この夜が明けるまであと百万の祈り

とあるマンガ好きの備忘録です。私が元気づけられた出来事や作品について少しでも共有できたら嬉しいです

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「幸色のワンルーム」 誘拐という手段を取る必然性が(今の所)全く感じられない

作品評価★なし(個人的評価:絵はかわいい)
やたらと実際に起きた誘拐事件と絡めて語られてますが、その方向性でこの作品批判するの、そんなに筋が良くないと思います。別にこの作者、その事件から着想を得たんだろうなぁとは思うものの、そんなに真剣に考えずに作品作ってると思います。

私は西尾維新「世界」シリーズや、瀬戸口廉也「CARNIVAL」の超劣化コピーとして認識しました。

ネット上でも「普通の幸せ(両親と住むことが幸せ)」を願う言葉ばかりで、「私の幸せ」を願う言葉をくれる人はいなかった。当たり前か。皆のいう普通の幸せと私の幸せは違うんだから。14年生きてても、欲しい言葉をくれたのは誘拐犯のこの人だけだった。

ああ、まるで本当に私が、映画の主人公になったみたいだ。これは私だけに都合のいい脚本。そこには私が幸せになるための台詞だけが書いてある。でも、その台詞は全てウソと狂言で出来ている。さっきの言葉も根拠のないでまかせだってわかってる。だからそんな作り物の幸せが、本物になれるわけがない。本物にしたいなら、彼は誘拐じゃなくて保護という方法を取っているだろう。でも彼は誘拐を選んだ。理由はどうでもいい。相手に踏み込みすぎることが、この生活を終わらせてしまう気がするから。もしこの生活にエンドロールが来るとしたら、お兄さんか私、どちらかが多くを望んだときだ。

2巻まで読みました。今の所、誘拐された少女目線中心で語られているため「なんだこのクソガキは」としか言いようがありません

誘拐犯目線で語られた時に初めて評価が上向きになるかもしれませんし、逆に「さらなるクソマンガ」になる可能性もありますが、とにかく「誘拐犯」側の事情がわからないと、ただひたすらに「クソガキのポエムを読まされる話」になっています。

とにかくそういうシチュエーションに憧れてそこで満足してる女の子を描いてるだけ

しかも、上で引用したとおり、この女の子は早々に「幸せの上限」が限られていることを察していて、そこで満足してしようと自分に言い聞かせている。終わりが来ることも察して、それに対して積極的な抵抗もあんまり見せてません。創意工夫や、自分の力でそれを伸ばそうという気概も感じられない。ただ与えられている幸せを受動的に受け取っているだけの段階。

程度の低い幸せ(自分でも不満に思っている)を、それでも自分が得られる幸せの中では唯一のものであり、かつこれが最上であると諦めている。しかもそれすら長く続かないという悲劇ぶりに酔っているフシすら感じられる

なんというか、全然真剣味が感じられない。彼女にとっては「ちょっとながいローマの休日」くらいの感覚なのではないかしら、と思う。

「自分は普通じゃない」って何度も言い聞かせようとしてるけど、そんなに狂ってる感じもしない。むしろ幼いだけで極めて普通の女の子であり、正直女の子にはあんまり期待できない。


じゃあ誘拐犯の方に期待できるかと言うとあんまりそんな感じもしない。さんざん自分がやってることを犯罪だと言って、幸に「嫌ならこの関係やめてもいいよ」って女々しいことをgdgdと言い続けてる。「今から実はこんな事情がありまして」って言われて納得できるようなものを出せるかと言われるとうーん……という感じであり、むしろこのままgdgdして取り返しがつかない自体になって「ああ、やっぱりダメだったよ。あいつは人の話を聞かないからな」ってオチになる気がする。


この作品には狂気も切実さも全然足りない。ふわふわしすぎ

この作品、今の所何がダメかと言うと、「誘拐してみた。誘拐は一般的には犯罪だけど女の子は誘拐される前よりハッピーだったんだよ」という点を描いた時点でもう描きたいものが終わっていて、そこから何も先に進むものがない。

お互いに「どうせ長くは続かない」と悟っていて、「この幸せが今だけの偽物だ」と割り切っていて、なんかひたすらに醒めてるんだよね。だから、積極的に今の幸せを維持しようって感じがない。

