この夜が明けるまであと百万の祈り

とあるマンガ好きの備忘録です。私が元気づけられた出来事や作品について少しでも共有できたら嬉しいです

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ダウンタウンの黒人モノマネ騒動の話について

文脈読め文脈読め言ってる人がいるが、批判されてる側がこの言葉使うのは、基本的にブーメランにしかならんからやめろください。

わたしは後述の理由でダウンタウンの番組は見ないのだが、こんだけ擁護してる人がいると言うことは番組単体で見ればそりゃ問題ないんだろうなとは思う。擁護してる人は一生懸命この番組の文脈を説明する。差別の意図はなかったのは明らかだと。


だけど、それは自分は視野が狭いですって堂々と宣伝してるだけだと思うよ。批判してる人だってみんなそんなことはわかってると思う。そうじゃなくて、向こうが気にしてるのは黒塗りにした顔を笑うという行為そのもの。文脈というならこちらの方がでかい。エディマーフィーがうんぬんだけが問題だと思ってる人は、この問題の土壌が見えてない。

奥さんが日頃の不満を貯めていきなりブチギレた時に、そんなに怒るようなことじゃないだろ?って返答してしまうタイプの致命的な行為だよ。




文脈で勝負しようとしたら普通に負けるの。

文脈で勝負したいなら戦略としてはこのくらいしかないでしょ。

・徹底的に個別事例に引きこもる(この場合は余計なことは一切言わない)

・その文脈で考えても問題ないと答える(相手の文脈を理解する)

・その文脈自体がアメリカのものであり日本では当てはまらないと答える(文脈の切り離し

・そんなこと言わせてしまってごめんな、と答える。


という感じで相手に合わせて考えるべきじゃないかなあ。ダウンタウン嫌いだから別になくなってくれて一向に構わないんだけど、それでも間違えた理屈で無くなるのはあまり好きじゃないので一応。


一番勘違いしてる人にいたっては、エディマーフィーが気にしてないと言ったらどうする?ってコメント。そういう問題だと認識してる限りはお話にならないんだよなあ。ここから説明する必要ある?



つまり、総合的にみたら、日本人が黒人をステレオタイプイメージで見ており、それが日本で住んでる黒人には不快なんだろうなというのは、否定しようのない事実だしらそこは理解はしないといけないって話ね。これ無視していくら番組単体を擁護しても意味ないよ。





その上であえていうと、今回の件、多民族国家アメリカと、未だにほとんどの人が黒人と接する機会がない日本で同じ基準を適用されるのはどうなのか、という気もする。実際に黒人と接する機会が少ないため、知らないのはどうしようもない。

そういう無知によって傷ついたという主張は当然大事にすべきだ。、しかし責められるところまで来ると、悪意がなかった人ほど反発は感じるだろう。

少なくともフローレンス代表の駒なんとかさんのように、この一件を持って人権後進国だと煽るようなコタツ記事を書いてる人はちょっと嫌いだなあ。この人多分この騒動が起きるまでミンストレルショーの歴史についても知らなかったよね。この人左側のネットギークだよね。色々煽り記事書く暇あったら自分の法人のゴタゴタに誠実に向き合えよって思う。





と書いてきたわけだけれど、、、

https://news.yahoo.co.jp/byline/kimuramasato/20180105-00080159/

この記事を読むと、無知なくせに日本人の政治家が露骨に差別発言をした経緯などがあって、こういうのが蓄積してきていたのなら、日本人も、無知だからとばかりは言い切れないかもしれない。
それにしても日本の政治家はなんでこう、差別的発言をしたがる人が多いんかな。。。





繰り返すけど、今回の件は、知らなかった。ごめんね。で許されるべき範疇だと思う。意図的な悪意ある行為や、意図的な差別行為とみなされるべきではない。
そして、それは抗議をしている人もわかっている。だからこそ、オリンピックの頃までに黒人に対する意識を向上させてほしいという形の訴えになっている。訴えてる人も、今回の件だけを取り上げわたしどうこうしようとはしてない。番組単体を吊るしあげようとしてるわけではない。日本全体について、黒人のことを概念としてとらえるのではなくて、ちゃんと人として見てほしい。こういうことには傷つくんだと意識してほしい。私たちは日本にも住んでるんだよということを考えてほしいって話だろう。


つまり、ダウンタウン日本テレビだけが怒られてると思って擁護してる人は、そもそも勘違いしてる。私たちみんなに訴えられてるわけだ。ダウンタウンの番組単体の問題と思ってる人はそもそも勘違いしてるので、それをどう受け止めるかは私たちなのだという意識で考えたいところだ。







ところでわたしは発達障害当事者な訳だけれど、無理解でいじられることなんかしょっちゅうあったし、社会的にもまだまだ偏見や誤解が多いと思う。

一つ一つのいじりや無知ゆえの言動について悪意がないのはわかってるけど、そういうのはじわじわきいてくる。自分はこの社会では受け入れられないんだな、と、思い知らされるわけだ。それでも普段は感情の折り合いをつけてやってるわけだけれど、テレビとかでそういうのを面白おかしくネタにしてるのを見たらやっぱり気分は良くないと思う。だからホゲタホゲオも批判されたんでしょう?


たとえ悪意がなくても、それどころかリスペクトを持ってやっていたとしても、それに嫌悪感や恐怖を感じる人っていると思う。それを訴える人がいても当然だくらいは受け入れてあげてもいいのではないか。それは、私たちはここにいるよ、私たちのことをもっとしてってください、という話なのだから。



わたしは普通のどつき漫才ですら不快で見れないからね。あれ普段から普通の人と会話や行動にズレがあって笑われることが多かったわたしには恐怖でしかない。実際に旧友には良くどつかれてた。ある時期にそういうのはやめてくれって訴えるまで向こうは全然悪気なかった。そういうのはやっぱり嫌だなあと思う。


こういうことを言うと嫌なら見るな、を言うカスが必ず湧いてくる。言われなくとも実践して吉本系のお笑いはほとんど見てない。だけど、不幸にも目にしてしまって不快な思いをしてしまった人が、自分は傷ついたと表明しているときは、それに周りの人が耳傾けるくらいはしてもいいんじゃないかなあとは思う。





ただし。

これは明言しておきますが、わたしは行き過ぎたポリコレは大嫌いだ。

多分被害当事者じゃない人たちだと思うのだけれど、なんか不快な表現があった時に、対話をすっ飛ばして批判を浴びせて、その存在そのものを根本から否定し、消し去ったり規制しようとする集団には嫌悪感しか覚えない。

せっかくそういう問題があったのだから、それって相互理解のチャンスじゃん。みんなに考えてもらうチャンスじゃん。なんでそこでいきなり相手殺しにいってんの。ゼロかイチでしか考えられないとかあほやろ。

今回の件でも、当事者の黒人作家さんは危機感を覚える、ちゃんと考えてほしいっていってる。文化間での摩擦なんて当然起こりうることだし、いちいちそれごとに相手を抹殺したり強制したり隔離しようとする考えって、一番差別に近いよね。実際ポリコレ訴えてる人ってすぐに自分たちの敵へのヘイトを垂れ流すでしょ。あれほんとひどい。差別に反対してる人たちが、本質的に一番差別に近い行動とってるのってもうギャグでやってるとしか思えない。

あれはポリこれ活動で一体感感じてる本人たち以外誰も幸せにならないと思うから今後も反対していく所存。ポリコレの人が極端すぎるせいで、常識的な訴えなどが伝わりにくくなってると思う。本当に迷惑だ。