この夜が明けるまであと百万の祈り

とあるマンガ好きの備忘録です。私が元気づけられた出来事や作品について少しでも共有できたら嬉しいです

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「響」「僕たちは勉強ができない」

「天才」を描くというテーマ作品自体は好きなのでどちらも注目はしていたのだけれど、どうもこの両作品はそういうものではないらしい。
少なくとも「天才」を真面目に描くつもりはなくて、あくまでそれは「設定上の道具・ファッション」でしかないことは間違いないと思う。

あくまで「天才を描く」という軸で見た時の両作品の評価

誤解のないように書いておくと、私は正直いってどちらも好きになれないがそれは、私が「天才」というテーマを期待していたからです。そういう面を重視せず、ライトなラブコメやドタバタものとして楽しむのが多分この両作品に対する接し方の正解だと思います。


両作品には設定上「天才」であるキャラクターが登場する。しかし、どちらの作品も、天才で有ることと普段の言動が、完全に独立して存在している。両作品とも「天才」である必要性があまりない。「天才ゆえの悩みやしがらみ」というものをあまり感じさせない。あえていうと両作品とも「他の人らすれば憧れる程のものを持ちながら、そのことに固執していない」という程度の話だろう。

「響」は最初は多少なりとも、彼女の天才性とキャラクターをリンクさせようという感じは見られたが、今では完全に分離しており、単に「ぶっ壊れてる女の子が好き勝手暴れまわる」というだけのお話になってしまっている。
これって、天才でなくても、「宝くじに当たった」とか「生まれた時は超金持ちだった」でも構わないのではないか。


特に「響」に関しては、西森博之の「鋼鉄の華っ柱」の主人公を頭悪くしたような感じにしか見えない。「鋼鉄の華っ柱」が、傍若無人なように見えて、読者に納得感を与えるのにいろいろと工夫しているのに対し、こちらはできの悪い「なろう」小説のようだ。響一人が傍若無人に暴れまわっているうちはまぁそれでも「クロエの流儀」のような形で楽しめていたけれど対抗馬としてTVプロデューサーを出してくると、鏡写しで「ああ、響がやってるのもこういうことだよな」となり、とたんに醒めてくる。単に無茶苦茶やってるだけだ。そして、それを納得させるだけの「天才性」をこの作品は真面目に描けていない。

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作中では言葉で語るんじゃなくて演技で納得させろという割に、この作品ではひびきの天才性を言葉で説明しようとする。「さすおに」こと「魔法科高校の劣等生」のように、アホの一つ覚えで周囲の人間に「天才だ!参りました!」と言わせるだけ。これはかなり白ける。 

単に頭のネジが壊れているだけの狂人と、周りが認めざるをえない天才性ってのは全然違うよね。大事なのは彼女の天才性がどう人をワクワクさせたりするか、どう人を幸せにするかってところだと思うけど、彼女のキャラに喜んでるのは津久井さんだけだよね。ほかの人はただ慌てふためいて混乱させられてるだけだよね。 ウーマン村本さんも勘違いしているけど「その行為によって誰が幸せになるのか」とかちゃんと考えてやってほしい。単に奇抜なことやって目立てばいい、みたいな方向は要らないよ。その行き着いた先がローガン・ポールさんのクソYoutubeなわけでしょ。 そもそもこれで許されるなら「ハーヴェイ・ワインスタイン」のセクハラも許されるよねってなる。

ちゃんと「作品」で唸らせる展開にして欲しい。8巻のAmazonレビューでとても共感できるものがあったので引用しておきます。

今までの響の暴力は相手が反撃しないから成立しているだけでしたが、今巻でそれがようやく覆されたのは良かったです。どうしても今までのは都合のいい一方的な暴力という感が強かったので。ただ、今までのやり方が通用しない「本物の敵」との戦いのように展開させた挙句、「やっぱり相手は偽物でした」というオチは正直どうなんでしょうね。別に諦めのいいキャラという描写があったわけでもないので、津久井のキャラなら最後まで突っ張るべきだったんじゃないかという気がします。こんな竜頭蛇尾な展開なら、このエピソード自体ないほうがすっきりしたんじゃないかと思います。

それでもまだ「響」はまがりなりにも天才を描こうとしてるというのは伝わるけど、「僕たちは勉強ができない」にしてはもう作者自身どうでも良くなってるよね。水泳娘の女の子を中心に、サブキャラは納得行くのだが、メインの二人の女の子がアホすぎて白ける。人気投票とかまだやってないと思うが、私の中では水泳娘がぶっちぎりで、次に先生、新キャラと続き、メインの二人はどうでもいい、って感じになる。実際に、どのマンガブログ見に行っても、水泳娘ばかり褒めててメインヒロインの二人がめちゃくちゃ好きって言ってる人見かけないので、むしろこの二人の女の子が好きって言ってる人のブログが読みたい。「天才であるということ」というテーマに真面目に向き合って無くて、ただ「変わり者で世の中にうまく馴染めないものが集まってワイワイ」みたいな話であれば、それをストレートに描いた「究極超人あーる」とか「僕は友達が少ない」のほうが素直に楽しめると思う。



繰り返しになりますが、別に「天才」がテーマの作品だと考えなければどちらも普通に面白い作品ではないかと思います。
私は、マンガ読むなら自分が楽しめる読み方をしたほうが良いという主義なので、記事ではこう書いていますがどちらも楽しみながら読んでます。



「天才」というテーマにおいては「王様の仕立て屋」や「やさしいセカイのつくりかた」「王様のバイキング」あたりがすごい好きです。

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