この夜が明けるまであと百万の祈り

とあるマンガ好きの備忘録です。私が元気づけられた出来事や作品について少しでも共有できたら嬉しいです

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ファン心理と「長くとも四十に足らぬほどにて死なんこそ、めやすかるべけれ」について

死を憎まば、生を愛すべし。存命の喜び、日々に楽しまざらんや (徒然草93段)

グループの「解散」と「ファン」について - kansou

読みました。ちょうど一つ前の記事で、私は昔今日もやられやくってサイトを見てましたー、みたいな記事を書いたので、個人的にものすごくタイムリー!

ネットでは「どっちの意見もあり」ですむことのほうが多いという当たり前の話

まず最初に。この記事は、ファンのありようについて著者の個人的な信念を語ったものだと私は読んだ。

著者が自分の信念に反する人にやや攻撃的な発言をしているせいか、意見が合わない人から「お前は間違ってる」「それは反対だ」みたいな反応が何件か返っている。

まぁみんな本気で怒ってるわけじゃないと思うのでいちいち言うのも野暮だと思うけど、こういうのは、別に「どっちが正しいか」を決める必要ないんじゃないかな。「孤独のグルメ」のゴローちゃんみたいに普段見慣れない意見を見て「そういうのもあるのか」って受け止めるでいいと思う。著者であるかんそうさんの意見を認めたって、私はこういう意見だっていう余地はあるわけだし。*1

リアルであれば、意見や立場が違う人はそもそも交わりにくいからこういう違う意見を目にする機会はない。そういうものが見れるのは楽しい。


とはいえ、はてブの感想もそれはそれで面白い。はてブコメントって、「気持ちはわかる」のあとに「けどホゲホゲ」みたいな感じで必ず一言多いよね。この一言多い部分、はてブ以外で読む機会ってあんまりない。でもこの部分こそが本音だったりその人の依存してる大事な部分だったりする。逆接を迂闊に使う人は、そこが本音だってのがみんなわかっちゃうから気をつけようね!


そんなわけで楽しい記事とはてブありがとうございます。


かんそうさんの記事についての感想

上の文章ではいろいろ書かれているが、現役以外はファンを名乗る資格はないとか、カネを出さずに意見を言うな、というのは全然説得力を感じなかったし、かんそうさん自身、特に他人を説得する意思もないのだろうと思った。
本当に他人に訴えかけたいと思っている人は下記の本のように行動するものであり、実際かんそうさんは、普段は音楽感想記事などで現役ファンを増やそうとされているように感じる。

なので、上の記事は、あくまで「元ファンみたいな立場から発言するのはみっともない。現役じゃないなら何も言わないのが格好いい」というノリであり、あ、これってマイフェイバリット平安ブロガーの吉田兼好じゃんと思って嬉しくなった。

徒然草 現代語訳つき朗読|第七段 あだし野の露きゆる時なく

住み果てぬ世に、みにくき姿を待ちえて何かはせん。命長ければ辱多し。長くとも四十に足らぬほどにて死なんこそ、めやすかるべけれ。そのほど過ぎぬれば、かたちを恥づる心もなく、人に出でまじらはん事を思ひ、夕の陽に子孫を愛して、栄ゆく末を見んまでの命をあらまし、ひたすら世をむさぼる心のみ深く、もののあはれも知らずなりゆくなん、あさましき

「かたち」へのこだわりって大事だと思う。これこそが美意識の源であって、さらにはその人ならではの主張であり個性の源だ。好き嫌いはあっても大事に味わいたいところだ。


というわけでご馳走さまついでに、私の没個性な当たり障りのない意見を述べておく。そのかんそうさんへの「かたち」へのこだわりには敬意を示すものの、私はそこまでこだわりがないです。当然リアルタイムの人、現役の人が尊重されるべきで、隠居や年寄りは自重すべきだろうとは思う。けれど、その上で否定的な意見をいったり、おっさんの意見を若者に押し付けようとしたりするのでなければ、懐かしんだり残念に思うことは当然ありだと思ってるし、実際そうするだろうと思ってます。ごめんね。

実際、若い人は昔を知らないわけで、今が全てってわけじゃないしね。昔私達が買い支えなければ今がないわけで、かんそうさんの理屈は、むしろ昔へのリスペクトを要求されるやつだと思う。別にそんなもん現役の若者に求めるつもりはないので、受け継いで今の感性で盛り上げていってくれればいいし、そのお代に昔を懐かしむくらいは許してほしいなって感じかな。

冒頭の徒然草を勝手に改変すると、こんな感じ。

「他人のファンとしての死」を憎むくらいだったら「己がファンとしていられるということ」を愛すべし。
「ファンとして存命の喜び」を日々に楽しむこと。それが一番ですよ。 

おまけ  吉田兼好は公約を破って70まで生きたけどとりあえず死ぬまで楽しそうでいいよね

pixy10.org

かんそうさんがいざ現役を退いた後、それを懐かしんで語るようになったとき、今のかんそうからしたらそれはみっともなくて認められない行為だと思うけど、それはそれで多分意味があると思ったりするし、ずっと今の考えを貫いて常に現役であり続けるか。これからのかんそうさんを楽しみに見続けたいと思います。(他人を見てないで自分でなんか面白いことやればいいのにとかいうな泣くぞ)

*1:マルクスさんや窪田さんのような、主張の中にデマやヘイトや捏造が含まれていて功罪でみたときに罪のほうが重い害悪ってこともない。意見が違うからと言っていちいち叩き潰す必要はないと思う