この夜が明けるまであと百万の祈り

とあるマンガ好きの備忘録です。私が元気づけられた出来事や作品について少しでも共有できたら嬉しいです

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「メサイアコンプレックス」 病んでいる時に他の人を救おうとするのは非常にリスクが高い

「お前が言うな」「お前のことだろう」と言われそうですが紹介しておきますね。

メサイアコンプレックス - Wikipedia

本来は人を援助するその源として、まず自らが充足した状況になることが必要であるが、この考えは原因と結果を逆転させている
そうした動機による行動は自己満足であり、相手に対して必ずしも良い印象を与えない。また相手がその援助に対し色々と言うと不機嫌になる事もある。しかもその結果が必ずしも思い通りにならなかった場合、異常にそれにこだわったり逆に簡単に諦めてしまう事も特徴的である

はてなのために」とか「◯◯さんのために」みたいなことが口癖になってる人はかなり危ないです。「劣等コンプレックス」との組み合わせは致命的なので、なんとか避けたいところ。

問題なのは承認欲求でも劣等感でも無く「劣等コンプレックス」 - この夜が明けるまであと百万の祈り]

記事はここで終わり。後は余談となります



「パンプキン・シザース」というのがありますがこの作品の第一話が私は本当に好きです。

患者は医者に自分と同じ病気にかかってほしいと思うでしょうか。
彼らは痛みや苦しみをわかってほしいわけじゃない。
仲良しこよしになりたいわけじゃない。
望むことはただ一つ。救ってほしい、それだけです!

ちょっと……寂しい考えですけど。

辛い境遇にいる人は、同じく辛い境遇にいる人の気持がよくわかるし、自分の気持ちや境遇をそのまま語れば共感は示せるでしょう。

ネットではそういう人たちが群れて慰めあってる光景をよく見ます。

こういうことを言うと人でなしに思われるかもしれないけれど、私はそういうのにあんまり意味を感じない。

私は心が弱いから、そういうものを「アリ」にしてしまうとそっちに依存してしまうからむしろ積極的に忌避しています。




当事者が書いているからといって、発達障害に関してでたらめな記事を書いてるやつはクソだし

貧乏で貧しくてそれでも人助けをしようと考える善意の人が書いているからと言って、金融関係でいい加減なことやってたらやっぱりそれは悪です。

性格がひどい人間でも、正しい知識や専門性を持って情報を発信してる人を尊敬します。


繰り返しになりますが、他人からすれば「それができるかどうか」「自分の助けになるかどうか」という能力がまず大事です。

病んでる人が、同じく病で苦しんでる人のためにやってる、みたいなストーリーの部分は、能力やリソースが認められた後の話です。

これを勘違いしては絶対にいけない。

人助けは「事業」みたいなものです。

頑張れば上手く行かなくても許されるものではなく、無理だからと言って途中で投げ出していいものでもない。そのことを理解してない人は無責任です。

十分な溜めが無い内から口だけ偉そうなことを言って、ニ・三記事だけそれっぽいことを書いてすぐいなくなるやつは何もしないやつより悪い最悪の人間だと私は考えます。



そして、病んでいる人、病んでしまう人というのは、こういうことをやってしまう人が非常に多いです。

理想が高く、その理想に対して現実が及んでいないことについて不満を持ったり、拒否されると裏切られたと感じて他人を責めたり、誰も悪くないのに自分を責めたりしてしまう。

私自身もそういうところが多分にあった人間だから反省を込めていいますが、こういう考え方は誰も幸せにしません。みんな不幸にします。

まずは自分で自分を支えられるだけの力がない人が他人を助けようとするのは、傲慢です。

「自分がそうしたくなくてもそうしなければならない」ことが多いなか、自分が苦しいのに他人のことを助けようとするのは美しいことかもしれません。

でも、まずは自分を救って欲しい。自分をないがしろにしている人は誰も大切に出来ないと思う。



自分が辛い時にまず最初にやることは、他人より自分を大切にすることだと思います。

とはいえ、あんまり割り切りすぎると、生きていく気力そのものが無くなるので、自分が可能な範囲で人助けをしながら、自分の能力やリソースを高めていくしかないと思う。