - この夜が明けるまであと百万の祈り
邪悪な人たちと精神的に病んでいる普通の人との間の違いは、邪悪な人たちがある特殊なタイプの苦痛から逃れようとするところにある。
邪悪な人たちは、一般的な意味での苦痛からの逃避者、つまり怠惰な人間というわけではない。それどころか彼らは、ご立派な体面や世間体を獲得し維持するためには人並み以上に努力し、奮闘する傾向がある。彼らに耐えることのできない特殊な苦痛とはただひとつ、自分自身の良心の苦痛、自分自身の罪の深さや不完全性を認識することの苦痛である。


うーん。これ、ダメでしょ。

「7つの習慣」曰く、刺激と感情の間には自分の選択という部分が挟まっており、その選択は自分の自由にできるのだから、怒るか怒らないかは自分の意思で決められる、なんて話があります。そういう話は理屈では分かってますが、あんまりそういう話を安易に広げないほうがいいと思うし、ましてそれが出来ない人を安易に「怒りっぽい人」として切り離すのすごい危険なのでやめたほうがいい。

これ、一見害はないように見えるんだけれど、このタイプは長期的に見るとすごい害があると思うので、ちょっと苦言を呈しておきたい。


さわぐちけいすけさんが語っているのは「怒りをごまかす方法」であって「怒らない方法」ではないよね。

これすごい大事なことで、さわぐちけいすけさんが書いてる内容って「怒らない方法」ではないんですよね。

「こういう状況で怒るのは無駄だ」「怒るのは良くない」と言うかたちで制御・抑圧している。

単体でみればこれ全然いいと思うんだけど、あんまりやりすぎるといいことないと思います。




「怒らない人」「円満な夫婦」「やせた私」みたいなのを売りにしてる人は、「そうあらねばならぬ」呪いを自分に課し、「そうでない人」を憎むようになる

さて、さわぐちけいすけさんのツイートを見ていると

「商売のコツ」系の本を書いた経営者は9割は、そこがピークに成る原理ってのを思い出します。

そこそこ成功した経営者が、ノウハウ本を書いたりします。そうすると、なぜかその経営者はそこまではうまくいってたのにそこから急にダメになるケースが多いのです。

なぜか?

対外的に「うちはこういう方法で成功してます」って言うのを売りにすると、その方法に縛られちゃうことが多々あるからです。

会社とは多くの人間関係の集積であり、そして人間関係って流動的なものであるから、常に最適な方法って変わる訳ですが、下手に営業方法とか社内の管理方法を対外的に知らしめ、それを売りにすると、そういうことを言った手前なかなか自分たちのやり方を変えられなくなり、柔軟に対応できなくなって硬直化していく、みたいな話ですね。



さて、さわぐちけいすけさんですが。すごい安易にコツとか語っちゃってますけど、そんな装備で大丈夫か?と不安になりますね……。

今後ちょっとした夫婦間の問題さんやちょっとした怒りに対して、自分が提示した方法ですべて解決できなければならないことに成りますよね。

最初は本当にそれが自然に出来ていたとしても、それを売りにして、方法論を固定してしまうと、それは枷になる。

これって、最初は安易に考えてるかもしれませんが、思ってる以上にしんどいです。

ちょっとでも本心でないなら、ちょっとでも無理してるんだったら、さっさとギブアップしたほうがいいと思います。

ちょっとでもうまくいかなくなったときにそれを認めにくくなるから、そういうのを対外的にごまかすように成るから。

しんどいならやめればいいんだけれど、そういうキャラとしてチヤホヤされることに慣れてしまうともうやめられないでしょ?

夫婦円満の秘訣を語った人」「怒らない人」ってので売りにしてると、夫婦の問題や怒りを表に出しにくく成るでしょ。

そういうのずっと続けてると、どっかで分裂症みたいになるか、「ごまかす」ことばかり特になっちゃうリスクが高いと思う。




その結果どうなるかというと、こんな感じになってしまうケースが多々見られます。

インターネットの「平気でうそをつく人たち」 - いつか電池がきれるまで

①この人の場合には「円満な夫婦」「仲良し家族」をセールスポイントにして商売してきた

②自分を美化しようとしすぎて、かえってウソのミルフィーユ状態になっているのって、自分ではわからないのだろうか。

③こういうタイプの人に「子どものために、自分を抑えて、仲良し夫婦、良き母親を演じ続けろ」というほうが無理筋だろう。その抑圧は、子供にかえって悪い方向に発散されるのではないか。

④人生を切り売りすることを否定するつもりはない。いまは、そういう時代だから。だからこそ、その「商品である人生」を嘘で塗り固めるのは不誠実どころか、経歴詐称や産地偽装と同じだ

さわぐちけいすけさんはまだそこまでひどくはないですが、そうなりそうな危険性を感じるので、今のうちに軌道修正した方がいいと思いますよ。




安易な自己啓発チックな語りよりを褒めるよりは、「怒り」についてもうちょっと真面目に考えてみたい

とりあえずこれ読もう。

怒らないこと―役立つ初期仏教法話〈1〉 (サンガ新書)[Kindle版]

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①怒りをごまかす方法などに関心を持たない。人生は短いから、自己欺瞞はやめよう。

②そして、まず「わたしは怒りたいのだ」ということを認めよう。

③そして、「なぜ怒るのか?」「どのようにして怒りが生まれるのか?」を理解しよう
「怒らないこと」はスゴ本: わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる

「私にとって正しいなにか」があって、それと現実がずれているときに怒る。
「私は正しい」「私は完璧だ」という意思があるのが根本で、実際そうではない出来事に会うとき、●●のせいにする。

「私は正しい」のに、「この仕事がうまくいかない」と自分を責めたり
「私は完璧」なのに、「自分が病気になってしまった」と自分に対して怒りを抱いたりする。
そういう人こそ、建前として「私はダメな人間だ」と謙虚に振舞いつつ
実は心の奥底では、「絶対にそうじゃない、私こそ、唯一正しい人間なんだ」と考えている。

人間は常に心のなかに「正しい」「こうあってほしい」という気持ちがある。
実際は思い通りにならないことが非常に多い。
思い通りにならないことに嫌気がさしている状態が「怒り」でそうした状態をなんとかしようとするのが「欲」。
怒りを押さえ込みすぎると、欲も押さえ込むことになる。


どうすればよいのか?

