この夜が明けるまであと百万の祈り

とあるマンガ好きの備忘録です。私が元気づけられた出来事や作品について少しでも共有できたら嬉しいです

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「ランス10」の終わりとどう向き合っていこうか

昨日の記事でご心配おかけして大変申し訳ありません。現実としては、すごく好きだったゲームが終わってしまい、好きすぎてしんどい、というただのダメオタクの溜息です。心配されないでください。


ただ、理由はそういう他人からしたらバカバカしいものですが、言葉で想像されるより本当に消耗しています。気力が足りず、通常の生活を営むことが今困難な状態になっています。職場の人に心配とかされてますが、もちろん理由が理由なので誰にも相談できません(笑)

さんざん言ってきた「ランスシリーズが終わるまでは死なない」というのは冗談でもあり本気でもありました。生きる支えの一つとして私にとっては非常に大きい存在でした。もちろんランスシリーズが終わったから死ぬ、みたいなことは、この作品シリーズを作ってくださった方にとって失礼すぎるので意地でも生きるつもりですが、当分は終わりのショックに耐え続ける日々が続きそうです。


多分数日間、似たようなことをずっと繰り返し言うことになると思うのけど、かわいそうな病気だと思って生暖かい目でスルーしてやってください。


ゲームに魂の一部をごっそり削り取られてしまった。

この作品によってランスシリーズは完全に終わってしまった。

鮮やかに、簡潔に、余韻を味わう形すら許さない形で、無慈悲に、唐突に終わらされてしまった。文句のつけようのない終わり方ではあるが、心の準備ができてないのに一気に、本当にあっという間に気が付いたら全てが終わっていた。

まずこの終わりを受け止めるために5周くらいやり直し、すべてのエンディングを回収した。もちろん「彼ら」全員とベストフレンドになった。ちょっとでもやり残したことがないかを探すため、改造でターンの進行を止めたり食券を無限に増やしたりして細かくイベントを回収したりした。

ここまでやったけど、まだ自分の中でランスどう終わらせることが出来るのかがわからない。頭ではわかっているが心がそれを受け付けない。

最初にゲームをクリアしてからは既に数日経っているけれど、いまだに脳がランスで埋め尽くされている。

ランス10作中でも、クリームや北条早雲といった登場人物が、失った恋人とどう向き合うかの会話をしていたり、そもそも、主人公であるランスがシィルがいないとどうなってしまうのかは重要な要素として描かれている。ケイブリスだって「ククルククル」という憧れの存在を失った後孤独に生き続けたことで、道を失っていた。この作品において「喪失」はとても大事なキーワードになっていると思う。


まさか私も同じような悩みに苦しまされることになろうとは、作品を楽しんでる最中には思いもしなかった。


仕事をしていても「new sensation」や「血の記憶」のBGMが脳内でエンドレスにリピートされてしまうし、BGMが再生されるとそれをきっかけにいろんなシーンが脳内に浮かんできて、どうしても頭がランスから離れてくれない。

終わってしまったと思うからこそ、忘れまいと抵抗しているような感じだろうか。



なーんで、親しい人と死別したときとか、若いときに好きな人に振られたときのような感覚をよりによっておっさんになってからゲーム相手に味わされているのだ、と笑い飛ばしたい。けどその気力さえ湧かない。


私、本当にこのシリーズのことが好きだったんだなぁ……。




とにかく、しばらくはこの喪失感とつきあっていくしかない。




ここ数日は、だらだらとプレイしなおしてみたり、

・「ひつじ小屋別館」(ランスシリーズのほぼすべての情報が参照できる神サイト)のコメント欄や、
・ふたばちゃんねるの「ランスネタバレスレ」

あたりで支離滅裂な感想をポツポツと吐き出したりしている。twitterSNS全盛期ではあるけれど、やはりこういうときには昔ながらの「特定話題のための掲示板」が一番いいと思う。

正直言って、ランスシリーズは私よりコアなファンなど山ほどいる。そのスレにいる人たちは知識量で私よりはるかに上で、面白い解釈とか考察とかしてるし、感想も私より素晴らしい表現をしている。私がブログで何か書いても他の人には何一つ目新しいことなんてない。



それでも、やっぱり「私とランス」みたいな話を語りたいなと思う。

書きながら、自分の気持ちを整理していきたいなぁと思うし、

また思い出しながらもう一回くらい全シリーズやり直して見るかも。




まぁなんだ。

とにかく。

3月中には最低限通常の生活を送ることができるレベルくらいには回復したいいい。