この夜が明けるまであと百万の祈り

とあるマンガ好きの備忘録です。私が元気づけられた出来事や作品について少しでも共有できたら嬉しいです

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男と女で潰し合ってどちらも不幸になってる界隈は地獄

一つ前の記事で「かけがえのない地獄」という作品を紹介したけれど、こっちは「かけがえない」という感じがまったくない純粋な地獄。

ミソジニー発言は論外ではあるが……

一部の女性の方々が「男性の被害は見えない」って病気を発症しているのも問題がある

気持ちはわかるけど、この人が言ってることは下記にある通り事実として正確じゃない。実体はこちら。東洋経済の記事をソースにして、しかも都合の良いところだけ抜き出して語ってたらそれはもうデマ流してる人という扱いでも文句言えないよね。

平成15年版 犯罪白書 第5編/第3章/第6節/1
平成25年版 犯罪白書 第5編/第1章/第1節

あたかも自分が正確な発言をしているが周りが理解しないだけ、という態度だが、実際はこの人は表現誇張しているし男の数字を刈り取って比較できないようにしている。こういう発言をしている人は信用に値しない。

私はとにかく日本のネットのフェミニズムに対して非常に不満なのが「いい加減なことや過激な発言をしても許される」が行き過ぎていること。本当に個人の感覚レベルや、正確でないデマすれすれの扇動的な発言を平気でする人が多い。これは男とか女とかフェミの是非云々以前の問題で、まず話を聞いてもらいたかったら「いきなりけんか腰にならない」「情報はちゃんとソース込みで出す」「(意見ではなく)情報について反論をされたらちゃんと受け答えをする」という当たり前のルールをまず守ろうぜ、と。

失礼かもしれないけど、私の中ではマッドマックスに出てくる荒くれ者のイメージに近い。一切の発言が全て等しく無価値と扱われるはてブでならそういう無責任な発言もゆるされるかもしれないけど、twitterでそういう発言してたら即ブロックでしょ。

結局「社会は男性に優しくないし、女性にも優しくない」になるのに、「男性だけは女性を虐げて得をしている」「社会は女性にだけ優しくない」を主張するから話がこじれる

男女不均衡は、かなり偏った場所に集中していて、常に男性の方が有利というわけでもなく、場所によっては男性より女性の方が強いところもある。

総じて女性が不利な面が多いのは事実であり、是正が求められるのは確かだ。じゃあどの点を平等にしようか。どういう風に平等にしていこうか、という具体的な話はほとんどしない。 個別具体的な話で強く主張するのは痴漢や性犯罪の話ばかりである。文句をつけようのない部分ばかり強く主張して責め立て、残りの部分はまともに議論しようとせずなし崩し的に押し切ろうとする。

その他の論点を持ち出すと「話を逸らすな」とかホントに言うからね。いや、お前がその話しかしないだけで、実際いろんな問題があるだろと思うのだが、その人がその他の論点を矮小化してるんだよね。そういう人が「男は◯◯の問題を矮小化している」とか主張してるのホントに何考えてんのかといいたい。

その結果、言われる側は、話をまともに出来ないやつとみなしてしまい、お互いに会話が成立しなくなる。

そもそも何点かを持って「総論」を語ろうとする人は男であろうが女であろうが何の役にも立たない。「ラノベやなろう作品を1点か2点持ってジャンル語りするやつはバカ」ってのはわかるのに、「自分の身の回りの数点のサンプルとか、一つか2つの記事だけを見て男女関係というジャンルを語ろうとするやつはバカ」ってことにならないのが本当に不思議。

まぁ、そういうことは分かってて、それでもとにかく異性に対して呪詛を吐きたいだけと割り切ってるなら最初からそう言うてくれ。なんか「社会を良くするためにtwitterで発言してるんだ」みたいに勘違いしている人が一番タチ悪い。

ぶっちゃけ「被害者」って正しい人でもなんでもない。

過去こういう記事も書いた。被害者意識から抜け出すのは本当にしんどいけど、その意識とはちゃんと向き合ったほうが良い。

「父の死を夫がSNS投稿」で「怒るに決まってるやん」となるのがわからない - この夜が明けるまであと百万の祈り]
傷つけられて痛みを知ることができても優しくなるとは限らない - この夜が明けるまであと百万の祈り]
被害者意識との向き合い方 カテゴリーの記事一覧 - この夜が明けるまであと百万の祈り

自分にとっては苦しくて耐え難くて、だからこそなんか意味を見出さなきゃ受け止めきれない苦しいもんだと思う。
それでも、自分が受けた受難に必要以上の意味を求めるのは自分が苦しいだけだよ。
他人からしたら、運が悪かったとか立場が弱かったとか、ただそれだけなんだから。
むしろ、相手にとっては自分は意味がなかったからこそ、いじめたり襲ってきたりしたんだ。

いじめられたからといって、何の権利もない。それとも秋葉原連続殺人犯の加藤を肯定でもする?無理でしょ?