①怒りを抑圧するのは誤り。「怒りと戦う」感情もまた「怒り」なので、良くない。
「怒り」と対決したり、コントロールしようとする姿勢は、「怒りに燃料を与えるようなもの」。
怒りに怒りで対処するならば、自身が燃料となる。結果、燃え尽きて無くなる。
怒りで真っ白になり、その怒りに怒って爆発し、抜け殻のようになってしまう。


②発散させるのもNG。
怒りをワーッと爆発させてガス抜きをしようとするのは、怒りの感情を正当化し、原因をごまかすことになる。
より強いストレス要因を持ってきて、最初の怒りをカモフラージュしているのだから、根本的な解決になっていない

「怒るのはよくないもの」「怒リっぽい人はダメ」みたいな発想はかなりの抑圧になります。
大抵の人はその抑圧がしんどいから、他人にそれを向けます。
実際上のtogetterのまとめコメントで、「怒りっぽい人をDISる」コメントが大量に出てますね。

というより、さわぐちけいすけさんのマンガは、まさにこの「怒りっぽい人への怒り」で出来ているわけで、
これをよんで「怒らない方法」は学べません。 あくまで怒りを抑圧し、ごまかすだけのアプローチです。

さわぐちけいすけさんの方法は、表現方法のまずさもさることながら、
語ってる内容が役に立たないどころか長期的に見てあまり良くないと私は思うのです。


怒りが「ままならないこと」への苛立ちであるなら、これをどうやってこれを「欲」に変えるかがカギ。

そのためには、怒りを「観察する」。それができないまでも「停止させる」ことを意識する。

とにかく絶対にさわぐちけいすけさんがいうような「目をそらしたり」「ごまかす」という方法は取らないほうがいいです。危険です。一見華麗に見えますが、ぶっちゃけさわぐちけいすけさんのやり方で解決できるのはごくごく僅かであり、そんなことができるからといって怒りっぽいひとかどうかという分類にはなりません。基本的にすごい薄っぺらいをさも大きなことのように語られると青二才かと思ってしまうのでやめて欲しい。

■怒りを観られた瞬間、怒りは消える。

怒りが生まれたら「あっ、怒りだ、怒りだ。これは怒りの感情だ」とすぐに自分を観察してみる。「今この瞬間、私は気持ちが悪い、これは怒りの感情だ」と外に向いている自分の目をすぐに内に向けて"観る"ことで、怒りを学んで見る。冷静・客観化するメリットとともに「わたしは何に怒っているのか」を問うことで、根本に気づくことができる。

怒りという感情よりも、それを招いた原因の方に目を向ける。問題思考から解決思考に頭を切り替える。

上で書いたように、怒りを否定するのではなく、それをしっかりと見据える、というのはマンガの定番ですよね。 おとなになった主人公が、怒りのアバターである幼少時の自分の姿を抱きしめる、なんて描写はそれこそ山のようにあるはずです。 あれを実践できるようになるのが理想ですね。

■怒りを観ることがむずしいなら、とりあえず止まってみる
それが難しいようなら、まずはなにもしないで、なにも言わないで、そのとき生まれた怒りを放っておきます。怒りに「考える」という燃料をあげないで、心まで止めてください。頭の思考も、言葉を発することも、からだを動かすことも突然止めて、フリーズ状態になってみてください。ただ止まって黙っていればいい。

「考えることをやめる」のはかなり難しい。しかし、「怒りの原因や対処」から目を剥がし、「いま怒っているという感覚」に注目することはできる。呼吸や心音、視野や聴覚を意識して、体感覚を研ぎ澄ますのだ。そして、考えることはただ一つ、「ああ、自分はいま、怒っているのだ」だけ。

これ、無意識に実践している人結構多いと思う。特に男の人は、怒るとまずいきなり爆発させるのでなく黙り込むケースが多いです。女性でもそういうふうなやり方を身に着けている人はいるでしょう。ところが、たまに男女問わずこういう方法を獲得していない人が、沈黙して怒りのまま動かないようにしているところを突っついてせっかく止まりかけていた噴火をわざわざ爆発させてしまうケースというのをよく見かけます。これホントに危険だから、相手が黙り込んだら、相手は怒りの感情に向き合ってる状態なのでちょっと待ったほうがいいと思いますよ。




おまけ

@Neetuna3047
さわぐち氏、半年前ぐらいに「些細なことじゃないから怒ってる」って漫画に書いてたんだけどすっかり忘れてるのかな? この怒りの話だって怒ってる人からしてみたら無駄ではない問題なのでは?


ほんまやね……。 その都度自分に都合のいいこと言ってるからすぐ矛盾しちゃうんだろうなぁ。 そのくせ、マンガの中で自分の意見を肯定されるシーンを描写せずには気が済まないあたり、かなり悪性のナルシシズムの匂いを感じる。