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「命令されなきゃ、憎むこともできないの?」(ブルーアーカイブ#3 エデン条約編3.私たちの物語)

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マグダラで眠れ2巻

あいつらに欠けているのは名誉ではない、節操だ(「マグダラで眠れ」2巻)

マンガやラノベの話を現実にあてはめるのは自分でもどうかと思うので話半分で。
とりあえず「マグダラで眠れ」2巻は個人的に結構好きなんだけど巷では評価低いのでもっと評価されるべき。

「マグダラで眠れ」2巻

ある鍛冶師集団がいた。彼らは必要に駆られて生まれ住んだ街を出て移住した。入植した先で苦労した彼らは、居場所を得るため一生に一度だけ一度だけ人を騙すことにした。

みんなが持つ技術を結集させ、性質の異なる鉄鉱石を複数組み合わせ外見だけをダマスカス鋼に見せかけたものを作りそれを領主に献上した。騙すと言っても手抜きをするのではなく最高の技術を惜しみ無くつぎ込んだからこそその嘘が通じた。

それでも彼らは自分たちがやったことが「チート行為」であることはわかっていた。職人としての誇りに反するとよくわかっていた。だから絶対に「一度きり」と決めていた。それ以降は自分たちの技量だけで立ち向かうと決めた。以降、他者にダマスカス鋼の話を手柄として語ることはせず、それからはどんなに苦しいことがあっても、二度とその製法を誰かに教えたり自分たちが使おうとすることはなかった。



この作品では、この職人集団に対比する形で、この技術に集り、それを売り飛ばそうとする人間が出てくる。これを指して、主人公はこのように評している。


http://tyoshiki.hatenadiary.com/entry/2014/10/28/030505
http://ch.nicovideo.jp/jyukucho/blomaga/ar651332

彼らには騎士団すら騙すほど精巧なものを作れたのに、以降は決してその行為に手を染めないという節操があった。


(それに比べて)あいつらにないのは、名誉ではなく節操だ。


あいつらは目の前のことしか見えていない。


大事なのは優先順位だ。それさえわかっていればこの世界で迷わずに進むことができる。経緯を払うべきはそういうことに対して、だろう。



あいつらにはその目的がない。己の行動の基準となりうる目的が。そしてーーー今のあんたにも、無い。

阿部さんの記事の感想

大反響「底辺校出身の東大生」は、なぜ語られざる格差を告発したのか(阿部 幸大) | 現代ビジネス | 講談社(1/5)

を読んだとき、最初に浮かんだのが上の言葉。

私は前の記事においては、「たとえ記述が正確でなかったり、捏造を含んでいたとしても」肯定する立場だった。

問題なのは、その次のアクションだと思っていた。

だが、肝心の2つ目の記事読む限りでは失望の感が強い。




動機はわかるし、伝えたいことも同意する。

多少の誇張があったからと言って記事の質が悪かったとも思わない。

別に誇張などしなくても立派な意見だと思う。

語りの内容からしても真面目にこの問題のことを考えているのだろう。



だが、それでも、その行為自体は決して開き直って良いものではない。まして、理屈をつけて正当化して良いものではない。私はそう思っている。

私が恥をしのんで個人情報まで晒しながらこうして「プロパガンダ」している理由は、格差を告発するためなのであって、格差とは、とりもなおさず、不満以外の何物でもないではないか。私は格差に怒っているのである。

こういうのほんといらない。

tyoshiki.hatenadiary.com



この手法を使っていいのは最初の一回きりだ。

そして、一度使ってしまったら一切の弁解は無用だ。

後から補強するくらいなら最初の段階で出し尽くすべきだった。「後から補強しても良い」という考えのもとで使って良いものではない。超ハイリスクでやり直しがきかないからこそ許されうるものである。

起きた結果は黙って受け入れる、それについてはただ黙するのみ。私はそういう前提のもとでのみ一回目の記事を肯定する。

阿部さんはそこで沈黙できなかったのだから、私の基準ではアウトだ。









まして、この人は阿部さんは、そのチートによる成果を実績として語ろうとしている。その行為を手段ではなく成果だと主張してしまっている。

なぜこのような個人的な体験を紹介し雑感を述べているにすぎない私などの記事が、数日で200万PVなどという反響を呼んだのか。

それは、前回も書いたが、日本では地域格差という問題が、とにもかくにも圧倒的に放置されてきたからなのだろう。それがなぜなのか私にはわからないが、この問題を指摘することは、ほとんどタブー視されているようにさえ見える。大きな声で主張する人が誰も居なかったのだ。

完全にアウト。これはもう自分の中では「節操がない」人だ。

阿部さんは自分がイケダハヤトや長谷川豊の方向に転びかけたときにブレーキを持ってない。今後も阿部さんはいろいろ言い訳をして雑な所管で人を煽ろうとする。

そう判断してしまう。




阿部さんみたいなのをありとすると不正確な情報を送り続けるアフィカスだっておなじこと言えるわけで。アフィカスと阿部さんを切り分けるものはこの節操ではないかなと。



「節操」とは一発ネタキャラで終わらないために絶対に必要だと思う

せっかちな人は、節操なんてあっても何がいいんだよって思われるかもしれない。

でも節操は自分のためにも必要なんだと思う。

それが本当に好きで、そのことを続けたいと思うなら「短期的に勝てば良い」という方法はやるとしても一回きり。

その一回がうまく行ってもうまく行かなくてもそれに固執しない。しかも、これって意外とうまくいかない。実際、あれだけ優秀だと言われていたしっきーさんもしくじってしまった。

それによって彼が失ったものはそれなりに大きかっただろう。

そんなわけで、結構リスクは大きいわけで、挑戦するのはいいと思う。

大事なのは、その後だよね。

うまく行った後も、その後同じことを繰り返す人が勝ち続けてるのはめったに見たことない。



おまけ  「フライト・ゲーム」の犯人

https://blogs.yahoo.co.jp/einhorn2233/54492671.html

この作品、個人的には途中の展開はすごく面白かったけど最後の最後で犯人の正体や動機が明らかになったときに「・・・」ってなった。今回の阿部さんの2つ目の記事もそんな感じ。

志が先行しすぎるのは危険かなと思う。