自身に責がない理由による迫害。それは確かにいかんともしがたい不幸かもしれんな。だが、その不幸を汲んでやることはできんのだ。そうでなければ、人は不幸自慢を始める。自分はこんなにも不幸だからと不幸を立てにしようとするものもいれば"お前より不幸なやつをしっている、そいつはもっと頑張っている"などと、不幸の格付けや、己の不品行を赦される利権を定めたがる奴もいるだろう。

テロや殺人などの凶行に対して、その行動力を境遇の改善に使えばよかったのにと得意気に語るものもいるだろう。人の情報や柵が、まるで天秤の分銅のようにさも移し替えられるかのような口ぶりで。だが、それらもまた揶揄すべきではない人として当然の反応なのかもしれない。不幸な生い立ちには、それに釣り合う幸せな結末が用意されている「べき」だと願ってしまう。苦に対する社会保障のようなものを求めてしまう。それは自分だけではなく他人に対してもそうだ。それが、人の持つ優しさであり軟弱さであり性というものではないか。

「いじめられるやつが悪い」とは思わないが「いじめられっ子」の立場からはやはり抜け出さなきゃいけない。まして、いじめられなくなった後もそのポジションにとどまり続けてる人はむしろ「間違ってる人」だと思ってる。まぁ私はそういう間違いを間違いとして認識した上でいだき続けている人は好きだ。

わかっている。ここにいる限り解放されることはない。
いつまでも傷口は開き、裏切りは重く、幸福はただあさましく。
そして私は全てを許せないまま
許せないことをたった一つの証明として---
(papa told me 22巻 ep108 モーニング・グローリー)

でもそのことを正しいと思ってる人は自分で自分を殺し続けてるようなもんだ。私は自分自身がかつてそうだったから、今「被害者意識」に身を委ね過ぎてる人が同族嫌悪的に嫌いで嫌いでしょうがない。そういう人を見つけると、いつまでそのままでい続けるつもりなんだ、とついいいたくなってしまう。
「他人」には、偽善と呼ばれようが意識して優しく振る舞えるのだけれど、この手の人にはどうしても優しく出来ない。あんまり近寄りすぎると、また戻ってしまうかもしれないというのが怖い。それでも、ついついこっち方向に口を出してしまうあたり、全然卒業出来てないなぁと思う。
あんまり深く関わりたくないけど、上の方で延々と呪詛を吐き続けてる人たちも、幸せになってほしい。

この世が地獄で有ることはわかったから、その上で地獄だ地獄だ言うだけじゃなく自分は何をするんだよ

私が「このかけがえのない地獄」という作品をとても気に入ったのはまさにこういう光景の逆だから。

登場人物がそういう地獄を認識しながら、その地獄に付き合わずにそこから降りようとしてるから。
周りがみんな地獄だけれど、そんな中で自分だけは、ささやかな、でも自分にとってかけがえのないものを大事にしようと決めてるから。

この世は地獄で、周りは敵だらけ、だから倒さなきゃ、あいつを殺さなきゃって発想を持ッてる人は
まぁそう思うにいたった経緯とか有るのだろうから、それ自体やめようとか安易には言えないかもしれないけど
日本って、それでもまだこういうささやかな決意をして生きるくらいの自由や豊かさはあると思うけどね。

まぁそういう事を言うと、現状肯定かとか、現実と戦わない敗北主義者か、みたいに言われるのかもしれんけど。
少なくともそういうことを言う人と一緒に戦うつもりにはならないので。

夫婦別姓の慣習と戦ってるサイボウズ社長の姿勢は本当に好き。
あれは、「自分たちはこうする」がまず最初にあるから。
上のパンナコッタとか猫アイコンの人は、そういうの全然感じないから、ただ怖い。


私らが政治を語るって、もしかしたら安倍さんがどうとか岸田さんがどうって話をすることよりも
こういう身近な面で、世の中の人はこの世がこんな風に地獄だって言ってるけど
私はこういう風に生きることを望む、そのためにこういう点だけは変えていって欲しい、みたいな話でもいいのかな。
最近にわかで政治の話とかやってみて、ちょっとそんなことを思ったりした。