そもそもふたりとも「ろくになにも持ってない」。そのために何かを捨ててこの生活を手に入れた、という「選択」が感じられない。そこになんの落差もないし重要な重みもない。どっちもただ人生に対して投げやりで、刹那的に今が楽しければいいやって感じなのね。

ぶっちゃけ、少女はしきりに誘拐犯を特別扱いしてるけど、別にこの誘拐犯でなくても、自分の家から連れ出してくれるなら誰でも良かった、程度の意味合いしか描けてない。すごく意味づけが弱い。だったら別に誘拐じゃなくてもよかったよね、一回家に戻ったあと駆け落ちでも全然よかったよねってなる。


別にフィクションだし、ありえないシチュエーションでもなんでも、二人が本当に必死に、幸せに生きようとしてて、幸せに生きてるなら、私は別にいいんだけど。この二人、見てて全然幸せそうにしてないじゃん。ひたすら悲観的なポエムばっかりいって、お互いに距離感すごくあって、しばらく放っておいたら勝手に戻ってきそうなくらいダルそうに生きてるじゃん。

で、その原因が誘拐だからじゃん。

もうさ、お前ら図書館言って「罪と罰」借りて読めよ。そんでラスコリーニコフとソーニャのやりとりを100回復唱しろ。んでその後どうするか決めろ。


お前らどう考えても常識人だよ。常識人が異常な環境に酔ってるだけにしか見えないよ。こんな話で共感を得られると思ったら大間違いだよ。世間様に多大な迷惑かけて、この程度の幸せしかつかめませんっていうところに絶望しか感じない。この程度なら「普通」の中でやり直して、どうぞ。

この作品見てると、逆に同系統の作品の良さが分かるわ。

「火傷少女」(個人的評価★★)とか「ハッピーシュガーライフ」(個人的評価★★★)とか「少女不十分」(個人的評価★★★★)オススメ。

何が良いかと言うと、この作品を見たおかげで逆にわかったんだけど、とにかくこれらの作品は、真摯さを感じるんだよね。「やむにやまれぬ行為」という必然性を強く感じるの。肯定するわけじゃないが、こいつらはこうするしかなかったんだろうな、っていう納得はある。

狂ってはいるけれど、「ころしてでもうばいとる」という切実さがあるし、そうやって掴み取ったじぶんだけの幸せに対するものすごい強い執着を感じる。というか、そういう執着が強いから狂うのか。

そう。狂った行為をするなら、ちゃんと狂ってほしい。なんか狂った行為をやってるのに「私は自分がやってることは悪いって分かってますー。でもあいつらわたしたちのこと全然理解してれないしー」みたいなポエム書きたいだけならtwitterでやってろ。むしろtwitterのほうが遥かに狂ってるやつ多いから。

というわけでまとめ

「幸色のワンルーム」についてひとことでいうと

お前らヌルすぎぃ!カジュアル犯罪行為ダメ!絶対!

かなと思います。

とにかくやってる行為に対して、認識も覚悟も行為も全てがヌルい。世の中ナメすぎだし甘え過ぎだし世間知らずすぎだし、なんか「大学中退して起業します」っていってたいしだくんを思い出すレベル。犯罪行為をやっててこれはダメでしょ。中途半端に常識人ぶらなくていいから、もっと欲望むき出しにして狂ってほしいし、もっと真剣になってほしいです。

いやもう、この作品読んだおかげで、今まで触れてきた自分が作品がどうして好きなのか分かってよかった。改めて「CARNIVAL」をプレイし直したくなってきたし、私が好きな「ランス」はやっぱりどう考えても名作だと胸を張って言える。ありがとうありがとう。


CARNIVALは「幸色のワンルーム」の超上位互換だ。

「幸色のワンルーム」も、少女と誘拐犯が、ずっと同じ場所で二人きりで居て、幸せを感じているはずなのに、それでいて絶対に通じ合うことがないという絶望を描きたいのか、あるいは今の所のチープさから案外簡単に通じ合っちゃったりしちゃうのか。そのあたりはわからないけど。もし今から突然変異して、そういうところを描くところまで行ったら面白いかもしれない。